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第1章 世界の理
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人はなぜ夢を見るのか……
人の潜在意識の表れなのか、単なる意味のない事象に過ぎないのか知る由はない。
ただ夢はあまりにも突発的で、人の管理が行き届かない。例えば風のように。でも風がいつ吹くかなんて、どこから吹いてくるかなんて誰にも分からない。
一つ言えること。今深い眠りに付いている希和子が見ている夢は彼女にとって心地良かった。ありもしない現実が、まるでそこにあるように見せかけ暖かい春風のような夢が、希和子には必要だった。
世の平和が、脅威に襲われる中でも、希和子の寝顔には安らぎが満ち溢れていた。
希和子は広い野原にいて、今いる場所はなだらかな傾斜になっていた。草が生い茂ったその先に人が二人いた。男と女。向こうには小川が見える。日に照らされ、光を帯びていた。風がふうと彼女の体を突き抜けて、傾斜を走り去っていく。
何だか置いてかれた気分になった。風に乗り切れない。もし乗っていたら小川の向こうまで連れて行ってくれるはず。
希和子は、一抹の歯がゆい思いを捨て、目の前に広がる野原を隅々見渡していた。生い茂った草木はさらりと過ぎるそよ風に身をなびかせる。チルチルと鳴く小鳥のつがいが愛をついばむ。地を這う虫たちが、必死に大地を歩む。
眼下に広がる素朴な景色に満足していると、向こうにいる二人が希和子に声をかけてきて、自分の心がパッと晴れやかになるのを彼女は何度も体験していた。
二人を誰だか知っている。自分にとってかけがえのない存在だった。
希和子は走り出す。二人のところに行けば、きっと自分が何か大きなものをつかめる気がした。美しい景色を大切な人と共有したい気持ちは、万人が持ち合わせる感情だ。
追い風だ。傾斜を下るスピードが増す。一気に二人に近づける。
なかなか二人のところにたどり着けない。懸命に走っているのに。またいつもの通りか。いくら走っても到着できず、その場に座り込む。いつもの流れで、しまいには希和子は夢から覚めることになる。
「陛下」
しっかりと張りのある女性の声がする。
体をゆすっている。薄ら眼を開け、希和子は周囲を簡単に確認した。
「お目覚めの時間でございます」
侍女だ。彼女はただ機械的につぶやくだけだ。
希和子は、そうとだけ返事をする。みんなが待っている。ここ気だるさを見せるわけにはいかない。少々眠い顔を引き締めながら、そっと寝台から起き上がる。
「よくお休みになられまして?」
また別の侍女が聞いた。自分を起こした侍女より歳は若い。彼女もまたただほほ笑んだ。和やかな表情、聞こえのいい声。
いつものこと。慣れ切った日常の始まりだ。
寝所の戸を侍女が開けると、カラカラと音がなる。壁伝いに取りつけてある鈴が鳴っている。
目を開け寝所の戸が開き、宮廷に伝える。ここまでが起床の儀だ。
だが寝ぼけた顔で、部屋の外には出るわけにはいかない。聖女は、いつも美しく気品のある姿でいなければならない。
化粧台に映し出される姿が、徐々にかたどられていく。皆が望んでいる聖女の姿へと。着替えとメークアップが終わったとき、希和子は鏡を見てほほ笑む。周囲が望んでいる表情が出来ているか、しっかり確かめる。どこかにほころびはないだろうか、ドレスは着こなしているだろうか、メイクは大丈夫か。問題なければ、部屋を出る準備は完了だ。あとはこれだけだ。
希和子はすっと化粧台に置いてあった腕輪を手に取り腕にはめる。
灰色がかった半透明な白色と筋のように黒味が入った石で作られた腕輪で、装飾品としては地味なものではある。しかし腕輪は希和子が聖女と言われるためには決して欠かせない。
自分は聖女。自身が民の象徴であり、平和が末永く続いてほしいという万民の希望を彼女は背負わされている。
聖なる腕輪が希和子の腕にずっしりと重石のようにはめ込まれ、彼女をがっちりと捉えて離さなかった。
人の潜在意識の表れなのか、単なる意味のない事象に過ぎないのか知る由はない。
ただ夢はあまりにも突発的で、人の管理が行き届かない。例えば風のように。でも風がいつ吹くかなんて、どこから吹いてくるかなんて誰にも分からない。
一つ言えること。今深い眠りに付いている希和子が見ている夢は彼女にとって心地良かった。ありもしない現実が、まるでそこにあるように見せかけ暖かい春風のような夢が、希和子には必要だった。
世の平和が、脅威に襲われる中でも、希和子の寝顔には安らぎが満ち溢れていた。
希和子は広い野原にいて、今いる場所はなだらかな傾斜になっていた。草が生い茂ったその先に人が二人いた。男と女。向こうには小川が見える。日に照らされ、光を帯びていた。風がふうと彼女の体を突き抜けて、傾斜を走り去っていく。
何だか置いてかれた気分になった。風に乗り切れない。もし乗っていたら小川の向こうまで連れて行ってくれるはず。
希和子は、一抹の歯がゆい思いを捨て、目の前に広がる野原を隅々見渡していた。生い茂った草木はさらりと過ぎるそよ風に身をなびかせる。チルチルと鳴く小鳥のつがいが愛をついばむ。地を這う虫たちが、必死に大地を歩む。
眼下に広がる素朴な景色に満足していると、向こうにいる二人が希和子に声をかけてきて、自分の心がパッと晴れやかになるのを彼女は何度も体験していた。
二人を誰だか知っている。自分にとってかけがえのない存在だった。
希和子は走り出す。二人のところに行けば、きっと自分が何か大きなものをつかめる気がした。美しい景色を大切な人と共有したい気持ちは、万人が持ち合わせる感情だ。
追い風だ。傾斜を下るスピードが増す。一気に二人に近づける。
なかなか二人のところにたどり着けない。懸命に走っているのに。またいつもの通りか。いくら走っても到着できず、その場に座り込む。いつもの流れで、しまいには希和子は夢から覚めることになる。
「陛下」
しっかりと張りのある女性の声がする。
体をゆすっている。薄ら眼を開け、希和子は周囲を簡単に確認した。
「お目覚めの時間でございます」
侍女だ。彼女はただ機械的につぶやくだけだ。
希和子は、そうとだけ返事をする。みんなが待っている。ここ気だるさを見せるわけにはいかない。少々眠い顔を引き締めながら、そっと寝台から起き上がる。
「よくお休みになられまして?」
また別の侍女が聞いた。自分を起こした侍女より歳は若い。彼女もまたただほほ笑んだ。和やかな表情、聞こえのいい声。
いつものこと。慣れ切った日常の始まりだ。
寝所の戸を侍女が開けると、カラカラと音がなる。壁伝いに取りつけてある鈴が鳴っている。
目を開け寝所の戸が開き、宮廷に伝える。ここまでが起床の儀だ。
だが寝ぼけた顔で、部屋の外には出るわけにはいかない。聖女は、いつも美しく気品のある姿でいなければならない。
化粧台に映し出される姿が、徐々にかたどられていく。皆が望んでいる聖女の姿へと。着替えとメークアップが終わったとき、希和子は鏡を見てほほ笑む。周囲が望んでいる表情が出来ているか、しっかり確かめる。どこかにほころびはないだろうか、ドレスは着こなしているだろうか、メイクは大丈夫か。問題なければ、部屋を出る準備は完了だ。あとはこれだけだ。
希和子はすっと化粧台に置いてあった腕輪を手に取り腕にはめる。
灰色がかった半透明な白色と筋のように黒味が入った石で作られた腕輪で、装飾品としては地味なものではある。しかし腕輪は希和子が聖女と言われるためには決して欠かせない。
自分は聖女。自身が民の象徴であり、平和が末永く続いてほしいという万民の希望を彼女は背負わされている。
聖なる腕輪が希和子の腕にずっしりと重石のようにはめ込まれ、彼女をがっちりと捉えて離さなかった。
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