23 / 51
年老いた狼Ⅲ 見出した答え
1
しおりを挟む
事件発生から早くも3ヶ月経った。とうとう年を越してしまった。最悪の新年である。独身の板倉は何をするわけでもなく還暦を迎える年になった。
完全に読みを誤った。カチカチとボールペンを幾度と鳴らす。
何が足りない。風井空はどこにいる。
捜査資料を読み返すと、気になることが浮かぶ。
風井空と尾坂理佐は従姉妹だ。2人の経歴を見比べる。生年月日も同じ。空は両親が海外赴任のため、生活を両親としないことが多かった。ならば、子ども時代に伯父伯母夫婦である尾坂の家に住んでいるのはおかしくはない。
風井空の過去を知らない。現在、どこに行方をくらましているのかという1点に焦点を当てて過去を追究しなかった。
箪笥の中に掛けてあった背広を乱雑につかみ取り羽織ると自室から飛び出した。向かった先は多摩中央署である。
あいつにも最後の稽古を付けてやる。
「付き合え」
板倉は強引に警察署で事務作業をしていた秋山を引っ張り出す。
「え、何です?」
「尾坂夫妻の件だよ」
板倉はフンと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
行先は決まっている。白金大学付属高校だ。
「風井空は尾坂理佐と同じ学校だ。連中にいろいろ話を聞きたい」
「いやいや、管轄外ですよ。さすがに管理官に言わないと」
本来、板倉は多摩中央署に所属しているため管轄は多摩市内で起きた事件を捜査する。所轄の刑事が管轄をまたいで捜査することはない。風井空の家にガサ入れをした時に板倉が現場に帯同できたのは笹塚が足立警察署に許可を経たからだ。
「お前は車から降りろ。俺が運転する。ササヤンには好きに報告しろ」
「本当にこれ以上はやばいですよ」
「知るかよ。足元を気にしている場合かよ。とにかく人が死んでいる。降りるか、付いてくるのか。早く決めろ」
秋山はしぶしぶ付いてくることにしたが、納得していない。
白金大学付属高校の管轄は高輪警察署か。
懐かしいな。十年前になるのか。
板倉は迷宮入りになったある殺人事件を追っていた。交通事故に見せかけた巧妙な事件だった。
事件被害者のトラック運転手の三郷正彦は妻と息子の3人暮らしをしていた。三郷は日常から暴力を妻に振るっていた。重要参考人として妻の三郷美里が上がる。
愛人と共謀したのだろうという線で捜査は進んだ。
しかし、決定的な証拠は見つからず迷宮入りした。
未解決事件は刑事にとって汚点だ。心の隅でいつも反芻していた。何か見落としはなかったのかと悔やみきれない。
ただ今動いている事件に集中しなければいけない。風井空がどういう生い立ちを背負って生きてきたか知る必要がある。
学校は期末試験後だったので生徒は少ない。通された場所は生徒指導室だ。
「前にも刑事さんが来て、空さんについて聞いていきましたが」
担当教諭は桃田。とてもつらそうな表情で言葉を切る。教え子が指名手配とあっては胸中察するものがある。
通された部屋は縦長に狭く白い壁に包まれている。小さな丸いテーブルが置かれて、テーブルの周りをパイプ椅子が囲んでいる。
「空さんと理佐さんは従姉妹同士と聞いていますが」
「実はクラスも一緒で仲が良かったですよ。子どもの時からずっと競い合っているライバルで姉妹のようでした。何だかよく似ている2人でしたけど。理佐ちゃんが事故で死んでね」
「理佐さんが亡くなった時のご様子をもう少し詳しく」
「葬式の際は親御さんが取り乱してしまって。特にお母さんの方が、何でも溺愛していましたから」
尾坂詩織か。死んだときの形相は恐ろしいものだったが、写真を見る限り子ども好きな印象がする。
「教職員をやっていますと、モンスターペアレントの対応が大変でしてね。あの亡くなった人のことを悪くいうのはあれですが、尾坂さんは特に酷くて」
「より詳しくお願いします」
「元教員だった方で、教育熱心でしたから学校に乗り込んで採点などに関して色々とありましてね。理佐ちゃん、お母さんのことで悩んでいたようです」
板倉は桃田が持ってきたアルバムで空と理佐の写真を見比べる。従姉妹のせいか顔の形といいよく似ている。
「2人はずっと行動していたわけですか。他の誰かと仲が良いとか。些細なことでもいいので教えて下さい」
「主に2人でしたけど。理佐ちゃんと空ちゃんと一緒にいる子がいたかしら?」
「どの生徒です?」
板倉は食いついた。桃田は「この子ですが」と指さした生徒はまた違うたたずまいの生徒だった。
名前は香西沙良。顔立ちは整いめっぽう美人で名前も珍しい名前だったので1度聞けば忘れない。念のために走り書きでメモを取る。
いやいや、待て。この顔は……
板倉はじっとにらみつけた。板倉の記憶の欠片に見覚えがある。写真と同じ人物に会った。あれは病院でか。ずいぶん前だ。1年、2年の話ではない。
「まさかな。こんなことがあるのか……」
「どういうことです?」
秋山が聞いたが、板倉は無視した。
「香西沙良、珍しいですね。でも、なんか聞いたことありますね」
「あの日本を代表するグループの社長ですよ。何でも経営者になって雑誌で特集されていましたよ。うちは裕福な家のお子さんたちを預かっていますからね」
桃田は少し鼻が高いという表情をした。
「三人の関係で気になったことは?」
「そうですね。特に気になることはなかったですけど
言っていることと表情が異なるケースは多い。
「実は心当たりあるのでは?」
「あれはいつだったかしら? 変わったことを言っていたので」
桃田は首をかしげて考えていた。
「変わったこと?」
「そうそう。何でも3人は同じだって言っていましたよ。同じだから相手の悩みは自分の悩みだって」
「どういう意味です?」
秋山がすかさず聞いた。
「兄妹とかじゃありませんよね。空さんと理佐さんは従姉妹ですけど」
「私も気になって聞いてみましたけど。並べ替えてみたらわかるって、言われてはぐらかされちゃいました。尾坂さんと香西さんは親同士も仲が良かったですし親近感は他の生徒より多かったのは確かです」
「並べ替えるって?」
「私も気になったので聞きましたが。秘密だってはぐらかされちゃった。見方を変えると同じになるそうです」
「見方?」
「さあ」
板倉は考え込んだ。意味がこれっぽっちもわからない。
ただ風井空と尾坂理佐と香西沙良の3人は仲が良かった。3つ 人は繋がっていた。想像以上に収穫があった。でも何が彼女たちを団結させたのだろうか。
完全に読みを誤った。カチカチとボールペンを幾度と鳴らす。
何が足りない。風井空はどこにいる。
捜査資料を読み返すと、気になることが浮かぶ。
風井空と尾坂理佐は従姉妹だ。2人の経歴を見比べる。生年月日も同じ。空は両親が海外赴任のため、生活を両親としないことが多かった。ならば、子ども時代に伯父伯母夫婦である尾坂の家に住んでいるのはおかしくはない。
風井空の過去を知らない。現在、どこに行方をくらましているのかという1点に焦点を当てて過去を追究しなかった。
箪笥の中に掛けてあった背広を乱雑につかみ取り羽織ると自室から飛び出した。向かった先は多摩中央署である。
あいつにも最後の稽古を付けてやる。
「付き合え」
板倉は強引に警察署で事務作業をしていた秋山を引っ張り出す。
「え、何です?」
「尾坂夫妻の件だよ」
板倉はフンと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
行先は決まっている。白金大学付属高校だ。
「風井空は尾坂理佐と同じ学校だ。連中にいろいろ話を聞きたい」
「いやいや、管轄外ですよ。さすがに管理官に言わないと」
本来、板倉は多摩中央署に所属しているため管轄は多摩市内で起きた事件を捜査する。所轄の刑事が管轄をまたいで捜査することはない。風井空の家にガサ入れをした時に板倉が現場に帯同できたのは笹塚が足立警察署に許可を経たからだ。
「お前は車から降りろ。俺が運転する。ササヤンには好きに報告しろ」
「本当にこれ以上はやばいですよ」
「知るかよ。足元を気にしている場合かよ。とにかく人が死んでいる。降りるか、付いてくるのか。早く決めろ」
秋山はしぶしぶ付いてくることにしたが、納得していない。
白金大学付属高校の管轄は高輪警察署か。
懐かしいな。十年前になるのか。
板倉は迷宮入りになったある殺人事件を追っていた。交通事故に見せかけた巧妙な事件だった。
事件被害者のトラック運転手の三郷正彦は妻と息子の3人暮らしをしていた。三郷は日常から暴力を妻に振るっていた。重要参考人として妻の三郷美里が上がる。
愛人と共謀したのだろうという線で捜査は進んだ。
しかし、決定的な証拠は見つからず迷宮入りした。
未解決事件は刑事にとって汚点だ。心の隅でいつも反芻していた。何か見落としはなかったのかと悔やみきれない。
ただ今動いている事件に集中しなければいけない。風井空がどういう生い立ちを背負って生きてきたか知る必要がある。
学校は期末試験後だったので生徒は少ない。通された場所は生徒指導室だ。
「前にも刑事さんが来て、空さんについて聞いていきましたが」
担当教諭は桃田。とてもつらそうな表情で言葉を切る。教え子が指名手配とあっては胸中察するものがある。
通された部屋は縦長に狭く白い壁に包まれている。小さな丸いテーブルが置かれて、テーブルの周りをパイプ椅子が囲んでいる。
「空さんと理佐さんは従姉妹同士と聞いていますが」
「実はクラスも一緒で仲が良かったですよ。子どもの時からずっと競い合っているライバルで姉妹のようでした。何だかよく似ている2人でしたけど。理佐ちゃんが事故で死んでね」
「理佐さんが亡くなった時のご様子をもう少し詳しく」
「葬式の際は親御さんが取り乱してしまって。特にお母さんの方が、何でも溺愛していましたから」
尾坂詩織か。死んだときの形相は恐ろしいものだったが、写真を見る限り子ども好きな印象がする。
「教職員をやっていますと、モンスターペアレントの対応が大変でしてね。あの亡くなった人のことを悪くいうのはあれですが、尾坂さんは特に酷くて」
「より詳しくお願いします」
「元教員だった方で、教育熱心でしたから学校に乗り込んで採点などに関して色々とありましてね。理佐ちゃん、お母さんのことで悩んでいたようです」
板倉は桃田が持ってきたアルバムで空と理佐の写真を見比べる。従姉妹のせいか顔の形といいよく似ている。
「2人はずっと行動していたわけですか。他の誰かと仲が良いとか。些細なことでもいいので教えて下さい」
「主に2人でしたけど。理佐ちゃんと空ちゃんと一緒にいる子がいたかしら?」
「どの生徒です?」
板倉は食いついた。桃田は「この子ですが」と指さした生徒はまた違うたたずまいの生徒だった。
名前は香西沙良。顔立ちは整いめっぽう美人で名前も珍しい名前だったので1度聞けば忘れない。念のために走り書きでメモを取る。
いやいや、待て。この顔は……
板倉はじっとにらみつけた。板倉の記憶の欠片に見覚えがある。写真と同じ人物に会った。あれは病院でか。ずいぶん前だ。1年、2年の話ではない。
「まさかな。こんなことがあるのか……」
「どういうことです?」
秋山が聞いたが、板倉は無視した。
「香西沙良、珍しいですね。でも、なんか聞いたことありますね」
「あの日本を代表するグループの社長ですよ。何でも経営者になって雑誌で特集されていましたよ。うちは裕福な家のお子さんたちを預かっていますからね」
桃田は少し鼻が高いという表情をした。
「三人の関係で気になったことは?」
「そうですね。特に気になることはなかったですけど
言っていることと表情が異なるケースは多い。
「実は心当たりあるのでは?」
「あれはいつだったかしら? 変わったことを言っていたので」
桃田は首をかしげて考えていた。
「変わったこと?」
「そうそう。何でも3人は同じだって言っていましたよ。同じだから相手の悩みは自分の悩みだって」
「どういう意味です?」
秋山がすかさず聞いた。
「兄妹とかじゃありませんよね。空さんと理佐さんは従姉妹ですけど」
「私も気になって聞いてみましたけど。並べ替えてみたらわかるって、言われてはぐらかされちゃいました。尾坂さんと香西さんは親同士も仲が良かったですし親近感は他の生徒より多かったのは確かです」
「並べ替えるって?」
「私も気になったので聞きましたが。秘密だってはぐらかされちゃった。見方を変えると同じになるそうです」
「見方?」
「さあ」
板倉は考え込んだ。意味がこれっぽっちもわからない。
ただ風井空と尾坂理佐と香西沙良の3人は仲が良かった。3つ 人は繋がっていた。想像以上に収穫があった。でも何が彼女たちを団結させたのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる