姉妹 浜辺の少女

平野耕一郎

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ストーリー

6

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 美果の家を出て、アスファルトで舗装された道路を少し進んだ先に、さび付いた看板に『X湖はこちらに二百メートル』と書かれているのを発見した。

 鬱蒼とした雑木林を一行は進むと、やがて視界は開けた。開けたみずうみが目の前に広がり、数台のボートがまとめておかれていた。左に小屋があった。

 ボートは一時間五百円という値段だった。

 私は、新出と乗ることになった。男が三人、女が三人、ちょうどよい組み合わせだったけど、突然現れた僕らは未知の存在。誰も一緒に乗ってくれなさそうだった。美果と悠一。咲子と夏帆がペアを組み、ボートに乗ることになった。

 ボートに乗るなんて久しぶりだ。オイルをゆっくりと漕ぎ出し、岸部よりボートは放れていく。ある程度、周りとの距離を取り、私たちはお互いの情報を交換し合おう。

「さ、教えてくれよ」

 何を、と彼は茶化すように言う。

「お嬢さんの部屋を見たんだろう? どうだった?」

「ずいぶんと人のプライベートに突っ込むじゃないか?」

「捜査なんだ。当たり前じゃないか?」

「意外だが、これという女優秋月美果らしいものはなかった。あの子は、中目黒のマンションに普段は住んでいるそうだ。こっちには人気が少ない時期に来るらしい。生活感はあんまりない部屋だったよ。妹さんとの写真が棚や壁に飾ってあった。あの子が、仲がいいのは間違いなさそうだ」

 そうか、と僕は言い、話を聞いてなんだと思い、がっかりした。

「僕が気になったのは、おじいさんの方さ」

「おじいさん?」

「彼女の祖父の代までは、秋月家はこの辺りの土地を治める地主だったようだね。でも、彼は無類のギャンブル好きで、土地はどんどん売り払われ、ギャンブルにつぎ込まれたみたいだ。で、子どもたちとはうまくいかず。美果さんの父は、海外で働く仕事に就き早々に家を出ていってしまった。彼の部屋にはミステリーやら心理学の本やら、多様なことに興味をお持ちのようだ。壁に真剣をふざけて持った写真が、置いてあった」

「ほお」

 先祖代々の土地か。私は、深い緑の樹林に覆われた真っ白な西洋風の屋敷について思い返していた。人気が少なく、避暑地としては最適な家だろう。ただ、私には何やら晴れやかな内装とは違い、古風としたあの建物に何やら暗い影を感じていた。

「彼女は、幼い時はずっとあの屋敷で暮らしていたというわけか?」

「ああ、最初はお母さんとおじいさんとね」

「お母さんは?」

「妹を生んだ時に難産のため十八年前に亡くなったそうだ」

「じゃ、美果さんは両親ではなく、ギャンブルマニアのおじいさんと暮らしていたわけだ。妹と一緒に」

「そうだね。妹とは一回り近く離れているから、彼女が世話をしていたんだと。自分が未来を育てたんだって。妹が芸能界に入ったのは、自分に憧れていたからだって。演技も自分が教えたのって誇らしげに言っていたよ」

 秋月美果は、実質両親不在の中で生活をしていたというわけか。あの奔放さ、気まぐれのよさ、大胆な態度、二八歳という年にしてはあどけない印象。彼女という人物像が少しだけ分かった気がしてきた。

「お父さんは海外で今も?」

「それは昨日言っていたけど、赴任先のジャカルタで交通事故に合って亡くなったそうだ。五年前だって。それで君の方は?」

「知りたいか? 女好き探偵?」

「ふん、あれを見なよ。なかなかの美人じゃないか?」

 新出は、あごで私に数メートル離れた場所でボートに乗っている女二人連れに、目を向けるよう促した。咲子と夏帆。

「どっちが君のお好みなのかな? もう少し近づけてみよう」

 新出はからかい半分に私をいじり、オイルを漕いだ。全く、この男は操作をする気がないらしい。互いのボートが近づいていく。相手もこちらが近くまで来ていることに気づいたのか、二人は軽く手を振ってきた。

「なるほど、メイドの子か。わかったぞ」

「あの2人は、君にぞっこんな美果の同級生だ。一人は、城崎咲子。職業はトレーダー。

他にも色々と事業をしてみるみたいだが、どうも胡散臭い。友達と言っているが、金目当てのような気がする」

「それで?」

「彼女から、自分がやったと思っているのと来たもんだから。咲子が、美果の命を狙う理由はない。今のところはね」

「ま、彼女の身辺調査はした方がよさそうだな」

「もう一人の娘は、メイドの方は同級生だ。竹谷夏帆」

「どうだった?」

「聴取はまだこれから。とても洗練されたいいところの箱入り娘と言ったところだ。なぜ美果のメイドなのかわからん。それにあんなコスプレ服を着て、妙だろう?」

「はは、ずいぶん主観的なご意見だ。確かに真面目そうでお淑やかで、君の好みではあるな。コスプレは、美果の趣味だ。彼女の衣装箪笥を見たら、メイド服だのアイドルの服やら、いっぱいあったよ。多分、着せされているのが正解だろう」

「何に使うんだ?」

「どうやら週末、美果の家でパーティが開かれるって。花火大会と合わせて、友人や近所の人を連れて、集まるらしいが、そこで使うらしい」

「へー。ここは五月に花火大会をやるのか? 珍しいな」

「ま、冬場にも花火をやるところもあるから、いいんじゃないか?」

「それで? 男の方は?」

「ああ、彼については至って平凡だよ。快活な好青年って印象だ。ま、僕らに素っ気ないのは初対面だったから。それだけかな?」

 私の情報は以上だった。彼もまた同様だ。始めて会って得られることなど、早々ない。

「ひそひそ話かしら? 大の男が二人そろって?」

 さほど離れていない場所から、よく通った若い女の声がした。

 数メートル離れたところに、私たちは仲睦まじいカップルを目にした。向こうがオイルを漕いできたため、ぐんぐん近づいてきた。しまいに、ぴったりと舟と舟が平行に並んだ。

「何だか、できているみたい。どうなさったの?」

「いえ。今後の捜査方針を小林と検討していたところですよ」

 そう、と美果はにやりと口元に小悪魔の微笑を作った。

「こうやって暢気にボートを漕いでいる間にも、犯人は私を虎視眈々と狙っているんだわ。そう思うと、雇って正解だわ。なにせ、日本一の探偵ですものね。警視庁から認めらえた」

「警視庁?」

 相棒の彼が、さも驚いたような顔を見せる。よく人当たりのいい素振りを演じられるものだと私は感心していた。

 ふと、美果はクリーム色のスカートのポケットを気にした。ブーブーと音が鳴っている。

「あら? どうしたの、兄さん?」

 白とピンクの縦縞のカバーが付いたスマホを取り出し、彼女は相手とやり取りを始めた。

「着いた? ずいぶん早いじゃないの。え、十一時に来いって言われたからいる? せっかちね、わかったわ。そっち行くから」

 美果はうんうんと幾度とうなずき、スマホの画面を、細い人差し指でタップした。

「探偵さん。兄さんが来たの。これから警察署行かないと。ね、顔貸しなさいな」

 ええ、と彼は言う。

「楽しいひと時もおしまい。さ、お仕事して頂戴。悠ちゃん、あんたはレディ二人の面倒をお願いね」

 依頼人はてきぱきと周りの男たちに指示を下した。私たちは、何の抵抗感も抱くことなく、言うとおりにした。
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