21 / 80
第3章―夢と大切なこと
その夢は誰が為に#2
~ダニエル視点~
ミハル=ブラックウェルの部屋は屋敷の奥の奥、厳重に守られた先にあった。
「この先、あまり灯りが置かれておりませんので、足元ご注意ください」
「何故ですか?」
「灯りは魔法具ですので、少しでもミハル様の体調に影響がないようにです」
「ああ、成程」
マナ不適合症か。この世界に当たり前にあるものが合わないのは、苦労するな。
「ミハル様、失礼します。お加減はいかかですか?ダニエル様をお連れしましたよ」
ミハルの侍女だという使用人がドア越しにそう言うと、ややあって中から小さく「どうぞ」と声が聞こえた。
ドアが開けられ中に入ると、かなり殺風景な光景が目についた。
貴族の部屋らしく内装は煌びやかに施されているものの、置いてあるものは最小限。机と椅子、数個の棚に本棚のみ。
一番目につくのは、何重にも天蓋の掛けられたキングサイズのベッドだった。
「ミハル様、お加減はどうですか?」
「ケホッ……、きょうは、調子、いいですよ」
ベッドの上に積まれたクッションに背を預けながら、途切れ途切れに話す子供。
調子がいい、といいつつも、彼の顔は青ざめており、冷や汗をかいているのか、透き通るような金の髪が頬に少し貼り付いていた。
「はじめまして。ミハルです。なかなか、顔を、合わせられなくて、ごめんなさい」
ベッドの上のミハル=ブラックウェルは少し辛そうに眉を歪めつつも笑って言った。
その痛々しさに思わず目を背けたくなったが、何とか笑顔を作って答えた。
「はじめまして。ダニエル=ネロです。僕の話は聞いていると思いますけど……結構前から、この屋敷にお世話になってます。よろしくお願いします」
「えへへ、よろしくね。同い年、なんだよね?敬語じゃ、なくても、いいかな」
「僕はブラックウェルにお世話になってる身ですから、ブラックウェルの貴方が僕に対して敬語を使う必要はありません」
「……え、うん、まあ、そうなんだけど……」
僕の返答が気に召さなかったのか、ミハルは笑いつつも微妙な顔をした。
「そういうのじゃなくてさ、ほら、同い年なんだし、君も……敬語じゃなくて、いいんだよ?」
「いえ、そういうのはきちんとしないと」
「そ、そう……」
どうやら彼はほとんど人と接しないからか、下の者に対する貴族の態度がわかっていないようだ。さっきも使用人に対して敬語を使っていたし。
僕の素性は彼と対等かもしれないが、対外的には僕の立場はこの屋敷では彼の下だ。下である以上、僕はそういう態度でいる必要がある。――彼の体面を守る為にも。
「そ、それじゃ今までダニエル君はどんな風に暮らしてたの?僕、あまり外に行ったことないから、外の生活がどんな感じか興味あって……」
気まずいのか、ミハルは苦笑いで話題を変えた。
聞いていたとおり、彼はほとんど外に出たことがないようだ。僕と顔を合わせられたのも僕が来て一か月も経ってからだったから、それも無理はないと思った。
「別に大した生活はしてません。母と店に行って買い物をしたり、学校に行ったりとか、そんなものです」
「へー、学校あるんだ!学校楽しかった?」
「……まあ、それなりです」
最初は聞かれたことにただ応えるだけだった。
でも彼は、自分の知らないことを、好奇心のままに次々と僕に聞いてくる。僕が答えれば、それを正しく理解し、また新たな話題を振りかけてくる。
こんな楽しい、と思える会話は初めてかもしれなかった。
透き通って消えてしまいそうなほどの儚げな容姿に、人を疑うことを知らなそうな、素直な性格。彼の周りは俗世のものが少ないのも相まって、見れば見るほど、この世に存在する者とは思えなくなってきた。
そんな彼としばらく会話を楽しんでいたが、段々彼が小さく咳き込み始めた。
「僕が前居たところは港町だったので、魚市場が盛んでした。いつも新鮮な魚介類が食べられるのが街の売りでしたね」
「へ~、市場かあ。きっと……ケホッ、賑やか、なんだろうなぁ。いって、みたい、な……ケホ、ケホッ」
「……ミハル様、そろそろ」
「ん……、でも……ケホッ、まだ、話した……ゲホッゴホッ!」
「無理はいけませんよ」
呼吸器が弱いと言うのは本当らしく、長時間話をするのは難しいようでミハルは身を折って咳き込み始めてしまった。そんな彼を侍女は慣れた手つきで宥めた。
「ダニエル様、申し訳ありません。今日はここまでで……」
「……はい。すみませんミハル様、つい話が長くなってしまいました」
「ゲホッ……、僕、こそ、ごめん、ね……もっと、ながく……けほっ、……話、できれば、いいんだけど……」
「いえ、無理はなさらないでください。……また、来ますから」
そう言うと、ミハルは苦し気な顔をしながらも笑顔で見送ってくれた。
「ミハル様があんなに楽しそうにお話されているところは久々に見ました」
ミハルの部屋を出て、自室へ戻る道すがら、ミハルの侍女がそのようなことを言った。
「ミハル様には、お体のこともあってご友人がいらっしゃらないので……ダニエル様とのお話がとても楽しかったようです。よければこれからも、時折ミハル様にお会いいただけませんでしょうか?」
そう言われて、僕は断ることができなかった。――いや、したくなかった。
ミハルとはただ顔を合わせるだけのつもりだったのだけど。彼との会話が思った以上に楽しかったから。
「友人がいないというのは……僕も一緒です。また、会えそうなとき呼んでください。行きますから」
「……!ダニエル様、ありがとうございます!」
僕が応えると、ミハルの侍女は嬉しそうに笑って頭を下げ去っていった。
ミハル=ブラックウェルの部屋は屋敷の奥の奥、厳重に守られた先にあった。
「この先、あまり灯りが置かれておりませんので、足元ご注意ください」
「何故ですか?」
「灯りは魔法具ですので、少しでもミハル様の体調に影響がないようにです」
「ああ、成程」
マナ不適合症か。この世界に当たり前にあるものが合わないのは、苦労するな。
「ミハル様、失礼します。お加減はいかかですか?ダニエル様をお連れしましたよ」
ミハルの侍女だという使用人がドア越しにそう言うと、ややあって中から小さく「どうぞ」と声が聞こえた。
ドアが開けられ中に入ると、かなり殺風景な光景が目についた。
貴族の部屋らしく内装は煌びやかに施されているものの、置いてあるものは最小限。机と椅子、数個の棚に本棚のみ。
一番目につくのは、何重にも天蓋の掛けられたキングサイズのベッドだった。
「ミハル様、お加減はどうですか?」
「ケホッ……、きょうは、調子、いいですよ」
ベッドの上に積まれたクッションに背を預けながら、途切れ途切れに話す子供。
調子がいい、といいつつも、彼の顔は青ざめており、冷や汗をかいているのか、透き通るような金の髪が頬に少し貼り付いていた。
「はじめまして。ミハルです。なかなか、顔を、合わせられなくて、ごめんなさい」
ベッドの上のミハル=ブラックウェルは少し辛そうに眉を歪めつつも笑って言った。
その痛々しさに思わず目を背けたくなったが、何とか笑顔を作って答えた。
「はじめまして。ダニエル=ネロです。僕の話は聞いていると思いますけど……結構前から、この屋敷にお世話になってます。よろしくお願いします」
「えへへ、よろしくね。同い年、なんだよね?敬語じゃ、なくても、いいかな」
「僕はブラックウェルにお世話になってる身ですから、ブラックウェルの貴方が僕に対して敬語を使う必要はありません」
「……え、うん、まあ、そうなんだけど……」
僕の返答が気に召さなかったのか、ミハルは笑いつつも微妙な顔をした。
「そういうのじゃなくてさ、ほら、同い年なんだし、君も……敬語じゃなくて、いいんだよ?」
「いえ、そういうのはきちんとしないと」
「そ、そう……」
どうやら彼はほとんど人と接しないからか、下の者に対する貴族の態度がわかっていないようだ。さっきも使用人に対して敬語を使っていたし。
僕の素性は彼と対等かもしれないが、対外的には僕の立場はこの屋敷では彼の下だ。下である以上、僕はそういう態度でいる必要がある。――彼の体面を守る為にも。
「そ、それじゃ今までダニエル君はどんな風に暮らしてたの?僕、あまり外に行ったことないから、外の生活がどんな感じか興味あって……」
気まずいのか、ミハルは苦笑いで話題を変えた。
聞いていたとおり、彼はほとんど外に出たことがないようだ。僕と顔を合わせられたのも僕が来て一か月も経ってからだったから、それも無理はないと思った。
「別に大した生活はしてません。母と店に行って買い物をしたり、学校に行ったりとか、そんなものです」
「へー、学校あるんだ!学校楽しかった?」
「……まあ、それなりです」
最初は聞かれたことにただ応えるだけだった。
でも彼は、自分の知らないことを、好奇心のままに次々と僕に聞いてくる。僕が答えれば、それを正しく理解し、また新たな話題を振りかけてくる。
こんな楽しい、と思える会話は初めてかもしれなかった。
透き通って消えてしまいそうなほどの儚げな容姿に、人を疑うことを知らなそうな、素直な性格。彼の周りは俗世のものが少ないのも相まって、見れば見るほど、この世に存在する者とは思えなくなってきた。
そんな彼としばらく会話を楽しんでいたが、段々彼が小さく咳き込み始めた。
「僕が前居たところは港町だったので、魚市場が盛んでした。いつも新鮮な魚介類が食べられるのが街の売りでしたね」
「へ~、市場かあ。きっと……ケホッ、賑やか、なんだろうなぁ。いって、みたい、な……ケホ、ケホッ」
「……ミハル様、そろそろ」
「ん……、でも……ケホッ、まだ、話した……ゲホッゴホッ!」
「無理はいけませんよ」
呼吸器が弱いと言うのは本当らしく、長時間話をするのは難しいようでミハルは身を折って咳き込み始めてしまった。そんな彼を侍女は慣れた手つきで宥めた。
「ダニエル様、申し訳ありません。今日はここまでで……」
「……はい。すみませんミハル様、つい話が長くなってしまいました」
「ゲホッ……、僕、こそ、ごめん、ね……もっと、ながく……けほっ、……話、できれば、いいんだけど……」
「いえ、無理はなさらないでください。……また、来ますから」
そう言うと、ミハルは苦し気な顔をしながらも笑顔で見送ってくれた。
「ミハル様があんなに楽しそうにお話されているところは久々に見ました」
ミハルの部屋を出て、自室へ戻る道すがら、ミハルの侍女がそのようなことを言った。
「ミハル様には、お体のこともあってご友人がいらっしゃらないので……ダニエル様とのお話がとても楽しかったようです。よければこれからも、時折ミハル様にお会いいただけませんでしょうか?」
そう言われて、僕は断ることができなかった。――いや、したくなかった。
ミハルとはただ顔を合わせるだけのつもりだったのだけど。彼との会話が思った以上に楽しかったから。
「友人がいないというのは……僕も一緒です。また、会えそうなとき呼んでください。行きますから」
「……!ダニエル様、ありがとうございます!」
僕が応えると、ミハルの侍女は嬉しそうに笑って頭を下げ去っていった。
あなたにおすすめの小説
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
表紙は、Pexelsさまより、Julia Kuzenkovさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
表紙は自作です(笑)
もっちもっちとセゥスです!(笑)