孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第三部

7

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 むしゃむしゃと、うす塩味のポテチチップスを、食いつまみながら私は、待ち合わせの場所へと向かう。行先は浜辺。そこにつくまで一袋。さらについてから用に、もう一袋。

 午後六時。日が没する一歩手前の時間。時間には丁度で、ちょい遅刻かな。

 大通りの商店街のおばちゃんが、自分をいぶかしく思うが、気にしない気にしない。

 だって食べたいから。

 私は誰の目も構わずに、ポテチを頬張る。やっぱうす塩。これを食っている時間は、何よりも至福のときだ。

 なぜ、これを貪るのか、いつからなのか、わからない。

 別に、そんなのどうでもいいか。美味しければいい。そしてまた食えればいい。

 道を抜け、港を左に曲がり学校がある方角へ向かう。

 港付近に出ると、必ず夕日が沈む瞬間を拝むことができる。日差しは、この島の住人達だけに恵みをもたらしているようだ。周りは海しかないのだ。都会から遠く離れた世界で、私は太陽に感謝することが多くなった。

 薄暗くなった浜辺に白波が打ち寄せている。

 しばらく海沿いを歩くと、何人かがたむろっている。ああ、あれだ。

 近くまで行くと一行が気づいた。

「あーまた食っているわ」

 堀田の声はいつもとろけた豆腐みたいにネトネトしている。

 笑らわれた。ポテチの食い歩きほど、やめられないものはないのに。

「お待ちー」

 自分は、いつもの自分らしく返事をする。集合場所には、勉を除いてすでに来ている。あのバカ。やっぱり時間にルーズ。

 案の定、勉は遅刻した。

「遅い」

「あ、すんません」男のくせに、へこへこして。

「バカ」

 こいつの頭を叩くのは、いじるとかじゃなくて癖でやっていた。

 あほで、間抜けで、色々と抜けた男子・寄田勉。

 天性の馬鹿者。そしてミィのカレシ……

「さあ、やるべ」

「何を?」と私は聞いた。

「俺と佐津間で薪を持ってきたので火を起こす、手でな」

 堀田が足元に重ねておいてある、どこで拾ってきたかわからない枝を指さす。

「へえ期待している」

 相槌を打ったのは、明美だ。

「まあ男子三人の実力を見な。じゃ勉、お前が最初にやれ」

「はあ?」

「一応ライター持ってきといたから」メイが、ひらひらと手に持ったライターを左右に揺する。

「ふん、いらねえ」

「ほお、強気ねえ堀田ちゃん」

「任せろ、俺達には勉様が付いている」

「準備いいか?」

「お、おう! しゃーねーか」

 勉が珍しく掛け声を出す。あの無気力勉が張り切っている。あー必死に枝を回して火を焚いている。

 男って馬鹿だなとつくづくと思う。

 でも目の前の彼は、真剣さを魅せている。おかげでこっちも真剣に見るしかないじゃない。

 一向に赤い火は焚けない。代わりに勉の顔は真っ赤になっている。

「あーだめだ……」

 勉がため息をつき、掌を砂浜につけ、辛そうな顔をする。

「んだよ」

「仕方ねえ。俺がやってやるさ」

 堀田がニヤッと笑い、枝を取るが結局無駄だった。そのあと佐津間もチャレンジするが、同じことだった。

「あーあ、非力な男子ども~」

 あきれてしゃべる気にもなれない。でもまあこれが男子。

「ライターかなー」メイがまたライターをちらつかせる。

「いやまて。最後の挑戦をさせて」

「はあー?」

「いいじゃねえか」

「はい、はい」

 勉はもう一度枝を取る。ライターでつければいいものを。

 もうちょっとだけ見守ってやるか。

 私はぼんやりとした気持ちを抑え、勉の頑張りを見守る。こんなことに力を入れるなら、勉強とかにも力を入れろ。あんた内申点相当ヤバいのに。夏の補講にも行っていないし。

 でも言わないであげる。あんたは今火おこしで頭が一杯だもん。

 ガーっと必死になっただけじゃ、火は起きないって……あ、うそ。

 あ……みんながぽかんとした顔をしている。

 その瞬間が来るのを全員が思ってもいない。でも奇跡は起きた。煙がまず立つ。それから焦げ臭さを感じる。最後に小さな灯が、ふんわりと姿を現す。

 やがて火は予想を超えて燃え上がる。

「アッチ!」手に火の粉が飛んだらしい。

「きいつけろよ」

「ふうう、アチー」

 勉が、額の汗をぬぐう。

「ねえ火、バレないの?」

「平気、平気。親父はこっちの方面この時間巡回しねえから」

「で、何するの? 花火でもやるの?」

 それらしきものは、見合わらないが一応聞く。

「いや」

「じゃあ何用?」

「夏も終わりだし、集まろうかなって思ってさ」

「はあ?」説明になっていない。

「まあいいじゃねえ。こうして火を囲んで話すのも」

 あきれた。夏だし、火なんか起こして。暑いけど」

「ほら見ろよ。景色が綺麗だろ?」

 佐津間がそう言って天を指す。

 火に照らされて周囲の土は、赤く染まり切る。まるで、オーストラリアのエアーズロックのようだ。

 また月に照らされて天は、グレイの入った青に染まる。でも地平線の向こう側は未だ沈むことを望まない日によって、オレンジ色でいる。

 きれいだ。イラついた心がゆっくりと落ち着きを取り戻す。

「そだね」

 天と地が示す景色の雄大さに心を打たれた。こうやってただ景色を楽しむとか、話すとか、そういう発想が自分になかったことを思い知らされた。

 島に住んで二年近く経つが、心は全然島の者に慣れていない。何か明確な目的がないと行動を起こせない都会人の悪癖が残っているらしい。

「宿題終わった?」

 しばらく黙っていた明美が、口を開く。

「東京にいる間にやったわ」

「そう」

「みんな、ちゃんとやったの?」

 その場にいるメンバーを順々に見渡すと、きちんとやったやつとそうじゃないやつで表情が違うので、笑っちゃう。

「おらあ、やったのかあー?」

 私は一番やってなさそうな男を、揺すっていじった。

「助けてー!」

「お前、ちゃんと期日まで宿題出さないと今度こそやばいぞ?」

「ヘルプ!」

 ははっ、全員が笑顔に包まれた。

 周囲からいつも突っ込まれる勉。それでも笑って澄ませる勉。彼に告白したのは、私だ。今の今になっても『なぜこんな奴と?』って思うっちゃう。こいつと付き合わなければ、暴走族ぶったあのバカな連中には……

 でも今はもう違う。邪悪で汚れた連中はいなくなった。あいつらは全員しょっ引かれた。そうではない者は、死んだ。

 私は困難を乗り越え、この楽園のような地で幸福を手にしつつある。

「こらあ!」

 私たち以外無人の海辺を貫く怒声が、響き渡る。束の間、酔いしれていたところを思いっきりぶっ飛ばされ現実に引き戻された。

「え、親父?」

 佐津間が焦り、立ち上がる。その場にいる全員もつられる。

 夜道を走っていた自転車は、ランプを灯していた。そして自分たちの近くまでやってくると、その運転手は降りて階段を下りこっちにやってきた。

 近くまで来なければ分からない。上から下まで濃淡の青色の服を着用していた。

 警察官。見つかってしまった。煌々と火を焚いていれば、そりゃ気づかれるわ。

「お前ら、浜辺で火を焚いていかんことは知っているだろうが!」

 ガツンと鼻柱を圧し折られたような感覚に、全員が見舞われた。 

 日頃はやんちゃな集団(一名は除く)が『いい子ちゃん』になっていた。

「あ、秀、お前もいんのか?」

 ぎょろりと鋭い眼光が、息子を射抜く。そして拳骨がさく裂する。

「イッテ!」

 ゴンと鈍い音がしたのが、生々しい。佐津間はしばらく悶絶していた。涙がにじんでいたから相当痛そう。

 頑固おやじを持つと大変だ。

「とにかく今日は火を消して各自家に帰れ、わかったな?」

 誰も警察官である、佐津間の父親に諭され反抗する者はいない。

「はーい……」

 しおれた返事を一同がして、火に海水をかけた。そうしたのは、私だ。なんか嫌だった。火を消してしまうと、夏が終わってしまう気がしたのだ。私たちの夏休み。実際あと数日だけあるけど。

 手に迷いが生じていた。けど火を消すのは自分以外にあり得なかった。

 バシャ!

 いい音だ。そのあとには、夏の終わりへの侘しさが残る。でもこうするしかない。

 はい。これで、おしまい。

 火を消し止めたのを見届けた佐津間の父親は、自転車に乗って去った。辺りは、すっかり真っ暗になっていた。

 互いの顔が見えづらい中では、スマートフォンの明かりに頼るしかなかった。みんなが輪を作って、明かりで互いを確認しあう。まるで降霊会みたい。

「で、どうするのさ?」

「帰る?」

「俺は、やばいから帰る」

 佐津間は、くそと悪態をつく。父親の拳骨が相当応えたらしい。

「あ、俺も帰るわ。ほい、じゃ」

 勉は軽い口調で言うと手をひらひらさせ、その場を後にしようとする。

「は? まだいいでしょ?」

「悪い」

 ノリの悪い彼氏だ。

「そいじゃ俺も」

 こうして佐津間と勉は、先に帰宅の途につく。

 残された者たちは、どうしようか迷っていた。

「どうする?」

「あーふざけたやつらー」

「うち夕飯まだだから、食べて解散にする?」

 メイがいい提案をした。

「あ、そうしよ。明美は?」

「いいよ、それでも」

「そうするか?」

 よし意見がそろった。

 こんな暗いところにいても、しょうがないし移動したくなった。浜辺から道路に上がろうと動き出す。

 歩いていると、履いてきたサンダルで何かを踏んだ。気になってそれが何か確かめる。

「あ、これ」

 見覚えがあった。勉と私で、とった写真をペンダントに入れて、誕生日に送ったやつじゃない。

 あ、い、つ……

 私の脳の血管が、怒りでぶちぶちと切れかかっていた。人の贈り物を落とすとは。とっちめてやる。それに落とさないでしっかり持っときなといったはずだが。

「なんかあった?」

 何も知らない明美が、朗らかに聞いてくる。
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