七宝物語

平野耕一郎

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第五部 美しき王

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「陛下、何もそう急がせることはありませんわ。王はつい先日ご到着遊ばれたのですから。ごゆるりとなされば」

「王にはなにぶん領土と民のこともありますから。慣れない異国の土地では、さぞご大変ですから。都の心配には及びません。この世で信における兵と何より強大な王が国を保護してくれますし」

 聖女の毅然とした言動に、美弥子妃と良子皇太后は閉口した。聖女は明らかに王を拒んでいた。明らかに聖都にいてほしくない。口は言わないが、言葉の端々に忌避感がある。妃と皇太后はなぜ聖女が拒み続けるのか理解に苦しんだ。

 この不穏な空気を王であった。よどんだ流れを何てことないような笑みでいともたやすく払った。王を見た者は誰しもがこの邪気ない素顔に気を安んじた。ただ一人を除いて。

「かしこまりました。陛下の仰せの通り、私は大帝の妃であり、一国を統治する王。すぐに支度を整え出立致しますわ。これ以上皆々様のお気を召すのは控え等ございます」

「ええ。それがよろしいでしょう。出立に際し必要なものがあれば遠慮なく」

 やはり聖女は王を疎んでいた。聖女は予定より早めに会見を取り終え、席を立った。聖なる扉は閉じた。これより先は聖女とその一族といった限られた者しか入れない。

「陛下、陛下」

 美弥子妃は足早に執務室に戻る聖女を追う。聖女の足は緩まない。

「姉様!」

 ようやく姉である聖女の足が止まる。

「何です?」

「ここは皇宮、しかも聖族の居室。ぜひ楽にしとうございます」

「許します。どうかしたの?」

「何もあんなもの言いをなさらなくても。皇宮を取り締まる者として、王は姉様の支えになる者と存じます。あの方は、皇宮では大変よく」

「そうね。なかなか国にあの美しき王が来て専らの評判」

「存知でしたか? 母上もそうですが、なぜ姉様がここまで疎まれるのか」

「疎んでいるわけではないわ。王は領土と民を守る者。守護なき土地で、何が起こるかわからないでしょ?」

「王はとても民を案じ、亡き上王に比肩する善政を布いていると伺っております。それに王は大帝の妃ですわ。王の領地は、はるか東。しばらくご逗留頂いてはどうですか?」

「大帝の妃であるというなら、大帝のいる新都に戻るといいわ。ここにあの王を留めておく意図がないわ」

 頑として受け入れない姉に対し、美弥子妃は少し不満を露わにした。

「皇宮長である私を始め、母上、その他聖族の方々の信を持つ王をよき相談相手として、いて頂きたいと存じます。姉様は自らの手に権限を取り戻そうとしておりますが、相手は大帝。この世で最も力ある者。王は大帝の妃であり、味方に付ければ、姉様の意向も通るというもの。そう存じません事?」

 美弥子妃は自身の言葉に、聖女が耳を傾けることを期待していた。しかし返ってきたのは違っていた。

「美弥子、あなた方の意向は受け入れがたいわ。相談役なら、すでにいるし。あの者は王。土地と民を守る者。自らの土地に変えるよう大帝にも私から伝えていく」

「私のではなく、皆の」

「誰の意向であれです」

 説得は失敗に終わった。これ以上何を言っても無駄だと悟り、美弥子妃は自室に戻った。上着を脱ぎ、物憂げに鏡を見つめていた。美弥子妃は自身の無力さを痛感した。皇宮長でありながら、何もできない自分を呪った。この所心地よく笑っていない。皇宮一の美女と謳われながら、今はどうだろうか? 年老いた老婆のように憔悴しきった顔を見て、美弥子妃は焦りを感じた。お飾りの皇宮長として姉のそばを侍ることに何の意味があるのだろうか?

 一方で聖女は執務室で膨大な事務作業に追われている。大帝は戦が好みで、巨額の軍事費を発生され、財政を圧迫していた。それでも大帝は内政に興味を示さず、議会に丸投げをしていた。元来聖女に政治の実権は法に制定された通り無いが、すべてではない。民衆の代表である議会は聖女の形式的な認可を得なければ法案を通せない。王はあらゆる法の執行者だ。ここのところ議会が持ってくる法案を聖女は精査していた。そのため時間はいくら経っても終わらない。時に新たな王が都に来訪した。美しき王だ。

 善政家にして類稀なる美貌を持ち、多くの者のよき理解者。美しき王は罪人として獄車で護送されてきた。それから3ヵ月。他の王は本国に帰国したのに、美しき王だけは変えることなく大帝の妃となった。聖女にはその人に取り入る能力を危惧した。

 あの者の王の力は情欲にある。誰もがそこを見落としている。人の心を時には惑わし、善なる者として振舞っているのだという疑念を持っていた。所詮、王とは呪いをかけられた者たちことで、内奥に悪霊を飼っている。死んだ上王も、大帝も同じことだ。ただ美しき王の兆しは強大な武力でもなく、聡い知力でもない。あの素顔だと聖女は悟った。

 ほっておくと恐らく国を操作しかねない。この都は聖女の、民衆の都なのだ。決してそんなことはさせない。

 ただ不幸なことに聖女は内心を周りに理解してもらっていないことにある。それをするための時間もなかった。
 
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