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第二部
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昼休み、勉が教室を出ていくのを見て、私は秘かに彼の後を付けた。朝の、バイク事故の記事。日頃寝ぼけ眼の顔が記事の内容を知ったとたん、顔つきが変わった。
スピードの出し過ぎという記事に対し、勉は明らかな疑問を持っている。
これは私のちょっとした好奇心だった。なぜこんな馬鹿げたことをする必要があるのか、無意味に近い行為だ。普段はこんなことしないのに、今回は妙な気分になっている。
勉は屋上への扉を開け、奥へ入っていった。
私はちょっと勉をびっくりさせようと音が立たないよう、慎重に屋上への扉を開いた。扉は重くさび付いた赤紫色をしている。
外は風が少しある。彼の姿は見えず、奥の方にいるのだと思った。私はゆっくりと足を前に進める。勉は何ともない顔つきで煙草を吹かしている。
「尾行下手くそだなー」
勉はせせら笑った。
私は黙ったまま彼に近寄って、少々観察をさせてもらう。
ぼさぼさした髪、細い目元、ダボダボしたズボン……
「で、なんだよ?」
勉は自身が必要以上に見られていることに疑念を抱いた様子で、当然の反応だった。
「あんまりジロジロ見られるのが好きじゃねんだわ」
彼の顔から笑いが消えている。
「ごめんなさい。休憩中に邪魔して」
「ああ」
彼の顔を見て、すぐに本題に入るべきだと察知した。彼に対して前置きなんて必要ない。
「さっきのバイク事故についてなんだけど?」
私の言葉に、勉はプッと笑った。そのせいで、少しの間だけむせていた。落ち着きを取り戻すと彼は空を仰いで息を吐く。彼の周りに煙が漂い、やがて風に乗って消えていった。
「星河さんさ」
「なあに?」
「何が理由でそんなこと聞くのさ?」
「彩月のことよ」
そう言って私は、彼女が不良たちに何をされたのか知りたいの、とだけ付け足した。
「なるほどね」
勉は言葉を切り、また息を吐く。
「そいつは、直で本人に聞けないな」
「きっと嫌がらせされたのね、それも……」
「最悪なレベル」
最悪、その言葉の先にあるものが何か想像するだけでも汚らわしかった。
私たちの会話は一旦途切れた。勉の言う不良たちの行いが、もし本当なのだとしたら当然女として決して許せるものじゃない。
「確かに最悪ね」
「だろ?」
「あなたはどうしたの?」
私は核心をつく質問をした。
「そばにいなかった、だからあいつから言われて知った」
「そう」彼女への嫌がらせが原因でグループを抜けたのだと私は推理した。
「ほかに何か聞きたいことは? 女探偵さん?」
私は嫌がらせの後の彩月の様子を聞く。
彩月は普段通りに振る舞っていた、と最後に勉は言った。
同じ女として、性的な暴力は最悪の範疇に入ると心の底から思った。ふざけた馬鹿な集団。毎日に刺激を求め、周りの目もくれず日々バイクを走らせる愚かな連中。
頭に浮かんでくるのは、下劣なものに対するふつふつとした怒りと軽蔑だ。
『天罰よ。死んで当然よ』
その通りだった。私が彩月の立場なら、切実にそう願う。ただ……
何だろう?
嫌な感じというわけではない。ただそこから先に進んではいけない。考えてもいけない。
言葉の泉は、故障したように湧き出てこない。普段はもっと湧き出て止まらない言語の発想は、沈黙したままだ。
プッツンと遮断されたかのように、思考を止まってしまう。もしかしたら、考えないのほうがいいという警告なのか。
そこから先を考えると、少し怖いのだ。
スピードの出し過ぎという記事に対し、勉は明らかな疑問を持っている。
これは私のちょっとした好奇心だった。なぜこんな馬鹿げたことをする必要があるのか、無意味に近い行為だ。普段はこんなことしないのに、今回は妙な気分になっている。
勉は屋上への扉を開け、奥へ入っていった。
私はちょっと勉をびっくりさせようと音が立たないよう、慎重に屋上への扉を開いた。扉は重くさび付いた赤紫色をしている。
外は風が少しある。彼の姿は見えず、奥の方にいるのだと思った。私はゆっくりと足を前に進める。勉は何ともない顔つきで煙草を吹かしている。
「尾行下手くそだなー」
勉はせせら笑った。
私は黙ったまま彼に近寄って、少々観察をさせてもらう。
ぼさぼさした髪、細い目元、ダボダボしたズボン……
「で、なんだよ?」
勉は自身が必要以上に見られていることに疑念を抱いた様子で、当然の反応だった。
「あんまりジロジロ見られるのが好きじゃねんだわ」
彼の顔から笑いが消えている。
「ごめんなさい。休憩中に邪魔して」
「ああ」
彼の顔を見て、すぐに本題に入るべきだと察知した。彼に対して前置きなんて必要ない。
「さっきのバイク事故についてなんだけど?」
私の言葉に、勉はプッと笑った。そのせいで、少しの間だけむせていた。落ち着きを取り戻すと彼は空を仰いで息を吐く。彼の周りに煙が漂い、やがて風に乗って消えていった。
「星河さんさ」
「なあに?」
「何が理由でそんなこと聞くのさ?」
「彩月のことよ」
そう言って私は、彼女が不良たちに何をされたのか知りたいの、とだけ付け足した。
「なるほどね」
勉は言葉を切り、また息を吐く。
「そいつは、直で本人に聞けないな」
「きっと嫌がらせされたのね、それも……」
「最悪なレベル」
最悪、その言葉の先にあるものが何か想像するだけでも汚らわしかった。
私たちの会話は一旦途切れた。勉の言う不良たちの行いが、もし本当なのだとしたら当然女として決して許せるものじゃない。
「確かに最悪ね」
「だろ?」
「あなたはどうしたの?」
私は核心をつく質問をした。
「そばにいなかった、だからあいつから言われて知った」
「そう」彼女への嫌がらせが原因でグループを抜けたのだと私は推理した。
「ほかに何か聞きたいことは? 女探偵さん?」
私は嫌がらせの後の彩月の様子を聞く。
彩月は普段通りに振る舞っていた、と最後に勉は言った。
同じ女として、性的な暴力は最悪の範疇に入ると心の底から思った。ふざけた馬鹿な集団。毎日に刺激を求め、周りの目もくれず日々バイクを走らせる愚かな連中。
頭に浮かんでくるのは、下劣なものに対するふつふつとした怒りと軽蔑だ。
『天罰よ。死んで当然よ』
その通りだった。私が彩月の立場なら、切実にそう願う。ただ……
何だろう?
嫌な感じというわけではない。ただそこから先に進んではいけない。考えてもいけない。
言葉の泉は、故障したように湧き出てこない。普段はもっと湧き出て止まらない言語の発想は、沈黙したままだ。
プッツンと遮断されたかのように、思考を止まってしまう。もしかしたら、考えないのほうがいいという警告なのか。
そこから先を考えると、少し怖いのだ。
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