婚約直前、俺の人生どこで間違えた?

naomikoryo

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第一章:30歳サラリーマン、婚約寸前でモヤる

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「おめでとうございます、桐生さん!」
「いやぁ、お幸せに!」

焼き鳥の煙が立ち込める居酒屋の個室で、俺はビール片手に乾杯させられていた。

「いや、別にまだ結婚が決まったわけじゃ……」

言いかけた俺の言葉は、勢いよく注がれるビールの音にかき消される。

「いやいや! もう婚約同然じゃないっすか!」
「なぁなぁ、部長の娘さん、どんな感じなん?」

顔を赤くした同僚たちがニヤニヤとこちらを覗き込む。
俺は曖昧に笑って誤魔化しながら、ジョッキを口に運んだ。
うん、冷たい。
ビールの炭酸が喉を通り抜けていく感覚は心地よいはずなのに、どうにもスッキリしない。

俺は桐生 亮(きりゅう りょう)、30歳の普通のサラリーマン。
社会人になって8年、営業職としてまあまあの成績を残しつつ、会社生活にどっぷり浸かってきた。

そして今、取引先の部長の娘と婚約寸前という状況にある。

◆ きっかけは取引先の部長からの紹介

「桐生くん、君ももう30歳だろう? そろそろ結婚を考えているんじゃないか?」

ある日、取引先の部長、**篠原 正治(しのはら まさはる)**からそんなことを言われたのが始まりだった。
篠原部長は50代後半のベテランで、うちの会社にとっては大切な取引先の一つだ。
普段は温厚な人だが、時折圧が強い。

「実はうちの娘がね、そろそろ結婚を考えていて……」

正直、この時点で察した。
これは**「俺に娘を紹介したい」**という流れだと。

「桐生くん、君は優秀だし、誠実そうだし……どうかな?」

営業としての俺は、この場で無下に断るのはまずいと判断した。

「は、はぁ……」

「一度、食事でもどうかね?」

……逃げられない流れだ。

◆ 篠原 美咲——理想的すぎる女性

こうして紹介されたのが、篠原 美咲(しのはら みさき)。

24歳、大学を出たばかりで、現在は父親の会社の総務部に勤めているらしい。

初めて会ったときの印象は、**「完璧なまでに整ったお嬢様」**だった。

透き通るような白い肌、綺麗に揃った黒髪のロングヘア、姿勢は常に正しく、声のトーンも落ち着いている。
話し方もゆっくりで丁寧、言葉遣いも上品だ。

「桐生さん、今日はお時間を作っていただいてありがとうございます」

初対面のとき、彼女はにこやかに微笑みながらそう言った。

——いや、隙がなさすぎる。

俺みたいな適当な性格の人間とは、まるで違う世界に生きている感じだった。

とはいえ、彼女は特に嫌なところもないし、むしろ普通に良い人だった。
話しているときも、俺の話をちゃんと聞いてくれるし、変に詮索もしない。

何度か食事を重ねるうちに、自然と付き合う流れになった。

取引先の部長も喜んでいるし、俺の上司も妙に嬉しそうだった。

「桐生、お前も出世コースに乗ったな」

いや、そういうのマジでやめてくれ。

◆ どこか気が乗らない理由

ただ——問題は、俺自身がいまいちテンションが上がらないということだ。

別に美咲が嫌いなわけじゃない。
むしろいい人だと思うし、一緒にいて不快なことはない。

……なのに、なぜか心のどこかに引っかかるものがある。

「亮さんって、本当に優しいですね」
「亮さんのそういうところ、素敵です」

美咲はよく俺を褒める。

でも、それがどうにも抽象的すぎて、何をどう評価されているのか分からない。

「俺の、どんなところが?」

そう聞くと、美咲は少し微笑んで、首をかしげる。

「えっと……全部?」

いや、全部ってお前……。

俺は**「完璧すぎる女性と付き合うことに対する不安」**を、どう処理すればいいのか分からなかった。

◆ 会社の飲み会での違和感

そんな気持ちを抱えながら、今日の会社の飲み会に参加していたわけだが……

「なぁ桐生、お前、ちょっと浮かない顔してるぞ?」

同僚の山本が、酔っ払いながら俺の肩を叩いた。

「いや、別に……」

「もしかして、結婚前にビビってんのか?」

ビビってる……のか?

俺の中のモヤモヤは、明確な「不安」ではない。
どちらかというと、「このまま進んでいいのか?」という違和感に近い。

でも、それをはっきり言葉にできるほど、自分の気持ちを整理できていなかった。

「まぁ、なんつーか……」

「お前なぁ、30歳でそんなフワフワしたこと言ってる場合じゃねぇだろ!」

山本は酒臭い息を吐きながら、俺の背中をバシバシ叩いた。

「部長の娘だろ? 最高じゃん! お前、今頃勝ち組だぞ!」

そうかもしれない。

社会人として、会社員として、取引先の部長の娘と結婚するのは「成功」なのかもしれない。

でも、俺はこのまま結婚して、本当に幸せになれるのか?

そう考えたとき、ふとある人物の顔が頭をよぎった。

相沢 奈々(あいざわ なな)。

大学時代に付き合っていた、元カノの顔だった——。
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