七宝物語

平野耕一郎

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第3章 戦い開始

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 重々しい空気が漂う。ここでの発言、やり取りがその後の戦況を決定させてしまう。作戦会議とはそういうものだ。こういった会議に始めて参画した流星でも、それが一瞬にして分かる。

「さて、5千の兵が寄せ集めとはいえ5万の兵をどうやって追い払うか、各々申せ」

 流星が大将とは言え、軍事経験がないことを鑑みて一人の将兵が会議の場を仕切る。

「何も、思案することなどない」

「では貴殿はどうするのかな? 東征公」

 公と名の付くものは、聖都領内の最高行政官だった。東征公とは、聖都の東側の領土を管理する行政官だ。

「正面切って戦うのは愚か者のすること。奇襲のほかあるまい。夜の時分を待ち、一気に奇襲をかけ、南都の領民を開放するのだ」

「西王の軍が奇襲とは。聞いてあきれるわ」

「何を言う! 現実を見るがいい! 5千の軍が5万を相手に正面切って戦いを挑むというのか!」

「さよう」

「どうやら――南征公は、戦を知らぬようだな」

 東征公の蔑みに対し、南西公はフンと鼻で笑う。

「今現在、烈王はおらぬ。その一方で、我が方にはここにおられる伍王殿下がいられるのだ。戦いは数にあらず! 王の有無のある!」

 彼の言葉に、半数の者が賛同し、残りの半数が否定の意を示す。

「貴殿は何を言うのか? この世を統べる存在である王が直々出るとは、敵側に王がおらぬのに。王がおるときに限って、王が応戦する慣例というのに。であれば、我ら西王の兵のみで当たるべきであろう。それに敵は寄せ集めとはいえ、五万。侮ってはならん。ここは奇襲が筋であるのは一目瞭然!」

「奇襲の意味を分かっておられるのかな。東征公。我らは正義の軍。聖女陛下の御旗を持った軍だ。奇襲など、烈王ごとき卑劣なものが行う蛮行だぞ!」

 なるほどどちらの意見も最も。片方は、利を信じている。もう片方は、義を信じていた。

 両者は本来ならば並び立たない価値観だった。しかし、互いに相反する意見を聞き入れ、決断をするのが、流星その人だ。

 話は二時間に及んだが、決まらない。こういう時に必要なのが絶対的な存在だ。

 伍王流星の決断の時が来た。

「お互いに良い意見を交わしてくれた。だがそろそろ両者鉾をおさめる時が来た。どうだ? 違うか?」

 王の突然の言葉に、言い争っていた公たちは口を閉ざす。つい先日まで流星の存在を認めなかった軍勢だった。しかし、彼の圧倒的な力を見せつけられ、流星こそが主と気づいた者たちにとって彼の言葉は絶対だった。

「私は確かに軍のしきたりや戦術、戦略のことは分からない。それは紛れもない事実だ。だが素人の立場で述べさせてもらうと、双方の意見は共に採用できる」

 流星の言葉に、激論を交わしていた二人が目を合わせる。

「お、恐れながら殿下……」

「なんだ、言ってみろ!」

「我らが軍は5千。正面で対応するのは愚の骨頂。ならば、夜の時分を待ち奇襲をかけるのが最良の柵と申しますが……」

「否! 王の軍が奇襲などあり得ぬ! 先方に王はおらぬなら数は関係ない。このまま正面切って玉砕を望み、我らが義戦を世に知らしめるのだ!」

「何を馬鹿な! 玉砕だと!」

「沈まれ!」

 流星は一喝する。

「私は、先ほどもうよいといったはずだ!」

「はは」

「我が考えを示す! 我らが軍を半分に割る。うち二千五百は、南都正面の敵に食い込むのだ! さて残りの二千五百は、正面の敵兵に特攻をかける兵が敵を引き付ける合間を取り、背後から敵を突く! これで南都の民を救う!」

 流星の力のこもった、覇気のある言葉に戦を知る猛者でさえ、黙る。そこには圧倒的な自身があった。王たるものにしか持ちえない力。誰もが持ち得ることができない力だ。

「各々……いかがか?」

 沈黙に包まれた将兵を流星は見渡し、どう反応するか見ていた。もはや自分には王の大権がある。誰も従わないはずがない。

「ははあ!」

 そうなった。この言葉を聞きたかった。

 全権は王にある。そのことをこれほどまでに証明したいと、流星は無自覚に心底思っていた。

 5千の軍勢は2つに分かれた。片方は玉砕を、もう片方は救済を、胸に抱いて流星の示す方針に従った。

 玉砕を覚悟した2500の兵は、決死の覚悟で南都の正面に突撃した。彼らは死と表裏一体だった。迎え撃つ烈王の軍は、迎撃する。多勢に無勢、何をもって彼らは正面から攻撃を仕掛けるのかと嘲笑った。だが相手の鬼の形相に烈王の軍勢は、恐れを抱いていた。

 矢を射ても、槍を投げても敵は一向に怯まない。なぜだ、敵は五千と聞いていた。なのに、なぜ? 

 迷いが生じたとき、烈王の軍は及び腰になった。

 連合軍は、少数でありながら決死の覚悟だ。多数を切り刻んだ。切っても、切っても、飽き足らぬほど、敵を殺した。それほど彼らは義にあふれていた。烈王軍は、五万の兵の大多数を南都正門に結集していた。

 その間、残りの2500は、南都の西側に向かう。そこは、聖都との通商を行うため防備が手薄な箇所だ。流星は、伍の国の生まれだったから南都のことは多少なりとも知っていた。

 流星は、残りの二千五百を指揮していた。正面の半数の兵を無駄死にはさせない。彼らを生かし、五万を挟撃する。敵をかく乱させ、この地より追い払うのだ。それをもって連合軍の強さを世に知らしめるのだ。

 彼が西門を突破したときに目の前に移った光景は、地獄だった。死体が道の端に散らばり、無造作に並べられている。そこにいたのは、国を担う男や男子を養う婦人たちや、この国を支え感謝されるべきはずの老人たちだ。

「何だ……これは?」

 彼の中には、王の宝により支配されつつあった心の片隅にある正義感が触発されていた。

「何だ、これは!」

 彼はもう一度叫ぶ。新王が見たのは、圧政と粛清の犠牲となった罪なき者たちの屍だった。

「大勢の者が虐げられ、女子供は売られる見込みという情報が入っております」

「くまなく探し出せ。今まさに売り払われようとしている者を救い出せ! 敵は……なで斬りにしろ! いや待て! 幾人かの狼藉者は我が前に引っ張り出し、見せしめとして私が直々に斬る!」

「はは!」

 今こそ正義がここにあることを知らしめる。犠牲になった者たちの報いを烈王とその配下の者たちに伝える時だ。

 兵は迅速に動いた。流星の軍は南都のあらゆる方向に走り、敵を見つけ次第即座に殺すか、引っ立て彼の前に連れ出した。阿鼻叫喚の地獄が展開される。かつて資金に蜜あふれた国は、血と煙火に染まっていた。いつ消えるともしれない乱世に都は揺らいでいた。
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