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第三部 戦争裁判
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弐の国の裁者の益川が言ったことは的中する。間もなくして、政本は王命を受け、行政府にある王の執務室に彼は召喚される。彼は、王という存在について図りかねていた。地方官に過ぎなかった彼には、王は一生で会う機会など到底あり得ず、神秘的な存在として認知するだけだと思っていた。だが、ここにきて王を実体として捉える。自身を任命した王がどんな存在か把握しなければ、裁判は思わぬ方向に転がりかねない。
「政本裁判長」
そうか、と政本は知っていて当然のことを思い出す。王は、女性だった。高貴なものが座る席から、すくと立ち上がる。彼女の微笑みが、政本の視界に入り、思わず先ほど衛兵から教わった所作を実行に移した。右膝を床につけ、握り締めた拳も床につけ、深く礼をする。聖女、王に拝謁するときはそうするのだ。
「殿下のご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
また教えられた祝辞を述べ、後は王の指示を待つ。
「挨拶痛み入ります。さ、お掛けなさい」
彼女は透き通った声をしている。王といわれた女性は、長い黒髪が似合う清楚な美人であった。畏れ多くも、多くの敵を倒してきたとは思えない。
「まずは貴方の本裁判における見解をお聞きしたいのです。よろしい?」
王の言葉は、白菊のように混じりけがない。権力者じみたものではなく、逆に計り知れない力を感じさせられた。
「は、畏れ多くも私のような者が、大役を担いこの上ない思いでございます。裁判については、昨日までに連合国の裁者がそろいましてございます。彼らと今後合議の上、罪人の処遇について検討してまいります」
「ええ、よき判断かと」
「殿下。恐れながら一つお願いの儀がございます」
「はい」
「犯罪人のリストには、烈王の名がございます。王が犯した訴因には、特別法たる王法が含まれています」
「それで?」
「王のみしか知りえぬ王法について、その内容をご伝授頂けませんでしょうか?」
彼の頭にあったのは、まさにそれだった。王を裁くうえで、一つ障害となっていたのが王法である。法の大家ともあろうものが、知らずしていかに裁くことができるのか。
「王法は、王たちにしか明かさない特別法です」
西王の言葉は、先ほどと変わらなかった。それでも政本には、ずっしりと重たく感じられる。顔は粛然とし、彼女
の瞳は澄んだ黒で、何人も彼女の前で嘘はつけないだろう。
「ですが、裁くあなた方がそれを知らなくては、判決を言い渡すのに、整合性を欠くことでしょうね」彼女の言葉は事実を語り、政本の心を読み解く。
「おっしゃる通りにございます」
やっとの思いで、彼は返事をする。西王は、はあと短いため息をついた。
「今回特別ですが、いえ法を改める必要がありそうね。いいでしょう。私の名において、王法をあなた方裁者にのみ開示致しましょう」
願ってもないことである。
「公開期間は、裁判の開廷から閉廷まで。この事実を知っているのは、あなた方五名の裁者と私を含めた連合国本部の者だけです。口外は、あなたの死を意味すると思いなさい」
死を意味する、彼は秘かに寒気を感じていた。
「よろしくて?」
「かしこまりました」
「ほかに質問は? 裁判長?」
「いえ。本日はお招きいただきありがとうございます。明朝から五名による顔合わせと合議を開始いたします」
「ええ。しっかりと議論をし、よき答えを導きなさい。王法の内容については、後日配下の者に送らせます。それでは、期待しています」
「はい」
「時間よ」
外で待機していた衛兵が入る。彼についていった。政本は、執務室に入室したように同じポーズをとる。
このとき、西王も扉までやってきた。彼女の影で政本の体をすっぽりと覆う。彼女は静かに告げる。
「遅々のないように」
は、と彼は言い、退室する。扉は閉じられる。あとはホテルに戻るだけだ。
遅々のないように、か……
司法主導による裁判だが、実態は王を頂点とする行政の力がれっきとして存在する。最大の障壁は、法の解釈や量刑などではなくこの国の行政府かもしれない。政本の烈王戦争裁判の長としての地位を、剝奪するのはいとも簡単なのだ。それでも彼は、裁者としての独立を保ちたかった。
帰り際、彼は西王について考えていた。彼の視点は、下を向いていたから、西王がどんな表情を浮かべていたか分からない。でも彼を覆った西王の影は、どこへ行っても彼の行いを見ている気がした。王の目は、今もなお彼を見てい
る。
「政本裁判長」
そうか、と政本は知っていて当然のことを思い出す。王は、女性だった。高貴なものが座る席から、すくと立ち上がる。彼女の微笑みが、政本の視界に入り、思わず先ほど衛兵から教わった所作を実行に移した。右膝を床につけ、握り締めた拳も床につけ、深く礼をする。聖女、王に拝謁するときはそうするのだ。
「殿下のご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
また教えられた祝辞を述べ、後は王の指示を待つ。
「挨拶痛み入ります。さ、お掛けなさい」
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王の言葉は、白菊のように混じりけがない。権力者じみたものではなく、逆に計り知れない力を感じさせられた。
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「ええ、よき判断かと」
「殿下。恐れながら一つお願いの儀がございます」
「はい」
「犯罪人のリストには、烈王の名がございます。王が犯した訴因には、特別法たる王法が含まれています」
「それで?」
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「ですが、裁くあなた方がそれを知らなくては、判決を言い渡すのに、整合性を欠くことでしょうね」彼女の言葉は事実を語り、政本の心を読み解く。
「おっしゃる通りにございます」
やっとの思いで、彼は返事をする。西王は、はあと短いため息をついた。
「今回特別ですが、いえ法を改める必要がありそうね。いいでしょう。私の名において、王法をあなた方裁者にのみ開示致しましょう」
願ってもないことである。
「公開期間は、裁判の開廷から閉廷まで。この事実を知っているのは、あなた方五名の裁者と私を含めた連合国本部の者だけです。口外は、あなたの死を意味すると思いなさい」
死を意味する、彼は秘かに寒気を感じていた。
「よろしくて?」
「かしこまりました」
「ほかに質問は? 裁判長?」
「いえ。本日はお招きいただきありがとうございます。明朝から五名による顔合わせと合議を開始いたします」
「ええ。しっかりと議論をし、よき答えを導きなさい。王法の内容については、後日配下の者に送らせます。それでは、期待しています」
「はい」
「時間よ」
外で待機していた衛兵が入る。彼についていった。政本は、執務室に入室したように同じポーズをとる。
このとき、西王も扉までやってきた。彼女の影で政本の体をすっぽりと覆う。彼女は静かに告げる。
「遅々のないように」
は、と彼は言い、退室する。扉は閉じられる。あとはホテルに戻るだけだ。
遅々のないように、か……
司法主導による裁判だが、実態は王を頂点とする行政の力がれっきとして存在する。最大の障壁は、法の解釈や量刑などではなくこの国の行政府かもしれない。政本の烈王戦争裁判の長としての地位を、剝奪するのはいとも簡単なのだ。それでも彼は、裁者としての独立を保ちたかった。
帰り際、彼は西王について考えていた。彼の視点は、下を向いていたから、西王がどんな表情を浮かべていたか分からない。でも彼を覆った西王の影は、どこへ行っても彼の行いを見ている気がした。王の目は、今もなお彼を見てい
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