孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第二部

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私は倒れた緑のそばに座って、声をかける。

「美作さん?」

 最初は普段通りに、だが返事はない。

「美作さん? 聞こえる?」

 少し大きめ・返事なし。

「美作さん!? 美作さん!? 大丈夫? 聞こえる!?」

 叫ぶ・返事なし。

「彩月? 彩月いる!?」

 私は最も近くにいる友人の名を呼ぶ。だが返事はない。私は焦り、辺りを見渡し、最初に目に入った人物を呼びかける。

「佐津間君、ねえ佐津間君! 急いで、ねえ救急車! それと先生! 誰でもいいから! ほら早くっ!」

 佐津間君は、首をぎこちなく振り、急いで駆け出した。そのあとに何人かが続く。

 やるべきことはやった……

 あとは……目の前に倒れ込む美作緑を再び視界にとらえる。

 彼女の口元にいったん口を近づけたが、わずかなところで躊躇した。

 なんだろう?

 彼女はなぜ苦しみだした?

 なぜだ?

 彼女が苦しみだした経緯を瞬時に思い起こし、言葉で表す。

 魔法瓶――飲む――むせる――紫色――苦悶――転倒――痙攣――そして、死。

 間違ってはいない。だが何かが抜けている。合ってはいる。ただ足りない。

 数珠つなぎに思いついた言葉をまとめられた。あとは……あっ!

 ひらめく、気づく、分かる――毒だ!

 足りないピースを見出したら、あとは行動するだけだ。

 ポケットからティッシュを取り出し、彼女の血まみれの口を拭う。そしてまた何枚か取り出し、口元に置いた。私は心臓マッサージと人工呼吸を開始した。

 そうこれでいい。彼女が毒でやられたのなら、口に残っている可能性があり誤って誤飲するのを避けた。

 しかしそこから待っていたのは、地獄に匹敵する苦闘の始まりだった。

 心臓マッサージは三十回行い、その後、人工呼吸は二回行った。これを五サイクル繰り返した。力のいる作業で、本来ならここら辺で交代だ。だが誰も動き出そうとはしない。きっと怖いのだ。

 人の薄情さに少し苛立ちを覚えたが、余計なことを考えている暇はない。

 もう一度同じ動作を繰り返そうとして、汗がポトポトと滴り落ちた。

「明美!」

 その声は、私にとって救いだった。

「AED持ってきた。保健の先生も連れてきたから!」

 彩月は手にオレンジのケースを持っていた。その背後に白衣を着た若い女の先生が立っていたが、倒れた緑を見ると血相を変えた。すぐに彩月からAEDを受け取り、すぐに駆け寄る。

 プロに任せるべきだと私は判断した。

 先生はテキパキと動き、電極パッドを適正な位置に貼る。すると機材から「ショックが必要です」とアナウンスがあり、周りに近づかないよう諭す。それからショックボタンを押し込んだ。

 少し間があって、ドクンッと大きく緑の体が揺れる。

 私はこの状況を見ない方がいいと思った。あまりにも酷な現実だ。辺りを見ると何人かは教室を後にしている。残ったものも悲痛な表情を浮かべ、目も当てられない。

 彩月にこのことを言うと彼女は、生徒を外に出した。クラスは保健の先生と、後から来た担任の谷矢先生と、他二名の先生が残った。

 教室を出ると彩月が話し込んできた。

「ねえどうなの?」
 私は、わからないけど意識はなかったとだけ答える。

 答えを聞いた彩月の顔には驚きがあふれている。

「でも何で?」

「お茶を飲んで、それをのどに詰まらせたのかも」私は救助中に思いついた毒という言葉を言わずに、ありきたりな回答をした。

「はあ?」彩月は全く信じられないという顔つきをしていた。

 あの苦しみに満ちた表情は、のどを詰まらせたことじゃない。だが毒というあまりにも突飛な可能性は、可能性としてあり得るが、誰かに言えたものではない。

 私は彩月との話をやめ、辺りを見る。

 教室の外は生徒でごった返していた。明らかにクラスの生徒だけでなく、隣のクラスなどの生徒も入り混じって、ざわついていた。

 その喧噪の中で、私は奇妙な光景を目にしていた。

 窓際に1人でガタガタと震えている女の子がいた。それは午前の体育の授業で一緒に卓球の練習をしていた子だった。

 彼女は口元を両手で抑えながら、烈しく震えていた。怖がるのはわかったが、妙に過剰過ぎやしないだろうか?

 緑……ティーポット……あの子。

「ねえ彩月?」

だが返事はない。

「彩月ってば」

 私は近くにいた彩月の体をゆする。

「なに?」

 2度目の呼びかけで反応した。

 私は気になっていた子を、指し名前を尋ねた。ちょうどその子は口を押えながら、どこへ向かっていくところだった。

 その後ろ姿を冷ややかに見つめながら、彩月は言葉をこぼす。

「浅岡瑠璃。2組のちょっと変わった子。島の医者の娘よ」

 医者の娘……私は「医者」の言葉にハッとなった。

 あまりにも飛躍し過ぎた想像が頭を駆け巡っていた。

 まさか?

 それはあり得ない、いや、それでも……まさか?
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