月曜9時、恋を始める方法

naomikoryo

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第3話『スイッチの切り方』

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人を好きになるって、どうやってやるんだったっけ。

カフェのカップを両手で包みながら、そんなことをぼんやり思った。

瀬戸くんと、月曜のセミナー帰りに立ち寄った駅前のカフェ。
お互いのセミナー感想を語るという名目で、一緒に過ごす時間が自然と延びている。

彼の話し方は穏やかで、変に気を遣わせない距離感を保ってくれる。
でも、ふとした拍子に鋭い言葉を差し込んでくるところが、少しだけ怖い。
怖いのに、その言葉がいつも私の内側を正確に撃ち抜いてくるから、もっと厄介だ。

「……セミナー、意外と真面目でしたね」

「そうね。もっと軽いノリのものかと思ってたけど」

「美園さんが“恋愛に向いてない”って言ってたの、ちょっと意外でした」

私はカップを置き、彼を見た。

「向いてると思うの?」

「うーん……向いてるかどうかっていうより、恋愛って“向いてる人”だけの特権じゃないと思ってて」

「特権?」

「ええ。好きって感情って、誰にだって起こり得るものじゃないですか。
 それを“向いてる”とか“向いてない”とかで決めちゃうの、ちょっともったいないなって」

(もったいない……)

「それに、美園さん、たぶん“優しくしすぎちゃう”んですよね」

「……また、それ」

私の声に苦笑が混じった。

「ほら、また怒ったふりして本気で否定しないとこが、そういうとこなんですよ」

「……私の何を知ってるのよ」

「じゃあ、知るチャンス、くださいよ」

その瞬間、空気がふわりと緩んだ気がした。
けれど、胸の奥には微かな緊張が残る。

私は“知られること”が怖いのだ。
完璧じゃない自分を晒して、相手の期待を裏切るのが怖い。
恋愛において、素の自分でいられた試しがないから。

(それでも……)

今夜のこの空気は、嫌いじゃなかった。

◆◇◆

数日後、セミナー事務局から次回ワークの案内メールが届いた。
内容はこうだ。

次回のセッションでは、「仮想デート体験」を行います。
ワークの目的は、「相手との距離感を知る」「自分のスイッチを切ること」です。
セミナー当日は、ペアになった方と一緒に、
実際に“恋人同士のような設定”で食事をしていただきます。
※会場は指定のレストラン。費用は各自負担。

(なにこれ……ふざけてる)

私はすぐに閉じようとして——ふと、画面の最後に記された名前を見て手を止めた。

ペア:美園麗華さん × 瀬戸幸輝さん

(……また、彼と…)

どうして、こういうタイミングで彼が出てくるのか。
まるで、仕組まれているみたいじゃない。

◆◇◆

当日、私は約束の時間ちょうどに現地のレストランに着いた。
小さなビストロ風の店内。
照明が落とされていて、まるで本当に“デート”のような雰囲気。

(これは、セミナーじゃなくてただの罰ゲームよ)

そう思って入口をくぐると、彼はもう来ていた。
グレーのニットとジャケット。
会社の制服のようなスーツ姿じゃなく、どこかリラックスした印象の私服。

「美園さん、こんばんは。今日の服、すごく似合ってます」

「……ありがとう。あなたも」

いつもより少しだけ薄めのメイクと、オフィスよりも柔らかいベージュのワンピース。
ちゃんと“仮想デート”らしい服装を選んだつもりだったけれど、こんな風に褒められると、少しだけ照れる。

2人で席につき、コース料理が始まった。

話題は仕事のこと、セミナーのこと、趣味のこと——
思えば、こんな風に誰かと一対一で“ただ話す”なんて、どれくらいぶりだっただろう。

でも、気づけば私は、いつものように“聞き役”に回っていた。

「……って感じで、前の職場はほんとに大変だったんです。好きだったんですけどね、本作り」

彼は、前職の出版社で体調を崩し、そこから転職してきたという話をしていた。

「……ごめんなさい。僕ばっかり話してましたね」

「いいえ、面白かったわ」

「でも、気づきました?」

「何が?」

「美園さんって、さっきからずっと“自分の話”をしてないですよね」

(……また、それ)

「別に、誰も責めたりしませんよ。
 何も話したくないなら、それも美園さんの自由ですし」

彼の声は優しかった。
なのに、なぜかその言葉が胸に刺さった。

「話すことなんて、別にないのよ。
 プライベートも、最近は特に」

「本当に?」

「……」

「僕は、もう少し知りたいです。
 仕事じゃない、美園さんを」

その言葉に、心が少しだけざわついた。

(“仕事じゃない私”……って、何?)

私は、スイッチの切り方がわからない。
自分をゆるめることが、ずっと怖かった。
その隙間から、誰かに入り込まれて、自分が壊れてしまうのが怖くて。

だけど彼は、そんな私の壁に手をかけてくる。
無理に壊そうとはせず、ただそこに寄り添うように。

デザートが運ばれてきたとき、ふいに彼が言った。

「今度、どこか行きましょうか。セミナーじゃなくて、ふつうに。
 ……美園さんの好きな場所とか」

「どうして?」

「……なんとなく、あなたの“好き”をもっと見たいと思ったんです」

そう言って笑った彼の目は、まっすぐだった。

(そんな風に、まっすぐ見つめないで)
(……戸惑うから)

私は黙って、コーヒーカップに唇をつけた。

その夜、帰り道の空気は冷たかったけれど、なぜか頬がほんのり熱かった。
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