七宝物語

平野耕一郎

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第4章 さまよう聖女

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 真白き塔。最上階に王の執務室はある。現在、緊急会議の最中だ。各軍部の長らが集められた。例外的に、軍部以外の者として呼ばれていたのが、司法長の任を担う弐ノ国王夕美と、聖女直属の騎士公流星……彼らはともに責められる立場にある。

 軍は王直属の組織であり、他の行政、司法、立法が犯した罪を指弾する権利を持つ。

 軍議の目的は、軍を参ノ国へ送り出すことと、夕美と流星の指弾であった。聖女誘拐についてだ。

「全く、聖都の司法ときたら地に落ちたものですな」

 長の一人が弐ノ国王を遠回しに揶揄した。秘密裏に動き、時に聖女を守る役割を果たせなかった司法府は、空気のようなものだ。彼の発言に追随するものが現れた。

「ああ、嘆かわしや」

「それに聖女陛下にお傍に降りながら貴殿は一体何をなさっておられたのかな?」

「実に情けない限り、と痛感しているところです」

 弐ノ国王夕美は無言を貫く半面、流星は詫びを入れる。

「どのようにしてご責任を果たされるのですかな? まさか辞任すればよい、というわけにはいきませぬぞ?」

 彼の目の前にいた親衛隊長らしき男が言う。彼もまた王直下の親衛府の長のため会議に参列している。明らかに小ばかにしたような口ぶりだった。

 目下会議は、一向に進展を見せない。皆が聖女誘拐という事態を受け入れられず、無意味な追及を繰り返すことで、意図的に本題から逸らしている

 唯一の希望は西王が会議の議長であることだ。彼女が話し出せば皆が落ち着く。

「あなた方二人は重大な過ちを犯しました。紛れもない事実です」

「司法長、あなたは自ら敵の存在を捕えながらみすみす逃し、聖女を奪われた。警護もつけておきながら……」

 西王の責任に関する言及は淡々としていた。

「騎士公、陛下のお傍にいながら、敵の存在に気付くことなく、護衛の責務を果たせなかった責任は重大です」

 よって、と西王は言う。

「あなた方には、かの国の首都である火都へ潜入し、陛下を救助してもらいます。この世でもっと険しい山肌と言われる五連山を登り、火門を通り抜け、聖女を救出するのです」

 言葉に、皆どよめいた。

「は、は、それはいい。よいお考えかと」

「七人の諸王のうち、至高の存在と言われた西王殿下に次ぐ者と言わしめたあなたなら、このような試練たやすいことでしょう」

「ああ火の鞭も、ころりと倒せますね」

 一同笑い合う。狂ったように。それでも弐ノ国王夕美は、表情一つ崩さない。

 ここに一人話が解せぬ者がいる。

 騎士公流星は分からぬことは分からぬと、素直に言えることしか出来ない男だ。

「なんと、火の鞭を存じ上げないと?」 

 四方から、はあというため息が漏れた。

「騎士公よ、貴殿はかの国への大した知識もなく、御身の敵を討とうと東国へ向かっておられたのですか?」

 白髭を蓄えたのは、教育府の長である。真ん丸の目には、呆れたという意図が読み取れる。周りも同様の反応をした。

「話にならんな」

「もう結構」

「皆、やめましょう。何も無知であることが、すなわち悪ではありません。知らなければ、今から学べばいいのです」

 西王は、そっと流星を助けた。

「恐れながら、殿下。我ら軍は、直接二人の支援はせず、かの国へ軍勢を送り出すということでよいですな?」

「結構よ。我々の行動は極秘行動です。直接助けなど不要」

 凛とした口調で席を立ったのは弐ノ国王夕美である。

「失態は必ず取り戻す。聖都に、聖女という希望の光を持って帰り、逆賊を討ち果たす。そのために私は死ぬ覚悟」

「では――決まりですね。わが軍は、六国と七国と連携し、兵を出し、黒門を突きます。敵が我らの軍勢に気を取られている隙に、あなた方は火都に忍び込むのです」

 先ほどまで滞っていた議論は、西王がテキパキと話をすることで、すらすらと進んだ。

「ここに、五連山から火門までの地図があります。特に、騎士公には必要でしょう」

「殿下、よろしいか?」

「火の鞭とは、長き険しく罠が無数にひしめく火道を抜けた先にある火門の護衛のことです。人ではない、太古の昔にいた鬼の一つ。おそらく存在する鬼のうちで最後の一体でしょう」

「はい」

「なぜ火の鞭と言われるのか、火門を守る化け物が手に数メートルの長さになる鞭を持ち、侵入者を鞭で痛めつけ、己の火であぶる姿を見たものが、そう名付けたのです」

 ごくりとのどが鳴る。聞いているだけでおぞましい獣だ。

「まともに戦って勝てる者はおりません。並みの人ではありえないでしょう」

「王でも?」

「王の気配と互角の覇気と言っていい」

「なるほど」

 怖気ついたのか?

 いや違う。手の震え、体からほとばしる震えは、恐怖ゆえにものではない。ならばやるまでだ。

「私、流星――身命を賭して聖女陛下にこの命捧げます」

 西王は、よろしいとだけ言われ、会議は解散になった。
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