19 / 50
第二部
9
しおりを挟む
週明けの月曜日。この日から私に図書委員の仕事が回ってきた。主な業務は、受付での図書の貸出・返却だった。
ただ人は訪れず閑散としている……
同じく当番をしているのは美作緑で、彩月を怒らせた子だった。ストレートの長髪、ほっそりとした目から注がれ
る視線は冷ややかな印象を与える。腕には、小刀ベルトバンドの時計を付け、理知的な感じでもある。
彼女に対し容易に人は近づかないし、彼女もまた容易に心開かないだろう。
緑は長い髪を少しかき分け、ポツリと話しかけてきた。
「ねえ星河さん」
図書館のカウンターに二人きり。黙って座っている間に、互いに妙な緊張感が生じてしまう頃……彼女から言
葉という滴が降り落ちてくる。
まるで雨の降り始めの静かなひと時に似ている。私は誰かと初めて話すときに、ゆっくりと落ち着いた雰囲気
を望む。一気に叩き込むようなにわか雨みたいに話す人とは、総じて話が合わなかった。
「あなたはどんな本を読むの?」
いい、質問だ。
ほろほろとコミュニケーションを続けよう。私はミステリーとだけつぶやいた。
緑はその言葉を受け、少し引き気味になった。何やら予想していた考えと違っていたらしい。
「即物的な物を読むのね」
緑の言葉は、それ以上でもなく、それ以下でもなかった。単なる言葉に過ぎなかった。しかし私には、吐露できな
い語群だった。小雨のときにぼろりと大粒の滴が落ちてくることがあるが、そのときの、えっと
確かに決して言われた者の気持ちを斟酌してくれない辛辣な一言だった。
彼女は、あんまりにもあなたらしくない、と続ける。
「どうして?」
「いえ……」
私は理由を知りたかった。なぜあなたがそう言ったのか、だが彼女には思索にふける時間が必要だった。
彼女の答えはこうだ。歴史小説とかもっと奥が深い物を読んでいると思った……
何だかありふれている。彼女の持ち味の毒も中途半端だ。
「ふうん」
続けて、なるほどねと相槌を打とうかなと思ったがやめる。
「あなたは?」
緑は髪をかき分ける。
「哲学、教育」
ああ、と私は心のうちにだけつぶやく。そして次に出たのは、またもや、なるほどねという単語だった。最後に出
るのはため息。
本来なら、会話が一先ずそこで終わってしまう。まあ大体がさーっと引いて彼女の元を去ってしまうだろう。
「ご両親がそういう方面の研究をしていたの?」
ちょっと彼女のプライベートを突いてみることにした。結果、うまくいったようで、父が教養系の教授だった返事
をしてきた。
私はよしと胸中ガッツポーズをする。
一歩踏み出せば、緑のような底堅いタイプとの話はウィットが富んでかなり弾むものになるのは明白だった。
閑散とした静けさに包まれた環境の中で、私たちは互いの知識を披露しあった。こういうのが、真の会話なのだろ
う。
遠慮をせず、ひたすら双方が求める答えなき答えを追い求めて、競い合うのだ。言葉を武器にして。それは決して相手を否定するわけではなく、導くわけでもない。ただ互いの走りを見て、いい箇所を模倣し競い合う陸上選手に似
ている。
二人の会話は、図書館内に留まらず帰宅時まで続く。止めど目のない会話は、いつしか帰り道の別れ際まで持ち越
している。
「じゃ私こっちだから」
「はーい」
私たちは互いにニッと笑みを浮かべて、それぞれの道に分かれていく。
屈託のない笑みがそこにあった。私たちは共によき話し相手になれる。それはお互いが願ったから
友達というより同士に近い。ライバルといっても言いかもしれない、言い過ぎだろうか。私は一人吹き出すように笑う。
きっと私は彼女が持っている知識が欲しいのだ。自分に無いものが欲しい、それは本能的な欲求だ。緑も同じだろ
う、だから思索に耽るようになった。私はミステリーから、彼女は哲学から同じ研究者として。好奇心を胸に持つ者として。
ただ人は訪れず閑散としている……
同じく当番をしているのは美作緑で、彩月を怒らせた子だった。ストレートの長髪、ほっそりとした目から注がれ
る視線は冷ややかな印象を与える。腕には、小刀ベルトバンドの時計を付け、理知的な感じでもある。
彼女に対し容易に人は近づかないし、彼女もまた容易に心開かないだろう。
緑は長い髪を少しかき分け、ポツリと話しかけてきた。
「ねえ星河さん」
図書館のカウンターに二人きり。黙って座っている間に、互いに妙な緊張感が生じてしまう頃……彼女から言
葉という滴が降り落ちてくる。
まるで雨の降り始めの静かなひと時に似ている。私は誰かと初めて話すときに、ゆっくりと落ち着いた雰囲気
を望む。一気に叩き込むようなにわか雨みたいに話す人とは、総じて話が合わなかった。
「あなたはどんな本を読むの?」
いい、質問だ。
ほろほろとコミュニケーションを続けよう。私はミステリーとだけつぶやいた。
緑はその言葉を受け、少し引き気味になった。何やら予想していた考えと違っていたらしい。
「即物的な物を読むのね」
緑の言葉は、それ以上でもなく、それ以下でもなかった。単なる言葉に過ぎなかった。しかし私には、吐露できな
い語群だった。小雨のときにぼろりと大粒の滴が落ちてくることがあるが、そのときの、えっと
確かに決して言われた者の気持ちを斟酌してくれない辛辣な一言だった。
彼女は、あんまりにもあなたらしくない、と続ける。
「どうして?」
「いえ……」
私は理由を知りたかった。なぜあなたがそう言ったのか、だが彼女には思索にふける時間が必要だった。
彼女の答えはこうだ。歴史小説とかもっと奥が深い物を読んでいると思った……
何だかありふれている。彼女の持ち味の毒も中途半端だ。
「ふうん」
続けて、なるほどねと相槌を打とうかなと思ったがやめる。
「あなたは?」
緑は髪をかき分ける。
「哲学、教育」
ああ、と私は心のうちにだけつぶやく。そして次に出たのは、またもや、なるほどねという単語だった。最後に出
るのはため息。
本来なら、会話が一先ずそこで終わってしまう。まあ大体がさーっと引いて彼女の元を去ってしまうだろう。
「ご両親がそういう方面の研究をしていたの?」
ちょっと彼女のプライベートを突いてみることにした。結果、うまくいったようで、父が教養系の教授だった返事
をしてきた。
私はよしと胸中ガッツポーズをする。
一歩踏み出せば、緑のような底堅いタイプとの話はウィットが富んでかなり弾むものになるのは明白だった。
閑散とした静けさに包まれた環境の中で、私たちは互いの知識を披露しあった。こういうのが、真の会話なのだろ
う。
遠慮をせず、ひたすら双方が求める答えなき答えを追い求めて、競い合うのだ。言葉を武器にして。それは決して相手を否定するわけではなく、導くわけでもない。ただ互いの走りを見て、いい箇所を模倣し競い合う陸上選手に似
ている。
二人の会話は、図書館内に留まらず帰宅時まで続く。止めど目のない会話は、いつしか帰り道の別れ際まで持ち越
している。
「じゃ私こっちだから」
「はーい」
私たちは互いにニッと笑みを浮かべて、それぞれの道に分かれていく。
屈託のない笑みがそこにあった。私たちは共によき話し相手になれる。それはお互いが願ったから
友達というより同士に近い。ライバルといっても言いかもしれない、言い過ぎだろうか。私は一人吹き出すように笑う。
きっと私は彼女が持っている知識が欲しいのだ。自分に無いものが欲しい、それは本能的な欲求だ。緑も同じだろ
う、だから思索に耽るようになった。私はミステリーから、彼女は哲学から同じ研究者として。好奇心を胸に持つ者として。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる