孤島に浮かぶ真実

平野耕一郎

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第二部

9

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 週明けの月曜日。この日から私に図書委員の仕事が回ってきた。主な業務は、受付での図書の貸出・返却だった。

 ただ人は訪れず閑散としている……

 同じく当番をしているのは美作緑で、彩月を怒らせた子だった。ストレートの長髪、ほっそりとした目から注がれ
る視線は冷ややかな印象を与える。腕には、小刀ベルトバンドの時計を付け、理知的な感じでもある。

彼女に対し容易に人は近づかないし、彼女もまた容易に心開かないだろう。
 緑は長い髪を少しかき分け、ポツリと話しかけてきた。

「ねえ星河さん」

 図書館のカウンターに二人きり。黙って座っている間に、互いに妙な緊張感が生じてしまう頃……彼女から言
葉という滴が降り落ちてくる。

 まるで雨の降り始めの静かなひと時に似ている。私は誰かと初めて話すときに、ゆっくりと落ち着いた雰囲気
を望む。一気に叩き込むようなにわか雨みたいに話す人とは、総じて話が合わなかった。

「あなたはどんな本を読むの?」

 いい、質問だ。

 ほろほろとコミュニケーションを続けよう。私はミステリーとだけつぶやいた。

 緑はその言葉を受け、少し引き気味になった。何やら予想していた考えと違っていたらしい。

「即物的な物を読むのね」

 緑の言葉は、それ以上でもなく、それ以下でもなかった。単なる言葉に過ぎなかった。しかし私には、吐露できな
い語群だった。小雨のときにぼろりと大粒の滴が落ちてくることがあるが、そのときの、えっと

 確かに決して言われた者の気持ちを斟酌してくれない辛辣な一言だった。

 彼女は、あんまりにもあなたらしくない、と続ける。

「どうして?」

「いえ……」

 私は理由を知りたかった。なぜあなたがそう言ったのか、だが彼女には思索にふける時間が必要だった。

 彼女の答えはこうだ。歴史小説とかもっと奥が深い物を読んでいると思った……

 何だかありふれている。彼女の持ち味の毒も中途半端だ。

「ふうん」

 続けて、なるほどねと相槌を打とうかなと思ったがやめる。

「あなたは?」

 緑は髪をかき分ける。

「哲学、教育」

 ああ、と私は心のうちにだけつぶやく。そして次に出たのは、またもや、なるほどねという単語だった。最後に出
るのはため息。

 本来なら、会話が一先ずそこで終わってしまう。まあ大体がさーっと引いて彼女の元を去ってしまうだろう。

「ご両親がそういう方面の研究をしていたの?」

 ちょっと彼女のプライベートを突いてみることにした。結果、うまくいったようで、父が教養系の教授だった返事
をしてきた。

 私はよしと胸中ガッツポーズをする。

 一歩踏み出せば、緑のような底堅いタイプとの話はウィットが富んでかなり弾むものになるのは明白だった。

 閑散とした静けさに包まれた環境の中で、私たちは互いの知識を披露しあった。こういうのが、真の会話なのだろ
う。

 遠慮をせず、ひたすら双方が求める答えなき答えを追い求めて、競い合うのだ。言葉を武器にして。それは決して相手を否定するわけではなく、導くわけでもない。ただ互いの走りを見て、いい箇所を模倣し競い合う陸上選手に似
ている。

 二人の会話は、図書館内に留まらず帰宅時まで続く。止めど目のない会話は、いつしか帰り道の別れ際まで持ち越
している。

「じゃ私こっちだから」

「はーい」

 私たちは互いにニッと笑みを浮かべて、それぞれの道に分かれていく。

 屈託のない笑みがそこにあった。私たちは共によき話し相手になれる。それはお互いが願ったから

 友達というより同士に近い。ライバルといっても言いかもしれない、言い過ぎだろうか。私は一人吹き出すように笑う。

 きっと私は彼女が持っている知識が欲しいのだ。自分に無いものが欲しい、それは本能的な欲求だ。緑も同じだろ
う、だから思索に耽るようになった。私はミステリーから、彼女は哲学から同じ研究者として。好奇心を胸に持つ者として。
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