孤島に浮かぶ真実

平野耕一郎

文字の大きさ
14 / 50
第二部

4

しおりを挟む
 午後3時半。帰りのホームルーム後、私は担任の谷矢先生に呼ばれた。辺りでガタガタと椅子や机を下げる音が聞こえる。掃除だ。

「部活動ですか?」

「そう、入ってみたい部活とかあるなら言ってごらん」

 谷矢先生が優しい口調で私に語りかける。

「あのさあータニヤンさ、別にそんなに急がなくてもよくない?」

 彩月は自分の先生に対し、ぞんざいに話しかける。まるで友達感覚だった。

「コラコラ」と谷矢先生が彩月の頭を叩いた。

「ひあ」と彩月は飛び跳ねて、おちゃらけていた。

「一応うちは、全校生徒全員が部活に所属しているんだ。星河には部活に入って、皆と仲良くして欲しいんだ」

 口調は実に教師らしい。そして、ああ別に強制じゃないから、と付け加えた。

「一応、前までいた高校では、テニスをやっていましたが?」

 私は相槌を打つように反応する。

「ああテニスもあるぞ。顧問は古川先生という人だ。よければ先生が話をしておくぞ」

「……」私は言葉に詰まる。

「どうした?」

「いえ」

 妙な間ができた。谷川先生の厚意は感謝したい。だが少々早急だった。黙っていても仕方ないので、少し時間を下さいと言おうとしたら、彩月が先にしゃべり出した。

「ほらあ、急かすなよ」

 またなれなれしく……

 別に急かされているわけではない。ただテニスを続けたいとあまり思っていなかった。どうしようか迷っていたのだ。部活には入りたい。特に運動部に。

「お前はとっととバドミントンの練習に行け」

 先生が手を振って彩月を厄介払いしようとした。

「今日は練習なし!」

 彩月は快活にそう言ってはにかむ。彼女は本当にクラスのムードメーカだった。同い年だろうが、年上だろうが、関係ない。これが決め手になる。私は秘かに笑いをこらえて言う。

「バドミントン部に入ろうと思います」

 これでいい、これでいい。

「本当にバドでいいの?」

 彩月がまじまじと私に聞いてきた。

「うん」

「テニスをやっていたんでしょ?」

「いいの。何だか別の競技がしたいの」

「ふーん」

「教えてね」

「いいよ。あ、帰る前にちょいと図書館に寄らせてくださいな」

「どうしたの?」

「借りた本を返さないと」

「なに借りたの?」

「エラリー・クイーン」

 彼女は無表情な口ぶりで言うと本の表紙を見せてくれた。帽子の絵柄をしたその本は『ローマ帽子の謎―エラリー・クイーン作―』と記されている。

「面白かった?」

「微妙」

「そう」

「なんか人間味がないんだもん。トリックはいいけどさ」

 私たちは1階にある図書館に入った。目の前に新しく仕入れた本には目もくれず彩月はずんずんと奥へ突き進む。歩き方は大股で、早い。当然私と彼女の距離は離されていく。

 お目当ての本は決まっていて、一刻も早く自分が確保したい欲求に突き動かされている様子だ。

 海外文学と書かれた見出しがある本棚の前でピタッと立ち止まり、かがみこむ。彼女の目は機械的にシュッと左右へ動いた。お目当ての本が見つかればいいと思った。その目、まるで獲物の匂いに敏感な豹のようだ。

 視線は一点を凝固し指が素早く動いた。どうやらお目当ての本が見つかったらしい。私はその本を知っていたし、既読済みだ。

「古めかしいものをチョイスしたわね?」

「古き良き物がいいの。人は過去を受け継いで学んでいくものよ?」

 彩月にしては、ずいぶん説教臭いセリフを言ったものだ。彼女の手にはアガサ・クリスティのある1冊が握られている。それを読んだことがあり、かなりお気に入りの部類に入る作品だった。

 選ばれた獲物。本を後生大事に受付へ持っていく。しばしの間、彼女の所有物になり、楽しませる道具となる。

 タイトルは『ゼロ時間へ』。今日は物事の始まりにいて新しい生活を送ろうとしている私にはピッタリの小説だ、読むのは私ではなかったが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...