記憶にない思い出

平野耕一郎

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埋もれた記憶

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 長野からの帰り道。深夜で無人の中央自動車道を走り飛ばしていた。車内に流れている曲はアメイジング・グレイス。荘厳ともいえる高い音程に静かな癒しがある讃美歌。17世紀のイギリスの牧師ジョンニュートン作詞である。

 廃校舎に集められた学生たちは思惑通り疑心暗鬼に駆られ殺し合いをしてくれた。サンプリングとしてはかなり状的で、かなり面白いゲームといってよい。

 望んだ世界のモデルケースがそこにあったといってよい。

 ただ実験ばかりもいけない。時に現実も見なければいけない。

 組織には裏切り者がいる。何人も手を組んでいる。懇意にしている者もいた。彼らが互いに手を組んで亡き者にしようとしている。

 異変に気付いたのは小仏トンネルに入ったあたりだ。トンネル内で減速をするためにブレーキプダルを踏んだが、一向にスピードは落ちない。何度もブレーキを踏んでも効かない。

 走行中の車の速度を減速、または停止させるのがブレーキの役割である。通常、ブレーキプダルを踏むことで速度は調整される。

 くそ、やられた。先に手を打ってきたのは向こうだった。長野に知って、愛車のアルファロメオジュリアに細工をしたに違いない。

 緊急の措置としてパーキングブレーキを押せばいい。しかし、残念ながら後続車両が来ているので大惨事に繋がりかねないので諦める。顔の知られた経済人だから、表の顔が傷つくことも避けたかった。高速を降りてエンジンブレーキによる自然停止が妥当だろう。

 ここはどこか。現在地を確認する。ナビゲーションを見ると府中市にいる。ならば国立府中ICで降りる。

 いらついて爪を噛む。

 誰がやったのか。まあ検討は付いていた。伯父の正彦だ。近々始末するつもりだった。正彦は組織の存在を露見させかねない失態を繰り返している。地位も高いため、誰も咎められない存在だ。

 もう生かしておくのは危険だった。始末をするつもりでいたのに、先に手を打たれてしまった。

 国立府中IC付近のETCゲートを凄まじい勢いで通過した。」スピードが緩まるようアクセルを踏まず、何とか障害物に当てないよう試みた。

 高速を抜けるタイミングで長いカーブがある。しかも下りである。自然に止めようにも加速してしまう。ひんやりとするシーンが何度も続く。

 やがて高速を抜け、一般道に入ってもスピードを悠に超えていた。大変危ない事態である。スピードメーターを見る。額に汗がにじむ。

 時速80キロ……

 時速70キロ……

 時速60キロ……

 時速50キロ……

 スピードは自然には落ちてこない。

 時速は40キロまで落ちてきたが、この速度では何かに突っ込めばかなり命に危険にかかわる。自然停止をあきらめ何かにぶつけて車体を止める方法を検討していた。

 大通りを抜けて細い通りに入った。全く来たこともない知らない土地で、通りをよく知らない。

 ガードレールがある。あそこに当てて衝撃を和らげよう。人気のない一般道だから揉め事にならない内に処理ができる。ハンドルを切った。衝撃に備えて両腕で頭部を覆った。

 ガン!

 ヘッドライドを覆っていたガラスが割れて、ぴかぴかと中の灯りが点滅を繰り返す。まぶしい。全く鬱陶しい。

 同時に頭に激しい衝撃が走る。脳内深くに走る振動が全身に広がっていく。目の前の景色が歪んだ。

 グキッと首をあらぬ方向に捻った。まずい、頸椎と頭部への損傷は避けなければいけない。スピードメーターに表示されている以上に速度は出ているようだ。

 脳内に潜んでいた記憶の宮殿のいくつかが崩れ去るのを感じた。最悪の状況だ。大事な記憶がロストしようとして
いる。全てを留められない。

 せめて言葉の認識など大事なものだけは残したい。今は流れに身を任せるしかない。

 車はガードレールにぶつかり横転してひっくり返っている。意識が薄れゆく二十七年間の思い出と記憶が駆け抜けて、ロストする。名前を並び替えたら同じになる奇妙な友人たち。あの微笑ましい学生生活。学年が上がり、やがて事故に遭い両親を失う。友達と調査し、その先に絶望を感じた苦い思い出。

 両親が死んだとき、人生は決まった。仇を討ち、世界の変えると決めたあの日。己の才能は他の誰でもない己のために行使すべきだと決意した。

 公園であった謎の男は仇。そうでありながら多くを教えてくれた。仇との蜜月と決別の連鎖を乗り越え、計画は今まさに結実しようとしている。

 大事なあらゆる記憶が頭から消えていく。

 もう思い出せない。アスファルトにこぼれた雪がいずれ解けてしまうように脳裏から記憶はなくなっていく。

 忘れてもまた思い出せればいい……

 自身の名前も定かではなくなった。目を閉じる。少し疲れていた。休もう。続きは目覚めてからにしよう。

 眠りから目覚めたときは脳裏に衝撃が走った後だ。すべてが砕け散っていた。
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