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02)窓の向こうにいるもの
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――目が合ったら、終わりだ。
【1】
大学二年の夏休み、島田悠斗(しまだ・ゆうと)は、格安のシェアハウスに引っ越した。場所は都内某所、築四十年の木造二階建て。4畳半の部屋が六つ。家賃は月2万という破格だった。
当然、安いには理由がある。曰くつき、とは契約の際に聞いていたが、内容は不明。事故物件にしては妙に住人が多いのも気になった。だが、夏休みの間だけ仮住まいをするつもりだった悠斗は、大して気にしなかった。
「ここ、窓開けっぱなしだとやばいっすよ」
入居してすぐ、同居人の一人・向井が言った。色白で細身、やたら無表情な男だった。
「やばいって、虫でも入ってくるのか?」
「虫よりヤバいやつが入ってくる」
「え……泥棒?」
向井は少しだけ口の端を上げた。
「“見られる”んすよ。あの窓、夜になると」
悠斗の部屋には、北向きの小さな窓があった。外はすぐ隣家の塀で、景色と呼べるようなものは何も見えない。ただ、夜になると、確かに妙なことが起きた。
窓に“気配”が張り付いていたのだ。
夜の10時を過ぎると、決まって窓の向こうに「誰かが立っている」ような、ぞわぞわした空気が漂うのだった。
姿は見えない。目を凝らしても、ただの闇と塀の影。しかし、“こちらを見ている”ことだけは、なぜかわかる。
初日は気のせいだと思った。
しかし、二日目、三日目と経つうちに、悠斗の心にある“疑念”が確信に変わっていった。
「……いる」
確かに、誰かが、窓の外に。
【2】
ある晩、勇気を出してカーテンを開けてみた。
そこには、なにもいなかった。
だが、窓ガラスには――手形がついていた。内側からではない。外側。しかも、その手形は、指が異常に長く、手首が折れ曲がったような奇妙な角度だった。
悠斗は凍り付いた。
そもそも、あの窓の外は1メートル以上の段差になっており、人が立てるはずもない。脚立もない。足場もない。
「……あれ、マジで見ちゃいました?」
翌朝、向井に話すと、彼はすぐに察したらしい。
「うーわ、やばいなあ。見ちゃったら、もう“向こう”からも見えてる」
「見えてるって、誰に?」
「向こうの人っすよ。窓の向こうにいるやつ。俺、先月見ちゃってさ……それから一週間、毎晩“夢”見てる」
「どんな夢?」
向井は口を閉ざした。
「……いや、やっぱやめときます。話すと、近くなるから」
それ以上聞いても、向井は絶対に話そうとしなかった。
その夜からだった。悠斗の夢に“窓”が出てくるようになったのは。
夢の中で、部屋にいる悠斗がふと振り返る。窓が開いている。誰かが立っている。
顔が、ない。
だが、目だけがある。目だけが、異様に白く光り、こちらをじっと見つめてくる。
そして、毎晩少しずつ、“それ”が近づいてきている。
最初は窓の外だったのに、次は窓の縁、次は半身が部屋の中……そして五日目の夢では、ベッドの脇に立っていた。
目が合った。
悠斗は悲鳴を上げて目を覚ました。
喉が、切れるほどに乾いていた。
【3】
翌日、悠斗は荷物をまとめ始めた。もうこの家にはいられない。住人たちは何も言わなかったが、彼の焦燥を黙って見守っているようだった。
その夜、最後の荷造りを終えて寝袋に入った悠斗は、なぜか眠りにつけなかった。いつもの“気配”は消えていた。むしろ、不自然なほど静かだった。
「……今夜は、出ない?」
そう思った瞬間だった。
窓が、ノックされた。
コン、コン、コン――規則正しく、まるでリズムを刻むように。冷たい汗が背を伝う。
息を殺し、目を閉じ、やり過ごそうとしたそのとき。
「みーてーるーよー」
声が聞こえた。女の声。枯れたような、息の混じった低い囁き。確かに、耳元で。
目を開けた。だがそこには誰もいなかった。
いや、“窓”が開いていた。
閉めたはずの窓が、開いていた。
悠斗は叫び声をあげて部屋を飛び出した。荷物も何も持たずに。
階段を駆け下りる途中、なぜか「自分の足音にもう一つ重なっている音」に気づいた。
それは、裸足の音だった。
ぺた、ぺた、ぺた。
追ってきていた。
【4】
翌朝、悠斗の姿はなかった。住人たちは何も聞かれなかったふりをした。
ただ、向井はしばらく部屋の掃除をしながら、悠斗の置いていったスマホを見つけたという。
画面には、カメラで撮影された動画があった。夜の部屋、そして窓を映したもの。
誰もいない……そう思われた瞬間、画面の隅に“目”だけが浮かび上がる。
真っ白な、光る目。
動画の最後、誰かが囁くようにこう言った。
「次は、あなた」
向井はそのスマホを、窓から遠く投げ捨てたという。
だが、数日後、向井の部屋の窓に、再び手形がついていた。
あの異様に長い指の、濡れたような手形。
窓は、今も、誰かを見つめている。
――あなたの部屋の、窓の外からも。
(完)
【1】
大学二年の夏休み、島田悠斗(しまだ・ゆうと)は、格安のシェアハウスに引っ越した。場所は都内某所、築四十年の木造二階建て。4畳半の部屋が六つ。家賃は月2万という破格だった。
当然、安いには理由がある。曰くつき、とは契約の際に聞いていたが、内容は不明。事故物件にしては妙に住人が多いのも気になった。だが、夏休みの間だけ仮住まいをするつもりだった悠斗は、大して気にしなかった。
「ここ、窓開けっぱなしだとやばいっすよ」
入居してすぐ、同居人の一人・向井が言った。色白で細身、やたら無表情な男だった。
「やばいって、虫でも入ってくるのか?」
「虫よりヤバいやつが入ってくる」
「え……泥棒?」
向井は少しだけ口の端を上げた。
「“見られる”んすよ。あの窓、夜になると」
悠斗の部屋には、北向きの小さな窓があった。外はすぐ隣家の塀で、景色と呼べるようなものは何も見えない。ただ、夜になると、確かに妙なことが起きた。
窓に“気配”が張り付いていたのだ。
夜の10時を過ぎると、決まって窓の向こうに「誰かが立っている」ような、ぞわぞわした空気が漂うのだった。
姿は見えない。目を凝らしても、ただの闇と塀の影。しかし、“こちらを見ている”ことだけは、なぜかわかる。
初日は気のせいだと思った。
しかし、二日目、三日目と経つうちに、悠斗の心にある“疑念”が確信に変わっていった。
「……いる」
確かに、誰かが、窓の外に。
【2】
ある晩、勇気を出してカーテンを開けてみた。
そこには、なにもいなかった。
だが、窓ガラスには――手形がついていた。内側からではない。外側。しかも、その手形は、指が異常に長く、手首が折れ曲がったような奇妙な角度だった。
悠斗は凍り付いた。
そもそも、あの窓の外は1メートル以上の段差になっており、人が立てるはずもない。脚立もない。足場もない。
「……あれ、マジで見ちゃいました?」
翌朝、向井に話すと、彼はすぐに察したらしい。
「うーわ、やばいなあ。見ちゃったら、もう“向こう”からも見えてる」
「見えてるって、誰に?」
「向こうの人っすよ。窓の向こうにいるやつ。俺、先月見ちゃってさ……それから一週間、毎晩“夢”見てる」
「どんな夢?」
向井は口を閉ざした。
「……いや、やっぱやめときます。話すと、近くなるから」
それ以上聞いても、向井は絶対に話そうとしなかった。
その夜からだった。悠斗の夢に“窓”が出てくるようになったのは。
夢の中で、部屋にいる悠斗がふと振り返る。窓が開いている。誰かが立っている。
顔が、ない。
だが、目だけがある。目だけが、異様に白く光り、こちらをじっと見つめてくる。
そして、毎晩少しずつ、“それ”が近づいてきている。
最初は窓の外だったのに、次は窓の縁、次は半身が部屋の中……そして五日目の夢では、ベッドの脇に立っていた。
目が合った。
悠斗は悲鳴を上げて目を覚ました。
喉が、切れるほどに乾いていた。
【3】
翌日、悠斗は荷物をまとめ始めた。もうこの家にはいられない。住人たちは何も言わなかったが、彼の焦燥を黙って見守っているようだった。
その夜、最後の荷造りを終えて寝袋に入った悠斗は、なぜか眠りにつけなかった。いつもの“気配”は消えていた。むしろ、不自然なほど静かだった。
「……今夜は、出ない?」
そう思った瞬間だった。
窓が、ノックされた。
コン、コン、コン――規則正しく、まるでリズムを刻むように。冷たい汗が背を伝う。
息を殺し、目を閉じ、やり過ごそうとしたそのとき。
「みーてーるーよー」
声が聞こえた。女の声。枯れたような、息の混じった低い囁き。確かに、耳元で。
目を開けた。だがそこには誰もいなかった。
いや、“窓”が開いていた。
閉めたはずの窓が、開いていた。
悠斗は叫び声をあげて部屋を飛び出した。荷物も何も持たずに。
階段を駆け下りる途中、なぜか「自分の足音にもう一つ重なっている音」に気づいた。
それは、裸足の音だった。
ぺた、ぺた、ぺた。
追ってきていた。
【4】
翌朝、悠斗の姿はなかった。住人たちは何も聞かれなかったふりをした。
ただ、向井はしばらく部屋の掃除をしながら、悠斗の置いていったスマホを見つけたという。
画面には、カメラで撮影された動画があった。夜の部屋、そして窓を映したもの。
誰もいない……そう思われた瞬間、画面の隅に“目”だけが浮かび上がる。
真っ白な、光る目。
動画の最後、誰かが囁くようにこう言った。
「次は、あなた」
向井はそのスマホを、窓から遠く投げ捨てたという。
だが、数日後、向井の部屋の窓に、再び手形がついていた。
あの異様に長い指の、濡れたような手形。
窓は、今も、誰かを見つめている。
――あなたの部屋の、窓の外からも。
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