20 / 156
第2章 霧の中より現れし男
3
しおりを挟む
希和子は走った。とにかく走った。足が壊れてしまう。でも構わない。逃げなければ……
ひんやりとした大気の中でかいた汗はすぐに乾いてしまう。霧に四方を囲まれ、どこを見渡しても視界は不明瞭だ。本当に、何かがおかしい。こんなところ知らない。どこだ、ここは?
体を使うことも少ない希和子だったが、さらにどこだかわからない場所をグルグルと走らされているようだ。精神面でも気力は削られていく。足は、動かなくなった。よろよろと前のめりにおぼつかない足取りを数歩進
め、ぱたりと地べたに手をつく。
もうだめだ、走れない……
荒い息遣いを抑えようとした。どこかで見張られている気がする。少しでも気配を悟られないよう息を殺す必要が
ある。
希和子は近くに木によりかかる。立っているのもしんどい。
無様だ。何で自分がこんな風に、みじめに逃げなければならない。何か悪いことでもしたのか。ほつれた髪、額を
垂れる汗で崩れた化粧、何もかもが乱れている。こんな姿を国民が見たらどう思うだろう?
「陛下?」
「あ……」
「陛下、陛下!」
声は、救済主から語り掛けられたものだった。
「お気を確かに!」
祥子は馬から降り急いで倒れた主を起こす。
「もうどうなっているの? 皆、倒れていたわ。死んでいるのかしら? ねえ、何か変よ!」
「変ですわ。異様ですわ」
「もう何が何やら……」
希和子は目に涙を浮かべ、祥子の胸元で嗚咽する。
「ええ、御一人で。陛下の御心痛お察し致します。ええ、よく頑張られました」
ワーッと泣き出したのは、これまで宮廷内で押し付けていた深奥に潜んでいるつらさ、苦しみを出していたから、
本当は気持ちを知ってほしかった。まるでこれまで抑えてきたものが出てくるようだ。
「私、どうしたらいいの?」
「すべて、私にお任せください」
祥子はすっかり気力を失っている主を元気づけ、馬に乗せる。希和子はぐっと祥子の背中を握りしめる。不安でい
っぱいな子どもが母にすがるようだ。
二人を乗せた馬はゆったりと進む。その先は、見覚えがある。希和子が逃げてきた場所だ。兵が倒れている。襲われたのだろうか。いや違うようだ。倒れている兵に傷はない。よく見ると眠らされているのか。
「ああ、やっと来たね」
聡士は、長いこと待たされたかのような口ぶりで語り掛ける。
「ずいぶんと走っていたみたいね。大変だったでしょう」
表面は温かい。でも内実を伴わない優しさに希和子はゾクッとするものを感じる。
「久しぶりの対面だったのになあ、残念だなあ。おびえちゃっているなんて」
「あなたは一体何ですか?」
「何でもいいじゃないか。大人しくしていればいい。君たちに味方はいないからね」
聡士は朗らかに言うと手を開き、二人に辺りを見渡すよう勧める。そこには地べたに無造作に寝そべった兵隊たち。赤色の服に包まれ、顔を仮面で覆った集団が道の脇を固めていた。
「さあ馬から降りて、こちらに来てもらおうか」
聡士の手が伸びていた。彼の無機質な感情を伴わない微笑みが霧に隠れて不気味なまでに光っていた。
ひんやりとした大気の中でかいた汗はすぐに乾いてしまう。霧に四方を囲まれ、どこを見渡しても視界は不明瞭だ。本当に、何かがおかしい。こんなところ知らない。どこだ、ここは?
体を使うことも少ない希和子だったが、さらにどこだかわからない場所をグルグルと走らされているようだ。精神面でも気力は削られていく。足は、動かなくなった。よろよろと前のめりにおぼつかない足取りを数歩進
め、ぱたりと地べたに手をつく。
もうだめだ、走れない……
荒い息遣いを抑えようとした。どこかで見張られている気がする。少しでも気配を悟られないよう息を殺す必要が
ある。
希和子は近くに木によりかかる。立っているのもしんどい。
無様だ。何で自分がこんな風に、みじめに逃げなければならない。何か悪いことでもしたのか。ほつれた髪、額を
垂れる汗で崩れた化粧、何もかもが乱れている。こんな姿を国民が見たらどう思うだろう?
「陛下?」
「あ……」
「陛下、陛下!」
声は、救済主から語り掛けられたものだった。
「お気を確かに!」
祥子は馬から降り急いで倒れた主を起こす。
「もうどうなっているの? 皆、倒れていたわ。死んでいるのかしら? ねえ、何か変よ!」
「変ですわ。異様ですわ」
「もう何が何やら……」
希和子は目に涙を浮かべ、祥子の胸元で嗚咽する。
「ええ、御一人で。陛下の御心痛お察し致します。ええ、よく頑張られました」
ワーッと泣き出したのは、これまで宮廷内で押し付けていた深奥に潜んでいるつらさ、苦しみを出していたから、
本当は気持ちを知ってほしかった。まるでこれまで抑えてきたものが出てくるようだ。
「私、どうしたらいいの?」
「すべて、私にお任せください」
祥子はすっかり気力を失っている主を元気づけ、馬に乗せる。希和子はぐっと祥子の背中を握りしめる。不安でい
っぱいな子どもが母にすがるようだ。
二人を乗せた馬はゆったりと進む。その先は、見覚えがある。希和子が逃げてきた場所だ。兵が倒れている。襲われたのだろうか。いや違うようだ。倒れている兵に傷はない。よく見ると眠らされているのか。
「ああ、やっと来たね」
聡士は、長いこと待たされたかのような口ぶりで語り掛ける。
「ずいぶんと走っていたみたいね。大変だったでしょう」
表面は温かい。でも内実を伴わない優しさに希和子はゾクッとするものを感じる。
「久しぶりの対面だったのになあ、残念だなあ。おびえちゃっているなんて」
「あなたは一体何ですか?」
「何でもいいじゃないか。大人しくしていればいい。君たちに味方はいないからね」
聡士は朗らかに言うと手を開き、二人に辺りを見渡すよう勧める。そこには地べたに無造作に寝そべった兵隊たち。赤色の服に包まれ、顔を仮面で覆った集団が道の脇を固めていた。
「さあ馬から降りて、こちらに来てもらおうか」
聡士の手が伸びていた。彼の無機質な感情を伴わない微笑みが霧に隠れて不気味なまでに光っていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
追放された聖女は旅をする
織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。
その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。
国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる