97 / 156
第3章 戦い開始
17
しおりを挟む
聖都から三キロ手前。だいぶ前から前に進むのが苦痛になっていたが、ここまでだった。なだらかな傾斜を下り切ると今度は傾斜を上ることになる、上り終わったその先に薄っすらと靄がかかっている。そうだ、ちょうどここだ。
防魔の壁は自分が立っている数歩先に張り巡らされている。もし壁に触れれば、体に大きなダメージを与える。王とて同じだ。
聖都を包むのは、白い壁とその周りを囲む聖なる結界。魔を払い、追い返す力を持っている。だから用心してかかる必要がある。
烈王猛瑠はさらに前に歩くと、突然ビリッという火花が飛び、彼のそこから先の侵入を阻む。
邪魔するというなら……壊すまで!
彼は矛を振り上げ、前に見えない壁に向かって打ち付ける。
ビリビリと電気が生じるが、烈王にはびくともしないが、矛を振り上げる。
「壊れないものなんてこの世にはない。」
そのことを彼は常々思っている。成し遂げられないことなど、この鉾を持った烈王の時分にはない。だが現実に、壁は予想以上に固く、打ち砕くには相当な腕力と精神が必要だ。
戦いにおいて必要なのはこの二つだ。大丈夫、俺にはある。下らない過去を捨て去り、新しき時代を打ち立ててやる。彼に大した戦略もない、ただ彼の奥底に宿る壱の国への憎悪だけが、行動のすべてだ。
あの日、年少だった自分が入ることを禁じられた部屋に忍び込んだ時、すべてが変わった。猛瑠は大いなる王の力をつかみ、烈王になった。
壁は壊れる。造られたものは誰かの手によって壊される。当然のことだ。創造する者がいれば、破壊する者もいる。
そのときだ。防魔の壁に覆われた向こう側の正門から細い光が差し込む。壁を破壊し続ける彼には光がきらりと目の前で輝き、うっとうしい存在だった。
光はスッと門の間を抜け、あろうことか猛瑠のそばに近づき、彼の目の前で人の形に変じた。西王だった。
「苦労しているみたいじゃない」
「もうじきさ。中にいるやつに、たっぷり礼をしてやるよ」
「その様子だとあなたの兵の補給が尽きそうね。壊しても壊れない。そんな王の姿に皆幻滅するわね」
西王の微笑み。この何とも言えない馬鹿にされたような、見下されたような笑顔が猛瑠は大嫌いだった。いちいち鉾を振り回しているのをこの女に見られるのは癪なので、彼は作業を中断する。
「まあいい。殻に籠った亀を叩き潰すのは至難の業。都をなら外から火であぶってやろう」猛瑠はあえて彼女に対して背を向けるが、彼の馬だけを自陣に戻した。
「転変。力に取りこまれたものが使う無法行為。あなたは忠実な兵も巻き添えにするつもり?」
「当たり前だ。王のために死ねる。これほど幸福なことはない」
「大した妄想ね。誰もあなたを敬愛なんてしていない。あなたは、人に幸福なんて与えられないの。なぜだかわかる?」
「わからないね。というより興味が全くわかない」
「あなたは死んでようやく理解できるかどうかの問題に今直面しているのよ」
「だから?」
猛瑠は西王の言っていることなど意に介さない。説教など聞きたくもない。賢しい面も見ることがなくなる。この地を丸ごと焼き払ってしまえば、すべて解決する。火の勝利だ。
姿かたちを変えることは、すでに聡士の力を借りるまでもない。
「まあそこにいろ。すぐに焼いて――」
そこに憎い仇はいなかった。
逃げやがった。
わざわざ俺を小ばかにしに来たのだ。わざわざ塀の内側に籠りながら、ふざけた女だ。もともとああいうやつだ。
だが余裕ぶるものこれまでだ。
彼は地面に手を付け、体の内に巣食う炎をたぎらせる。己の体を焼き焦がすことで、自分は人ではなくなり竜の姿となる。
見る見るうちに体は赤く変色していく。人としての意識が遠のきつつある。
来ている、来ている……
転変をするのは非常に難しい技だが、もはや会得してしまった今となっては何てことない。彼は焼き払われた聖都を頭に夢想した。かつて自分が王の宝を手にしたとき、都を焼き損なっていた。その続きを……
彼の気分が頂点に達したとき、突然のつむじ風が彼に吹き付けた。些細に思えた風は、いきなり強い突風となり、彼の体勢を崩す。猛瑠は、鋭い打撃を受けた。体は空中を舞う。体制を整えようとした矢先、思いっきり地面に叩きつけられる。
激痛が全身を貫いた。
火が、なぜ打撃を受けていたがる?
猛瑠は自分に起こった出来事を不思議に思う。
強烈な蹴りも、鋭い剣裁きも彼には効かないはずだ。なぜなら彼は実体のない火そのものだったから。それに全身冷たく、肌寒い感覚に見舞われていた。
「悪いわね」
声の主は冷ややかだ。まるで真冬の海のように、雪に埋もれた森林のように、奥が深く底知れぬ冷たさがそこにいた。
「なんだ……」
相手が誰だかわかる。西王の次に会いたくない顔だ。
「あなたに転変はしてもらいたくないの」
「邪魔しないでほしいなあ、お姉様よ」
「あなたのお姉さんじゃない」
「兄妹そろって厄介だな」
「弟とは、喧嘩したみたいね」
「ああ聖女を死なしてしまったからねえ」
「残念ね。あなたたちは、王座を失うのね」
「それは違うさ。これからこの世をリセットするからね」
「さあ、できるかしら?」
夕美は素早く動く。彼を素手で殴れたのは、彼女が持つ水の力で火を弱めたからだ。
「火では決して燃やせないものがこの世にはある」
「ふん、燃やすばかりが火の強さじゃない」
猛瑠は自身を覆う彼女の体を蒸発させようとした。体内温度を極端に高めれば、水は一瞬にして蒸発する。
「体が熱いだろう。水分がなくなっていくのは辛いだろうねえ」
シュウシュウと水蒸気が立つ。彼女の体がやせ細っていき、干からびていく。頬はげっそりとやせこけ、体中が骨と皮だけになっていく。
「水分がなくなればただの日干しやミイラさ」
猛瑠はさっと片手を上げ、広げていた手のひらを握り締めた。
「何千という矢と弾があんたの背中を襲うぞ。矢で水は貫けないが、ミイラならいけるだろ?」
彼は笑う。後方で彼の兵が合図を受けて攻撃するのをうずうずしながら待った。
「私は水が扱えるだけじゃないのよ」
防魔の壁は自分が立っている数歩先に張り巡らされている。もし壁に触れれば、体に大きなダメージを与える。王とて同じだ。
聖都を包むのは、白い壁とその周りを囲む聖なる結界。魔を払い、追い返す力を持っている。だから用心してかかる必要がある。
烈王猛瑠はさらに前に歩くと、突然ビリッという火花が飛び、彼のそこから先の侵入を阻む。
邪魔するというなら……壊すまで!
彼は矛を振り上げ、前に見えない壁に向かって打ち付ける。
ビリビリと電気が生じるが、烈王にはびくともしないが、矛を振り上げる。
「壊れないものなんてこの世にはない。」
そのことを彼は常々思っている。成し遂げられないことなど、この鉾を持った烈王の時分にはない。だが現実に、壁は予想以上に固く、打ち砕くには相当な腕力と精神が必要だ。
戦いにおいて必要なのはこの二つだ。大丈夫、俺にはある。下らない過去を捨て去り、新しき時代を打ち立ててやる。彼に大した戦略もない、ただ彼の奥底に宿る壱の国への憎悪だけが、行動のすべてだ。
あの日、年少だった自分が入ることを禁じられた部屋に忍び込んだ時、すべてが変わった。猛瑠は大いなる王の力をつかみ、烈王になった。
壁は壊れる。造られたものは誰かの手によって壊される。当然のことだ。創造する者がいれば、破壊する者もいる。
そのときだ。防魔の壁に覆われた向こう側の正門から細い光が差し込む。壁を破壊し続ける彼には光がきらりと目の前で輝き、うっとうしい存在だった。
光はスッと門の間を抜け、あろうことか猛瑠のそばに近づき、彼の目の前で人の形に変じた。西王だった。
「苦労しているみたいじゃない」
「もうじきさ。中にいるやつに、たっぷり礼をしてやるよ」
「その様子だとあなたの兵の補給が尽きそうね。壊しても壊れない。そんな王の姿に皆幻滅するわね」
西王の微笑み。この何とも言えない馬鹿にされたような、見下されたような笑顔が猛瑠は大嫌いだった。いちいち鉾を振り回しているのをこの女に見られるのは癪なので、彼は作業を中断する。
「まあいい。殻に籠った亀を叩き潰すのは至難の業。都をなら外から火であぶってやろう」猛瑠はあえて彼女に対して背を向けるが、彼の馬だけを自陣に戻した。
「転変。力に取りこまれたものが使う無法行為。あなたは忠実な兵も巻き添えにするつもり?」
「当たり前だ。王のために死ねる。これほど幸福なことはない」
「大した妄想ね。誰もあなたを敬愛なんてしていない。あなたは、人に幸福なんて与えられないの。なぜだかわかる?」
「わからないね。というより興味が全くわかない」
「あなたは死んでようやく理解できるかどうかの問題に今直面しているのよ」
「だから?」
猛瑠は西王の言っていることなど意に介さない。説教など聞きたくもない。賢しい面も見ることがなくなる。この地を丸ごと焼き払ってしまえば、すべて解決する。火の勝利だ。
姿かたちを変えることは、すでに聡士の力を借りるまでもない。
「まあそこにいろ。すぐに焼いて――」
そこに憎い仇はいなかった。
逃げやがった。
わざわざ俺を小ばかにしに来たのだ。わざわざ塀の内側に籠りながら、ふざけた女だ。もともとああいうやつだ。
だが余裕ぶるものこれまでだ。
彼は地面に手を付け、体の内に巣食う炎をたぎらせる。己の体を焼き焦がすことで、自分は人ではなくなり竜の姿となる。
見る見るうちに体は赤く変色していく。人としての意識が遠のきつつある。
来ている、来ている……
転変をするのは非常に難しい技だが、もはや会得してしまった今となっては何てことない。彼は焼き払われた聖都を頭に夢想した。かつて自分が王の宝を手にしたとき、都を焼き損なっていた。その続きを……
彼の気分が頂点に達したとき、突然のつむじ風が彼に吹き付けた。些細に思えた風は、いきなり強い突風となり、彼の体勢を崩す。猛瑠は、鋭い打撃を受けた。体は空中を舞う。体制を整えようとした矢先、思いっきり地面に叩きつけられる。
激痛が全身を貫いた。
火が、なぜ打撃を受けていたがる?
猛瑠は自分に起こった出来事を不思議に思う。
強烈な蹴りも、鋭い剣裁きも彼には効かないはずだ。なぜなら彼は実体のない火そのものだったから。それに全身冷たく、肌寒い感覚に見舞われていた。
「悪いわね」
声の主は冷ややかだ。まるで真冬の海のように、雪に埋もれた森林のように、奥が深く底知れぬ冷たさがそこにいた。
「なんだ……」
相手が誰だかわかる。西王の次に会いたくない顔だ。
「あなたに転変はしてもらいたくないの」
「邪魔しないでほしいなあ、お姉様よ」
「あなたのお姉さんじゃない」
「兄妹そろって厄介だな」
「弟とは、喧嘩したみたいね」
「ああ聖女を死なしてしまったからねえ」
「残念ね。あなたたちは、王座を失うのね」
「それは違うさ。これからこの世をリセットするからね」
「さあ、できるかしら?」
夕美は素早く動く。彼を素手で殴れたのは、彼女が持つ水の力で火を弱めたからだ。
「火では決して燃やせないものがこの世にはある」
「ふん、燃やすばかりが火の強さじゃない」
猛瑠は自身を覆う彼女の体を蒸発させようとした。体内温度を極端に高めれば、水は一瞬にして蒸発する。
「体が熱いだろう。水分がなくなっていくのは辛いだろうねえ」
シュウシュウと水蒸気が立つ。彼女の体がやせ細っていき、干からびていく。頬はげっそりとやせこけ、体中が骨と皮だけになっていく。
「水分がなくなればただの日干しやミイラさ」
猛瑠はさっと片手を上げ、広げていた手のひらを握り締めた。
「何千という矢と弾があんたの背中を襲うぞ。矢で水は貫けないが、ミイラならいけるだろ?」
彼は笑う。後方で彼の兵が合図を受けて攻撃するのをうずうずしながら待った。
「私は水が扱えるだけじゃないのよ」
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
追放された聖女は旅をする
織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。
その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。
国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる