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第6章 逃避行
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「いたぞ!」
「追えぇぇ!」
火都、王の宮殿へ通じる火新道では追跡劇が繰り広げられていた。
夕美はありがたく自分の身に火に耐えうる魔法をかけてくれたが、あっさりと正体がばれてしまった。内部の警戒が厳しく住人たちを徹底的に監視していた。あらゆる通りには、百mごとに検問が敷かれ、赤い服の近衛兵がいた。彼らは仲間であることを証明する合言葉を流星に求めたが、さっぱりわからず見事正体がばれた。逃げるしかない。
流星は逃げ足には自信があった。警邏の追跡を撒くのは初めてではない。大義のため、盗みとかやってきた。常に彼は追われる立場だった。
逃げるといっても後退ではなく、前進だ。目指す先は火炉宮。火の王の住まう場所。
大通りからわき道にそれた。追っ手を撒こうとする。彼はうまく逃れた。よく分からない道を、右へ左へと逸れ続ける。丁度ゴミ捨て場の裏に隠れ、追っ手の盲点に入った。
くそ、どこへ行った。逃げ足の速いやつだ。
追手は悔しがっている。よし何とか撒いたか。
だが一難去ってまた一難。逃げることに必死になって流星は、現在位置を見失った。ここがどこだか不明だ。
どうする?
全くここがどこなのか把握ができない。
「お困りかな?」
ハッと背後振り返った。そこに杖を付いた老人がいた。足は鳥の骨のように細く、頬の肉は削げ落ち、服はボロボロだ。この国の民の生活ぶりがわかる格好だ。
「あなたは?」
流星は相手が老人だとわかると少しだけ警戒を解いた。
「わしかな? わしは通りすがりの爺じゃよ」
「そうですか」
「で、何かお困りかなと聞いたが、よろしいのかな?」
老人は親切そうに笑みを浮かべる。
「道をおたずねしたい」
流星は単刀直入に聞くと老人は、ほうとだけ言う。
「どちらへ?」
「火炉宮」
また老人は、ほうとだけ言う。
「御存じでないのか?」
「いや知っとるよ。じゃが、今行ったらお前さん、恐らく殺されるで。生きて帰られないぞ」
流星は、思わず老人の言葉を疑った。
「それにしてもお前さん、この国の者じゃあるまい」
急所を突いてきた。流星は反射的に柄に手をかける。やはり何かある。
「なに気にすることはあるまい。わしはただの爺じゃよ」
老人はおっとりと反応した。
緊急の用がある流星には、彼のおっとり具合についていけない。
彼に訴えた。自分は悪を倒しに来たと。悪が連れ去った大事な希望を取り戻しに来たのだと。火の国の民は悪
に虐げられ身動きが取れないのだろうと。だが老人はそっと微笑むばかりだ。
彼は諭すように流星に言う。
「若人よ、この火の国の民が全て巨悪に屈したわけではない。ただあまりの力の前に、誰も口をきけずにただた
だ従っておるだけじゃ。悪と戦うにはそれ相応の力と機会がないといけない」
彼は優しい朗らかなほほ笑みを浮かべ続ける。
「しばし時を待て。王は軍勢を出す準備をしている。官吏どもの目が緩む。少しの間、ここに留まるのじゃ。時が来
ればお主が目指す巨悪の根城を教えよう」
どうやらその方がいいみたいだ……
流星は老人を信じることにした。彼のまるでやりたかったことを諦めたかのような、ある種達観したかのような、瞳に情を持った。瞳は嘘をつかなかった。
自分が救うべきは、聖女だけではなく圧政に虐げられた民も含まれるのだ。
反面、火都には隠れた賢者もいるのだ。
老人の住まいはごく近くにあった。そこは侘しく悲しい部屋だ。すすけた部屋だ。黒ずんだかまど。簡素な座敷。
「ほら音がするだろう」
ザッザッ。
薄暗い地下の中で流星は軍靴の音を聞く。また戦いが始まろうとしている。火の軍と、連合軍がぶつかり合い互いの血を流しあう。
軍靴はしばらく続いた。
胸にかけた聖なる腕輪がポウと光っていた。普段は何も光ることなどないのに。どうしたのだ。
「ほう御大層な物を持っておるのう」
「何かお分かりなのか?」
「聖なる腕輪を扱える者は、この世でただ一人じゃ。またの名を導きの環、救済の腕輪とか言われるな」
知っているのか。
「腰に据えている剣は、聖なる光を宿しておるな。なるほどお主は、ますますこの国の者ではあるないな」
「なぜお分かりに」
「わしの生国は、聖都。わしは旅が好きでは、ある白く塗り固めた塀を越えて旅をしておった」
しかし、と老人は続ける。
「運の悪いことに、この国へ拉致されてしまったのじゃ」
「わしは聖都では刀鍛冶をしておった。そなたが腰に据えているような聖剣の研ぎ方を陛下にお教えしたことがあ
る」
「本当ですか?」
「は、は、嘘をついて何の得がある?」
「いえ――申し訳ない」
「功ある者や位のある者が持つ刀に光を宿し、巨悪を討つ払う力を与えるのは聖女にしかできない聖業じゃ」
「陛下が十八の頃じゃ。やったこともない技を身につけるのに苦労なさっておったよ」
「なるほど」この御仁がそれほどの者なら、火都にいるのは不憫でしかない。
「気にするな。我が運の悪かったまで」
「あなた様もぜひ私といらっしゃい。ここから――」
「あまり多くを望むことはあるまい。その方の願い、やりたいこと、望みはなんじゃ?」
「……」
「分かっておるが、使命だけを果たせ。わしの命など取るに足らん」
「しかし」
「お主に救ってもらわなくとも、時期に悪は滅びるよ。わしは生国に帰る」
「なぜお分かりに?」
「現に、正義の使徒がわしの目の前に姿を現した。お主は吉兆じゃ」
老人は大儀そうに言う。
「ならば……」
「なんじゃ?」
「正義の使命を果たすべく、道をお教えいただけますか?」
「わかった。ときは来たな」
老人は確かな口調で言う。気づけば軍靴は去る。彼は窓の外を見て様子を伺い、頷く。頃合いのようだ。
流星は正義への道を知る。ときは来た。彼は老人と別れを告げ、教えられた道筋をひたすら前へ駆け抜けていった。
「追えぇぇ!」
火都、王の宮殿へ通じる火新道では追跡劇が繰り広げられていた。
夕美はありがたく自分の身に火に耐えうる魔法をかけてくれたが、あっさりと正体がばれてしまった。内部の警戒が厳しく住人たちを徹底的に監視していた。あらゆる通りには、百mごとに検問が敷かれ、赤い服の近衛兵がいた。彼らは仲間であることを証明する合言葉を流星に求めたが、さっぱりわからず見事正体がばれた。逃げるしかない。
流星は逃げ足には自信があった。警邏の追跡を撒くのは初めてではない。大義のため、盗みとかやってきた。常に彼は追われる立場だった。
逃げるといっても後退ではなく、前進だ。目指す先は火炉宮。火の王の住まう場所。
大通りからわき道にそれた。追っ手を撒こうとする。彼はうまく逃れた。よく分からない道を、右へ左へと逸れ続ける。丁度ゴミ捨て場の裏に隠れ、追っ手の盲点に入った。
くそ、どこへ行った。逃げ足の速いやつだ。
追手は悔しがっている。よし何とか撒いたか。
だが一難去ってまた一難。逃げることに必死になって流星は、現在位置を見失った。ここがどこだか不明だ。
どうする?
全くここがどこなのか把握ができない。
「お困りかな?」
ハッと背後振り返った。そこに杖を付いた老人がいた。足は鳥の骨のように細く、頬の肉は削げ落ち、服はボロボロだ。この国の民の生活ぶりがわかる格好だ。
「あなたは?」
流星は相手が老人だとわかると少しだけ警戒を解いた。
「わしかな? わしは通りすがりの爺じゃよ」
「そうですか」
「で、何かお困りかなと聞いたが、よろしいのかな?」
老人は親切そうに笑みを浮かべる。
「道をおたずねしたい」
流星は単刀直入に聞くと老人は、ほうとだけ言う。
「どちらへ?」
「火炉宮」
また老人は、ほうとだけ言う。
「御存じでないのか?」
「いや知っとるよ。じゃが、今行ったらお前さん、恐らく殺されるで。生きて帰られないぞ」
流星は、思わず老人の言葉を疑った。
「それにしてもお前さん、この国の者じゃあるまい」
急所を突いてきた。流星は反射的に柄に手をかける。やはり何かある。
「なに気にすることはあるまい。わしはただの爺じゃよ」
老人はおっとりと反応した。
緊急の用がある流星には、彼のおっとり具合についていけない。
彼に訴えた。自分は悪を倒しに来たと。悪が連れ去った大事な希望を取り戻しに来たのだと。火の国の民は悪
に虐げられ身動きが取れないのだろうと。だが老人はそっと微笑むばかりだ。
彼は諭すように流星に言う。
「若人よ、この火の国の民が全て巨悪に屈したわけではない。ただあまりの力の前に、誰も口をきけずにただた
だ従っておるだけじゃ。悪と戦うにはそれ相応の力と機会がないといけない」
彼は優しい朗らかなほほ笑みを浮かべ続ける。
「しばし時を待て。王は軍勢を出す準備をしている。官吏どもの目が緩む。少しの間、ここに留まるのじゃ。時が来
ればお主が目指す巨悪の根城を教えよう」
どうやらその方がいいみたいだ……
流星は老人を信じることにした。彼のまるでやりたかったことを諦めたかのような、ある種達観したかのような、瞳に情を持った。瞳は嘘をつかなかった。
自分が救うべきは、聖女だけではなく圧政に虐げられた民も含まれるのだ。
反面、火都には隠れた賢者もいるのだ。
老人の住まいはごく近くにあった。そこは侘しく悲しい部屋だ。すすけた部屋だ。黒ずんだかまど。簡素な座敷。
「ほら音がするだろう」
ザッザッ。
薄暗い地下の中で流星は軍靴の音を聞く。また戦いが始まろうとしている。火の軍と、連合軍がぶつかり合い互いの血を流しあう。
軍靴はしばらく続いた。
胸にかけた聖なる腕輪がポウと光っていた。普段は何も光ることなどないのに。どうしたのだ。
「ほう御大層な物を持っておるのう」
「何かお分かりなのか?」
「聖なる腕輪を扱える者は、この世でただ一人じゃ。またの名を導きの環、救済の腕輪とか言われるな」
知っているのか。
「腰に据えている剣は、聖なる光を宿しておるな。なるほどお主は、ますますこの国の者ではあるないな」
「なぜお分かりに」
「わしの生国は、聖都。わしは旅が好きでは、ある白く塗り固めた塀を越えて旅をしておった」
しかし、と老人は続ける。
「運の悪いことに、この国へ拉致されてしまったのじゃ」
「わしは聖都では刀鍛冶をしておった。そなたが腰に据えているような聖剣の研ぎ方を陛下にお教えしたことがあ
る」
「本当ですか?」
「は、は、嘘をついて何の得がある?」
「いえ――申し訳ない」
「功ある者や位のある者が持つ刀に光を宿し、巨悪を討つ払う力を与えるのは聖女にしかできない聖業じゃ」
「陛下が十八の頃じゃ。やったこともない技を身につけるのに苦労なさっておったよ」
「なるほど」この御仁がそれほどの者なら、火都にいるのは不憫でしかない。
「気にするな。我が運の悪かったまで」
「あなた様もぜひ私といらっしゃい。ここから――」
「あまり多くを望むことはあるまい。その方の願い、やりたいこと、望みはなんじゃ?」
「……」
「分かっておるが、使命だけを果たせ。わしの命など取るに足らん」
「しかし」
「お主に救ってもらわなくとも、時期に悪は滅びるよ。わしは生国に帰る」
「なぜお分かりに?」
「現に、正義の使徒がわしの目の前に姿を現した。お主は吉兆じゃ」
老人は大儀そうに言う。
「ならば……」
「なんじゃ?」
「正義の使命を果たすべく、道をお教えいただけますか?」
「わかった。ときは来たな」
老人は確かな口調で言う。気づけば軍靴は去る。彼は窓の外を見て様子を伺い、頷く。頃合いのようだ。
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