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第五部 美しき王
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目が覚めた時、美弥子は自室にいた。混ざり合った唇の感覚。溶けてしまいそうな瞬間。
あれは夢ではないだろうか。起床の鐘と共に美弥子はまた見習いとして忠勤に励んでいた。
いつもどおり多忙な業務である。すべてが終わった時、美弥子は異変に気付いた。
「あの凪子様はどちらへ?」
凪子は忽然と消えていた。二段ベッドの上には凪子が寝ていたはずだが、痕跡はどこにもなかった。
「さあ。そういえばそう。部屋替えではないの? 朝起きたときにはいなかったですもの」
「ええ。時々部屋替えはあることですし。気にすることはございませんわ」
「そうですの」
「ふふ、いなくなってあなた様にとっては好都合ではないかしら?」
「え?」
「こっちも日夜、くぐもったあなたの生々しい声を聴くのは絶えないわ」
「申し訳ありません」
コンコンと扉が叩かれた。
「よろしくて皆さま?」
「ええ」
「私、この部屋に御厄介になる東子と申しますわ。千紗様よりお部屋替えを仰せつかりこちらに決まったのです。どうぞよろしく」
丸い顔の上品そうな娘だった。
「その上のベッドですわね」
「美弥子ですわ」
「どうぞよろしく。不束者でございますが」
凪子は一夜のうちに消え去った。もしそれが王へ申し上げたことが原因なら。しかし真意は分からない。
「美弥子様はいらっしゃるかしら?」
開かれた扉の先に、千紗が立っていた。休んでいた四人は急ぎ立膝を突いた。
「はいここに」
「少しよろしくて?」
「かしこまりましたわ」
千紗に連れられて、美弥子は償いの滝に向かった。
「下に見える滝が何かお分かりですわね?」
「償いの滝ですわ」
「あなた様の真意を今朝陛下から賜りましたわ。人々に陛下のご意思を広めたいと」
「はい。確かに申しましたわ」
「あなた様も入信されて早一年。とても信心深さと健気な行いを褒めておりましたわ」
「ありがたきお言葉。頂戴いたします」
美弥子はすっと頭を下げた。しかし千紗の顔は険しく激しいものだった。
「これは覚悟のいるお話ですわ。心して聞くのです」
「はい」
「今この国は陛下のご意思を他国に広めているのです。すでに使者があらゆる箇所で活動しております。この土地で取れる水と信仰を広げているのです。これは大変重大なこと。かつて多くの王は武力により大陸を治めておりました。しかし武力では争いごとは絶えない。大帝も大層お力のある方ですが、平和と安息をもたらすには陛下のご自愛が必要なのです。お判りいただけますね」
「もちろんでございますわ。私決めましたの。いずれは陛下の片腕となり、この世を安らかにしたいと。千紗様、あなた様はずっと陛下をお支えしてきた身。私のようなものでもお力になるならご指導を賜りたいと存じます」
「その言葉。ならば行動でお示しなさい。他国に行き布教活動を行うということは、と金危険なことです。他国には王がいて土地を治めている。そこに乗り込み、陛下の恩寵を解くということは他国の王の威信を下げるともいわれてもおかしくない。正式に職を奉る者は皆あの滝に飛び込み己の意思を図るのです」
「わかりましたわ」
「一人ではありません。私も共に参ります」
「どうしてです?」
「私も侍従長の任を降り、布教活動に入ると申し上げたのです」
「そんな。一体どうしたというのです?」
「美弥子様、少し私のお話をお聞きください。その後、二人で滝へ身を投じましょう」
「かしこまりましたわ」
千紗は小さな眼差しに激しい情熱を灯していた。千紗の熱い信仰心はどこから生じる者なのか? 美弥子は静かに聞いた。
「私は南都の王にお伝えする家の娘でした。何不自由のない生活でしたわ。南都は商業で栄えた街。豪商たちと取引を重ね、家は大いに栄えていたのです。何も正当な手段で得た報酬だと私はずっと思っていたのです。あの日が来るまでは」
あれは夢ではないだろうか。起床の鐘と共に美弥子はまた見習いとして忠勤に励んでいた。
いつもどおり多忙な業務である。すべてが終わった時、美弥子は異変に気付いた。
「あの凪子様はどちらへ?」
凪子は忽然と消えていた。二段ベッドの上には凪子が寝ていたはずだが、痕跡はどこにもなかった。
「さあ。そういえばそう。部屋替えではないの? 朝起きたときにはいなかったですもの」
「ええ。時々部屋替えはあることですし。気にすることはございませんわ」
「そうですの」
「ふふ、いなくなってあなた様にとっては好都合ではないかしら?」
「え?」
「こっちも日夜、くぐもったあなたの生々しい声を聴くのは絶えないわ」
「申し訳ありません」
コンコンと扉が叩かれた。
「よろしくて皆さま?」
「ええ」
「私、この部屋に御厄介になる東子と申しますわ。千紗様よりお部屋替えを仰せつかりこちらに決まったのです。どうぞよろしく」
丸い顔の上品そうな娘だった。
「その上のベッドですわね」
「美弥子ですわ」
「どうぞよろしく。不束者でございますが」
凪子は一夜のうちに消え去った。もしそれが王へ申し上げたことが原因なら。しかし真意は分からない。
「美弥子様はいらっしゃるかしら?」
開かれた扉の先に、千紗が立っていた。休んでいた四人は急ぎ立膝を突いた。
「はいここに」
「少しよろしくて?」
「かしこまりましたわ」
千紗に連れられて、美弥子は償いの滝に向かった。
「下に見える滝が何かお分かりですわね?」
「償いの滝ですわ」
「あなた様の真意を今朝陛下から賜りましたわ。人々に陛下のご意思を広めたいと」
「はい。確かに申しましたわ」
「あなた様も入信されて早一年。とても信心深さと健気な行いを褒めておりましたわ」
「ありがたきお言葉。頂戴いたします」
美弥子はすっと頭を下げた。しかし千紗の顔は険しく激しいものだった。
「これは覚悟のいるお話ですわ。心して聞くのです」
「はい」
「今この国は陛下のご意思を他国に広めているのです。すでに使者があらゆる箇所で活動しております。この土地で取れる水と信仰を広げているのです。これは大変重大なこと。かつて多くの王は武力により大陸を治めておりました。しかし武力では争いごとは絶えない。大帝も大層お力のある方ですが、平和と安息をもたらすには陛下のご自愛が必要なのです。お判りいただけますね」
「もちろんでございますわ。私決めましたの。いずれは陛下の片腕となり、この世を安らかにしたいと。千紗様、あなた様はずっと陛下をお支えしてきた身。私のようなものでもお力になるならご指導を賜りたいと存じます」
「その言葉。ならば行動でお示しなさい。他国に行き布教活動を行うということは、と金危険なことです。他国には王がいて土地を治めている。そこに乗り込み、陛下の恩寵を解くということは他国の王の威信を下げるともいわれてもおかしくない。正式に職を奉る者は皆あの滝に飛び込み己の意思を図るのです」
「わかりましたわ」
「一人ではありません。私も共に参ります」
「どうしてです?」
「私も侍従長の任を降り、布教活動に入ると申し上げたのです」
「そんな。一体どうしたというのです?」
「美弥子様、少し私のお話をお聞きください。その後、二人で滝へ身を投じましょう」
「かしこまりましたわ」
千紗は小さな眼差しに激しい情熱を灯していた。千紗の熱い信仰心はどこから生じる者なのか? 美弥子は静かに聞いた。
「私は南都の王にお伝えする家の娘でした。何不自由のない生活でしたわ。南都は商業で栄えた街。豪商たちと取引を重ね、家は大いに栄えていたのです。何も正当な手段で得た報酬だと私はずっと思っていたのです。あの日が来るまでは」
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