七宝物語

平野耕一郎

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第四部 楽園崩壊

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 迎えの馬車は裏門のひっそりと止まっていた。誰も迎えもない寂しい送迎である。
「ずいぶんと寂しいのね」
「申し訳ございません」
 咲子は暗闇に隠れた外の景色を漫然と見ていた。天空の星はさんさんと輝き、闇夜の一部を照らす。自分は少しばかり光っていたかっただけかもしれない。
「星が綺麗ですこと」
「ええ」
 あの星々のどこかに母はいるのだろうか?
「咲子様は星月夜がお好きですわね」
「でも今日が最後だわ。私は全てを失うの。あなたも、私も、愚かな幻想に囚われたせい」
「どういうことです?」
「私には無理だわ。王なんてなれない。違ったの。私はただ・・・」
 頭によぎる母の顔を思い出した。
「お母さまのように苦しく悶え死にたくなかった。酷くお産で苦しんだのよ。あの時ことが忘れられなくて」
 夏帆にはわかってくれる。この子は良かれと思ってやってくれた。もうこれからは自分で何をすべきか選択しなければいけない。責任はすべて自分にある。
「あなたには悪い事をしたわ。どうして666なんか入ったか知らないけど。あなたが厳罰にならないよう私が責を負うわ」
 これでいい。不死や王だのという夢想は捨てて現実を見なければ。きっと夏帆もまた目が覚めたことだろう。
「ふふ」
 夏帆は笑っている。
「何がおかしいの?」
「ふふ、とてもご立派ですわ。私、敬服致しましたわ。お仕えして数年。初めてお会いした時は、強情で、わがままで、意地っ張りで、そのくせ肝心なことになると、物事を人のせいにする今の特権階級を絵に描いたようなお方がここまで確固とした信念をお持ちになられたとは」
 咲子は言葉を失う。さらさらと流れるような言葉に含まれたものは、毒そのものだった。
「お気持ちよく分かりましたわ。が、私たちの計画は止めることはできません。私たちはまだ始まりを迎えてすらおりませんわ」
「あなた・・・まだそんなことを」
「ふふ、当然ですわ。咲子様にはきっちりとお役を果たしてもらわねば」
 咲子は被りを振る。
「いやよ! 王になんてなりたくない! 私は!」
 夏帆はすっと咲子に顔を寄せる。歪なまでに勝利を確信した、自信に満ちあふれた確かな表情。咲子にはわからない。
「何なの? あなたは何がしたいの!」
「私が見せてあげますわ。この世に欠けることのない富と愛を。誰かが得をしたことで、損をするそんな世界を変えてみせます」
 咲子は目の前にいる年も差がない少女に潜む異様な闇に恐怖を覚える。目の前にいるのは少女ではない。際限のない欲望に取りつかれた獣だということにようやく気付かされた。
「あなたは・・・?」
 そのときだ。ピカッと暗かった世界は金色の輝きを放った。あとにバンッと衝撃が後方から聞こえた。何かが吹っ飛んだ音だ。咲子は背後を向く。学園の方だ。まさか。
「何があったの? ちょっと馬車を止めなさい!」
「どうか落ち着かれて。もう気に掛けるところではないではありませんか?」
 咲子はさりげない口調で話す夏帆を信じられないという目つきで見る。夏帆は相変わらず冷静だった。瞳を閉ざし、静かにの流れに身を任せているようだ。背後の爆発に何一つ動揺していない。まるで予期していたことのような様子だった。
「あんたがやったの?」
 夏帆は答えない。沈黙を貫くことは答えるまでもないと等しい。咲子はなんて恐ろしい人物を信用したのかと気づかされた。
「あそこには多くの学生が、知り合いがいるのよ! それをどうして!」
「私どもの目的は達成しました。私どもの痕跡は残してはなりません。それゆえですわ」
「目的って?」
「王位を継ぐためのこと全て」
 夏帆は整然と言い放ち、笑った。咲子は馬車から急ぎ降りようと考えた。動物的の本能がそう思わせた。自分が目指そうとしたことの愚かさ、傲慢さに恐怖があった。今なら間に合うかもしれない。助けに行こう。行動を動かそうとしたとき、異変が起きた。
 誰もいないはずの背後の荷台からすっと黒いものが伸びてきた。それはさっと咲子の口元を覆う。あまりの出来事に咲子は驚き、体をばたつかせる。夏帆を見て助けを求める。笑っているだけで見守るだけだ。すべて仕込まれていた。咲子は妙な匂いを嗅いで体に倦怠感を感じた。目は虚ろになり、体の力が抜けていく。
「あーあ。狭かったわ」
 もう一人誰か乗っていたのだ。その声はよく知っている声だった。
 馬車が停まる。ガタガタと音がして、やがて扉が開いた。夏帆は乗ってきた者と協力して咲子の体を荷台に押し込んだ。咲子の座っていた席に須世子が代わりに座った。
「体が痛いわ。狭いったらありゃしないわ」
「お疲れ様ですわ」
 2人は互いの顔を見合い笑った。すべては予定通りだった。
「よかったわ。あなたと手を組んで」
「ご心配なく。すべては予定通りに」
「ふふ、片苦しい学園生活もおしまいね。下らないおままごともしなくて済むわ」
 須世子は全ての謀を練っている人物がうすうす夏帆だろうとにらんでいた。咲子の王になるという突拍子もない発言には、何か意図があると思っていた。では誰が裏で動かしているのか考えてみた。いつも横にいる存在、夏帆だということに気づくことは容易だった。
 須世子は秘かに夏帆と手を組み、仲間になった。咲子に従うふりをし、忠実な駒として動いていた。まるで自分で考えるということがしない咲子をたぶらかすことは赤子をあやすより簡単だ。咲子は王であるかのように振る舞い、有頂天になっていく。手のひらで踊らされていることも知らず、須世子は笑いをこらえるのが必死だった。
「私のお願いはちゃんとかなえて下さるわね」
「はい。もちろんですわ」
 お願い。須世子は夏帆にいずれ大地を束ねるときに、相応の地位と尽きることのない財を求めた。王の次点となる宰相となり、世界を影で操ってみたい。須世子も密かに野心にあふれていた。かつての須世子の一族は聖族が天より下向する以前は、大量の土地を持っていた。聖族たちは理不尽なまでに地に住まう者たちを弑逆した。須世子の一族は復讐心を隠し、従属を装い今日まで生き延びてきた。須世子の代になってもかつての積年の恨みを持っていた。だが今とうとうその恨みを晴らす時が来た。
 まさか自分がこんなことをするなんて。笑いが止まらなかった。
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