記憶にない思い出

平野耕一郎

文字の大きさ
31 / 51
年老いた狼Ⅳ 真実の追及

2

しおりを挟む
 取調室は空調がないためか底冷えする。板倉と秋山が今回の取り調べを担当した。被疑者を取り調べるのはもう何年前だろうか。久しぶりの臨場感だ。

 板倉は大勢の被疑者を見てきたが、タイプは二つある。論理的整合性を重視するインテリタイプ。もう一つは論理なんてお構いなしの場当たり的なタイプだ。

 畠山はどちらかといえば斜に構えて様子をうかがうので、インテリタイプだろう。こういうタイプは案外脆い。

「あんた、パチンコに金掛けたせいで闇金から借りているだろ? 一千万だっけ? マンションの管理人が言っていたぞ。ガラの悪いやつがくるって。でも取り立ても九月までで以降はピタッと止まったって」

 畠山は視線を逸らした。金周りで困っているのは事実か。

「関係ないでしょ。どうして私がカルテや診断書を捏造する必要あるのでしょうか?」

「尾坂家からは4つの毛髪が出た。尾坂誠、尾坂詩織、風井空。あともう1人。あんたは知っているよな?」

 板倉はゆっくりと指を折る。非言語による説得も自白をさせる有効な方法だ。

 畠山は自身の主張の不整合さを指摘され言い澱んでいる。おとすのはそう難しくない。

「さあ、知りませんね。搬送された女性は風井空さんです。尾坂さんたちがそうおっしゃっていたのでね。自分の姪の風井空だって」

「おっと、とぼけ続けるつもりかい?」

「なにも事実を申し上げているだけです」

「診断書の偽装は私文書偽装罪、虚偽の証言は偽証罪だぜ。ここで言ってくれればまだ何とかなるけどな」

「偽装だなんてとんでもない。先ほども言う通り……」

 板倉は遮った。ここで言い訳を与える必要はない。カウンターはなるべくさせない。そうとも、こいつが事故に遭った沙良を風井空として扱った本人だ。誰から頼まれたのかも知っている。

 刑事は何も証拠を持たずに被疑者を取り調べることはしない。

「あんたがいう風井空が寝ていた病室のベッドについていた指紋と空の自宅の指紋は不一致だ。おかしいじゃないか?」

 畠山の顔色がにわかに悪くなった。

「引き取った尾坂家にあった指紋と自宅の指紋は一致しないといけないだろ。ところが、DNA検査は違うと出てい
る」

 視線を逸らした。嘘がばれそうになると表情に出る。もう一押しだろう。

「要するにだ。金で困ったあんたは頼まれて、搬送されてきた香西沙良を風井空として対処した。カルテや診断書に
その時偽装した。どうだ、違うか!」

 久しぶりの取り調べだが、揺さぶるテクニックは忘れていなかった。取り調べ経験も少ない秋山のOJTにもなっていいだろう。

 ある程度、力攻めをしたら今度はなだめる。その役割を秋山にやらせた。良い警官・悪い警官戦術である。

「吐きそうか?」

「確固たる証拠を突き付けていますから時間の問題でしょう」

 畠山は数日以内に落ちた。お金に困っていたのは事実である。問題は誰が黒幕なのかだ。お金という餌をちらつか
せた奴こそが犯人になる。

 実際は事情聴取で嘘を言っても偽証罪にはならないが、この男には効果てきめんだった。

 森本千里の取り調べも進んでいた。看護婦の千里の弱みは母親の入院費だった。板倉たちの取り調べを受けた後のため、あっさりと白状をした。

「搬送されたのは香西沙良で間違いですね?」

「沙良さんは先生が診断書では風井空さんとして出すとおっしゃっていました。あと沙良さんは事故前の記憶を失く
していましたから、捏造は可能でした」

「この写真の女性で間違いないですか?」

「はい、間違いありません」

「あなたと沙良さんは退院後も合っていたそうじゃないか?」

 別の刑事が強めに言う。

「沙良さんとは年も近いですし、お茶をしたり合コンに誘ったりしただけです。私、別にそんな、診断書やカルテを書き換えたのは先生ですし、私自身はお金をもらっただけです」

 千里は何とか取り繕うとしていた。

「あなたに金を払ったのは誰です?」

 今まで歯切れよく話していたのが急に沈黙した。

「どうしました?」

「あの、それはちょっと……」

「ちょっと今更言えませんじゃないでしょ?」

 ドンと隣にいた刑事は机を叩いた。

「でも言ったら……」

「何?」

 刑事はさらに追い詰める。

「お金を誰からもらったかは言うなって……」

「人が死んでいるんだよ。誰に唆されたのか知らないけど。正直に話してくれないかな?」

 板倉は笹塚と共に外の部屋から取り調べの様子を見ていた。

 どうにもはっきりしないことがある。

 畠山と千里に共通しているのは金を与えた人物の名前を言わない。強めに問い詰めても、担当者を変えて優しく言ってもおどおどした態度で言わない。

「何だろうな。どうして金を渡してきた人間のことを言わない?」

「十分でしょう」

 板倉からすれば、香西沙良が風井空として入院し、尾坂理佐として尾坂家で住んでいた事実が取れただけでもよい。欲を言えば、金の出所を押さえてから本丸に突っ込みたかった。

「本丸に行きますわ。秋山には言わないでおいてください」

「おい、揉め事はそろそろよした方がいいぞ。俺も抑えきれない状況だ。定年後のことを考えたほうがいいぞ」

「お気遣いどうも」

香西沙良が社長を務めている香西ホールディングスに板倉は単身突っ込むことにした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...