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香西正彦と香西佳子は雇った警備員に連れられ、控室に戻る。
「まさか沙良が私たちを本当に殺しに?」
「全く警察は当てにならん!」
ドンと正彦は机を叩く。
「馬鹿なことを言わないでくれ」
正彦は佳子を叱責した。もうすでに組織は支配している。自分が恐れる必要はない。なぜこうも焦っている。手
の汗が止まらない。
沙良の瞳。透明な瞳から放たれる言葉では表しがたい威圧感。会場では感じなかったが、今ではひしひしと感じる。
小娘の分際で。
「こんなもの送り付けやがって!」
脅迫状を怒りに任せて引きちぎる。Zは、組織のボス香西沙良ららの殺害予告を示す。主に仕事でミスしたもの、暗殺対象者へのいわゆる予告状であり脅迫状だ。主に幹部相当に責任を取らせるために送り付ける死のしるしである。
一人で何ができる。今や組織のボスは紛れもなく自分なのだ。何としてでも沙良を見つけ出してやる。
「あの子は恐ろしい子だわ……何とか和解できないの?」
「無理に決まっているだろ!」
刑事が自分を追っている。沙良を始末し、口を塞ぐことは急務だ。
組織の動員力をもってすれば沙良といえども問題はない。
1個の才能も組織には勝てない。
まったく、お前はよくやったよ。
正彦は行方をくらましている姪の沙良を回想した。死んだ父に似てふらふらしているところはよく似ている。反抗
的な立ち振る舞いもそっくりそのままだ。10年前、両親と一緒に死んでくれればよかった。
何の用だ。ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえてきた。
外が騒がしい。鬱陶しい。ただでさえ姪を逃がしたのに、刑事たちは断固拒否した。
「何があった?」
扉が荒々しく開いて、目の前に紺のダウンジャケットを羽織った男が仁王立ちしている。手に持った拳銃が不気味
さを際立たせている。
「悪いな。こうしないと入れてもらえないのでね」
「お前か、あの刑事か? 何の用だ?」
「色々確認したいことがあるのでな」
「しつこい奴だな、話すことなんてないぞ」
「そっちになくても、こっちにある。正直に言いな、邪魔になった香西沙良をあんたらは殺そうとしたわけだ。沙良
は死んでいないが、記憶喪失になっていた。あんたらは考えた」
正彦は言いかけようとしたが、板倉は止まらなかった。これが最後なのだ。絶対に引くことはない。刑事としての
さいごの執念が板倉を突き動かしている。
「同級生の親に同じ年の親が娘を欲していた。尾坂夫妻は従姉妹の空の個人情報のために空を殺害した。夫妻は娘の
代わりを探していた。あんたらと尾坂夫妻と利害は一致した」
「何をボケっと立っている!」
「金に困っている医師の畠山、看護師の千里を金で買収して風井空として入院させたわけだな。畠山は金貸し、千里
は母親の治療費で困っていたから簡単だったろう。違うか!」
板倉の腕を屈強な警備員がつかみ部屋から出そうとしていた。板倉は粘る。刑事歴三十八年。全てをかけた事件
だ。
俺のヤマだ。
「沙良はあんたらを殺しに来るぞ。今のうちに吐いて警察にかくまってもらった方がいいと思うが、どうする?」
正彦は眉間にしわを寄せ、手を震わせながら周りの警備員に言いつける。訳の分からないやつと絡みたくはなかっ
た。沙良は近くまで来ているのか。全く気配を見せない姪に正彦は憤りを隠せなかった。あの刑事たちも、忌々しい。
「おい、こいつをとっととつまみ出せ!」
しゃべりすぎた。全くなんてやつだと正彦は悪態をついた。パーティでもしゃべり通していた。表の仕事もそうだ
が、もう一方の仕事でも忙しくなる。なにも実権は自分が握っている。焦ることはない。あんな老いぼれが乱入して
きたぐらいでどうにもならない。
「水をくれ」
喉が渇いていた。
すっと差し出されたものは求めていたものだった。正彦はひったくるようにして掴み、何も考えることなく飲み込んだ。
ふうと一息つき、落ち着くはずだった。
「ぐ、うっ……」
正彦は喉を抑えた。急に喉が詰まる。白い泡が吹きこぼれた。周囲も異変に気付いた。
「あなた! ちょっと、どうしたの?」
「わからん……喉が、これは……」
正彦は虚空を掴もうとした。大柄な体はゆらりとバランスを崩し倒れた。ピクリピクリと激しく痙攣しているが、
徐々に動きは小さくなった。
水にまさか毒が。一体だれがこんな手の込んだことを?
水を渡した人物の顔を見た。そこには絶望が広がっていた。
「う、お前は……」
知っている顔。今まさしく話していた姪の顔がそこに浮かんだ。正彦の耳元でひそひそと囁いた。誰にも聞こえない音量で静かにでもはっきりと聞こえてきた。死の囁きだ。
「おじさま、色々ありがとうございます。続きは向こう側で」
正彦の前に完全なる沈黙が果てしなく続いた。恐ろしい沈黙だ。がたりと床に滑り落ちるように倒れて、動かなくなった。
「ひゃああ!」
佳子が悲鳴を上げた。絶叫が室内に響きわたる中で、全員が立ち止まる。
「あなた!」
甲高い悲鳴と共に視界が真っ暗になった。
室内はざわついた。誰もが停電かと思った。暗転した視界の中で、一発の銃声がパンと鳴り響いた。
「まさか沙良が私たちを本当に殺しに?」
「全く警察は当てにならん!」
ドンと正彦は机を叩く。
「馬鹿なことを言わないでくれ」
正彦は佳子を叱責した。もうすでに組織は支配している。自分が恐れる必要はない。なぜこうも焦っている。手
の汗が止まらない。
沙良の瞳。透明な瞳から放たれる言葉では表しがたい威圧感。会場では感じなかったが、今ではひしひしと感じる。
小娘の分際で。
「こんなもの送り付けやがって!」
脅迫状を怒りに任せて引きちぎる。Zは、組織のボス香西沙良ららの殺害予告を示す。主に仕事でミスしたもの、暗殺対象者へのいわゆる予告状であり脅迫状だ。主に幹部相当に責任を取らせるために送り付ける死のしるしである。
一人で何ができる。今や組織のボスは紛れもなく自分なのだ。何としてでも沙良を見つけ出してやる。
「あの子は恐ろしい子だわ……何とか和解できないの?」
「無理に決まっているだろ!」
刑事が自分を追っている。沙良を始末し、口を塞ぐことは急務だ。
組織の動員力をもってすれば沙良といえども問題はない。
1個の才能も組織には勝てない。
まったく、お前はよくやったよ。
正彦は行方をくらましている姪の沙良を回想した。死んだ父に似てふらふらしているところはよく似ている。反抗
的な立ち振る舞いもそっくりそのままだ。10年前、両親と一緒に死んでくれればよかった。
何の用だ。ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえてきた。
外が騒がしい。鬱陶しい。ただでさえ姪を逃がしたのに、刑事たちは断固拒否した。
「何があった?」
扉が荒々しく開いて、目の前に紺のダウンジャケットを羽織った男が仁王立ちしている。手に持った拳銃が不気味
さを際立たせている。
「悪いな。こうしないと入れてもらえないのでね」
「お前か、あの刑事か? 何の用だ?」
「色々確認したいことがあるのでな」
「しつこい奴だな、話すことなんてないぞ」
「そっちになくても、こっちにある。正直に言いな、邪魔になった香西沙良をあんたらは殺そうとしたわけだ。沙良
は死んでいないが、記憶喪失になっていた。あんたらは考えた」
正彦は言いかけようとしたが、板倉は止まらなかった。これが最後なのだ。絶対に引くことはない。刑事としての
さいごの執念が板倉を突き動かしている。
「同級生の親に同じ年の親が娘を欲していた。尾坂夫妻は従姉妹の空の個人情報のために空を殺害した。夫妻は娘の
代わりを探していた。あんたらと尾坂夫妻と利害は一致した」
「何をボケっと立っている!」
「金に困っている医師の畠山、看護師の千里を金で買収して風井空として入院させたわけだな。畠山は金貸し、千里
は母親の治療費で困っていたから簡単だったろう。違うか!」
板倉の腕を屈強な警備員がつかみ部屋から出そうとしていた。板倉は粘る。刑事歴三十八年。全てをかけた事件
だ。
俺のヤマだ。
「沙良はあんたらを殺しに来るぞ。今のうちに吐いて警察にかくまってもらった方がいいと思うが、どうする?」
正彦は眉間にしわを寄せ、手を震わせながら周りの警備員に言いつける。訳の分からないやつと絡みたくはなかっ
た。沙良は近くまで来ているのか。全く気配を見せない姪に正彦は憤りを隠せなかった。あの刑事たちも、忌々しい。
「おい、こいつをとっととつまみ出せ!」
しゃべりすぎた。全くなんてやつだと正彦は悪態をついた。パーティでもしゃべり通していた。表の仕事もそうだ
が、もう一方の仕事でも忙しくなる。なにも実権は自分が握っている。焦ることはない。あんな老いぼれが乱入して
きたぐらいでどうにもならない。
「水をくれ」
喉が渇いていた。
すっと差し出されたものは求めていたものだった。正彦はひったくるようにして掴み、何も考えることなく飲み込んだ。
ふうと一息つき、落ち着くはずだった。
「ぐ、うっ……」
正彦は喉を抑えた。急に喉が詰まる。白い泡が吹きこぼれた。周囲も異変に気付いた。
「あなた! ちょっと、どうしたの?」
「わからん……喉が、これは……」
正彦は虚空を掴もうとした。大柄な体はゆらりとバランスを崩し倒れた。ピクリピクリと激しく痙攣しているが、
徐々に動きは小さくなった。
水にまさか毒が。一体だれがこんな手の込んだことを?
水を渡した人物の顔を見た。そこには絶望が広がっていた。
「う、お前は……」
知っている顔。今まさしく話していた姪の顔がそこに浮かんだ。正彦の耳元でひそひそと囁いた。誰にも聞こえない音量で静かにでもはっきりと聞こえてきた。死の囁きだ。
「おじさま、色々ありがとうございます。続きは向こう側で」
正彦の前に完全なる沈黙が果てしなく続いた。恐ろしい沈黙だ。がたりと床に滑り落ちるように倒れて、動かなくなった。
「ひゃああ!」
佳子が悲鳴を上げた。絶叫が室内に響きわたる中で、全員が立ち止まる。
「あなた!」
甲高い悲鳴と共に視界が真っ暗になった。
室内はざわついた。誰もが停電かと思った。暗転した視界の中で、一発の銃声がパンと鳴り響いた。
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