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終章 決起
30.西王、動く
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大理石で作られた部屋は、多くの者に無言の圧力を与える。何も言葉を発せずとも相手を威圧する。力こそが源だ。ここは王の間。今は誰も入ってはいけない。西王がすべての者を締め出し、誰も入れるなと言ったから。
聖女を除けば、彼女の意向に楯突く者はおらずひれ伏した。
西王は、ここ1ヶ月ほどこもりっきり。玉座に腰掛け、目を閉ざしている。心中で彼女は都で起こっている出来事をすべて見ていた。多くの砲弾や、矢が飛び交う。それらすべてを彼女が張り巡らした壁ではじいていた。少しでも気を散らしてはならない。隙があれば、命とりだ。聖都は一歩も敵の攻撃を受けず守り切る。多くが失われても、この都だけは守る必要がある。
ゴーンという音が鳴り響く。丸一ヵ月、音など立たなかった。
「何人も入るなと言ったはずですが?」
彼女の毅然とした声に、扉の向こういる従者は沈黙することを余儀なくされる。この扉を開ける権利は従者にはない。だから待つしかないのだ。
「入りなさい」
ギィィイと音を立てて扉が開かれ一人の従者が姿を現し、静々と王の間に入った。
「殿下、誠に恐れ多く存じ上げます」
「一体何事です?」
「昨日、一部の民が行政府に押しかけ戦いをと叫んでおると知らせが入りました」
「それで?」
西王は静かに返事をした。
「これら不届き者として司法に引き渡してございます。敵が押し寄せ早くも一ヵ月。国のために忠義を尽くすべく多くの者たちが聖戦を望んでおります。亡き陛下のため、愛する家族のために、皆戦い抜く覚悟はできております。しかしながら、当方は守るばかりで戦おうとせぬと……」
「それで?」
「ここは守りを解き、一気に攻めかかるのが最上ではないかと奏上した民ならず、軍は申しておりまする」
「要するに一部の民が、戦を望んでおりその声に軍部も一部が同調しているのね?」
「はい」
「ではお前はどうなの?」
「――は、私も敵が都を包囲してひと月。敵の兵糧もいよいよ底をつき、敵を突く頃合いかと……」
「この国の民は、できる限り聖都に退避させたはずで、犠牲者も少数に食い止めた。住む土地は、焼かれようがまた戦後に建て直せばいい。それに大軍がぶつかり合えば、多数の犠牲が出る――」
西王は、詩を読むように話す。
「では、今後も都に籠って敵の攻撃にさらされたままでいると?」
いや、と西王は言う。
「敵は十万。しかも東の果てよりわざわざ西への長距離を歩んできている。これだけの大群の補給をいつまでも保っておけるはずがない」
西王は笑う。
「敵は、弾薬も減り補給も間もなく途絶える。当方は全くの無傷――頃合いでしょう」
西王は、目を開けて立ち上がる。
「民の心、相わかりました。早速敵を迎え撃つ準備を軍に伝えなさい」
は、と従者は言う。
「あと、そろそろ南の地で反撃の狼煙は上がっているはず。早急に南に使者を」
「し、使者と言いますと、南の王は不在ですが?」
「いるでしょう? 流星が」
「は、あの者はわが軍5千とともに玉砕したのでは?」
従者の言葉に、西王は笑い飛ばす。
「王たるものが一振りの槍や一本の矢で死ぬと思っていると?」
「では、今どこに?」
「南の地にて、民をまとめ上げていると聞いています」
「そのような情報……」
「案ずることはありません。私はよく知っているのです。もちろんすべてではありませんが」
従者は、はあと言うしかなかった。流星が生きているなどという情報を彼は知らなかった。王の間に、ずっといた西王が従者の知らない情報をどこで仕入れたのか理解できない。
「さあ、お前は軍の支度を。私は戦中に赴きます」
従者は顔色を変えた。
「た、大変失礼と存じ上げますが――何をなさりに」
「和議を結びに。直接烈王と話をするのです」
立ち止まっている従者に、西王はすかさず声をかける。
「何をしているのです! 早く行政府に行き、私が何をするのか、伝えなさい」
従者は慌てふためきつつ去っていった。あとに残された西王は、閉ざされた王の間の扉を開いた。
時は来た。一か月間の防御は終わる。敵は補給を失いつつあり、士気は下がっている。味方は戦いに飢えた獣のようなものだ。いい気に攻めかかれば、奴隷も混じった十万の軍勢は遠からず瓦解する。そして西王軍強しという印象を与え、有利な状況で和議を結ぶ。
守りを徹していたのは決して逃げではない。この時を彼女は待っていた。すべては思い通りになっている。
この戦い、焦らず情勢をうかがった者が勝つ。
聖女を除けば、彼女の意向に楯突く者はおらずひれ伏した。
西王は、ここ1ヶ月ほどこもりっきり。玉座に腰掛け、目を閉ざしている。心中で彼女は都で起こっている出来事をすべて見ていた。多くの砲弾や、矢が飛び交う。それらすべてを彼女が張り巡らした壁ではじいていた。少しでも気を散らしてはならない。隙があれば、命とりだ。聖都は一歩も敵の攻撃を受けず守り切る。多くが失われても、この都だけは守る必要がある。
ゴーンという音が鳴り響く。丸一ヵ月、音など立たなかった。
「何人も入るなと言ったはずですが?」
彼女の毅然とした声に、扉の向こういる従者は沈黙することを余儀なくされる。この扉を開ける権利は従者にはない。だから待つしかないのだ。
「入りなさい」
ギィィイと音を立てて扉が開かれ一人の従者が姿を現し、静々と王の間に入った。
「殿下、誠に恐れ多く存じ上げます」
「一体何事です?」
「昨日、一部の民が行政府に押しかけ戦いをと叫んでおると知らせが入りました」
「それで?」
西王は静かに返事をした。
「これら不届き者として司法に引き渡してございます。敵が押し寄せ早くも一ヵ月。国のために忠義を尽くすべく多くの者たちが聖戦を望んでおります。亡き陛下のため、愛する家族のために、皆戦い抜く覚悟はできております。しかしながら、当方は守るばかりで戦おうとせぬと……」
「それで?」
「ここは守りを解き、一気に攻めかかるのが最上ではないかと奏上した民ならず、軍は申しておりまする」
「要するに一部の民が、戦を望んでおりその声に軍部も一部が同調しているのね?」
「はい」
「ではお前はどうなの?」
「――は、私も敵が都を包囲してひと月。敵の兵糧もいよいよ底をつき、敵を突く頃合いかと……」
「この国の民は、できる限り聖都に退避させたはずで、犠牲者も少数に食い止めた。住む土地は、焼かれようがまた戦後に建て直せばいい。それに大軍がぶつかり合えば、多数の犠牲が出る――」
西王は、詩を読むように話す。
「では、今後も都に籠って敵の攻撃にさらされたままでいると?」
いや、と西王は言う。
「敵は十万。しかも東の果てよりわざわざ西への長距離を歩んできている。これだけの大群の補給をいつまでも保っておけるはずがない」
西王は笑う。
「敵は、弾薬も減り補給も間もなく途絶える。当方は全くの無傷――頃合いでしょう」
西王は、目を開けて立ち上がる。
「民の心、相わかりました。早速敵を迎え撃つ準備を軍に伝えなさい」
は、と従者は言う。
「あと、そろそろ南の地で反撃の狼煙は上がっているはず。早急に南に使者を」
「し、使者と言いますと、南の王は不在ですが?」
「いるでしょう? 流星が」
「は、あの者はわが軍5千とともに玉砕したのでは?」
従者の言葉に、西王は笑い飛ばす。
「王たるものが一振りの槍や一本の矢で死ぬと思っていると?」
「では、今どこに?」
「南の地にて、民をまとめ上げていると聞いています」
「そのような情報……」
「案ずることはありません。私はよく知っているのです。もちろんすべてではありませんが」
従者は、はあと言うしかなかった。流星が生きているなどという情報を彼は知らなかった。王の間に、ずっといた西王が従者の知らない情報をどこで仕入れたのか理解できない。
「さあ、お前は軍の支度を。私は戦中に赴きます」
従者は顔色を変えた。
「た、大変失礼と存じ上げますが――何をなさりに」
「和議を結びに。直接烈王と話をするのです」
立ち止まっている従者に、西王はすかさず声をかける。
「何をしているのです! 早く行政府に行き、私が何をするのか、伝えなさい」
従者は慌てふためきつつ去っていった。あとに残された西王は、閉ざされた王の間の扉を開いた。
時は来た。一か月間の防御は終わる。敵は補給を失いつつあり、士気は下がっている。味方は戦いに飢えた獣のようなものだ。いい気に攻めかかれば、奴隷も混じった十万の軍勢は遠からず瓦解する。そして西王軍強しという印象を与え、有利な状況で和議を結ぶ。
守りを徹していたのは決して逃げではない。この時を彼女は待っていた。すべては思い通りになっている。
この戦い、焦らず情勢をうかがった者が勝つ。
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