怪奇蒐集帳 続ノ篇(短編集)

naomikoryo

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03)湖底の手紙

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――助けて。まだ、ここにいる。

【1】
神奈川県某所、山あいにある人造湖・錫ヶ湖(すずがこ)。
その湖は、40年前のダム建設によって沈んだ旧集落「水無村」の跡地にできたとされ、今では観光客もほとんど訪れない“寂れた”場所になっていた。

その湖の周囲を整備し、キャンプ場をつくるという話が町議会で持ち上がったのは、2023年のこと。地域おこし協力隊として町に派遣された**知紘(ちひろ)**は、調査の一環として、湖底の地質調査と干上がった湖岸の記録を任されることになった。

その年の夏は異常な渇水が続き、錫ヶ湖の水位は著しく低下していた。通常なら完全に水没しているはずの湖底に、かつての道路や電柱の頭が姿を現し、湖底にはかつての家屋の基礎や、石垣の跡がちらちらと見えるようになっていた。

その中で、赤茶けたポストが見つかったのは、七月の終わりのことだった。

地面から傾いて突き出したそのポストは、昭和のものと思しきデザインで、土に半ば埋もれていた。表面は錆び、色も剥げ落ちていたが、かろうじて「水無村・集会所前」と書かれた銘板が読み取れた。

ポストの中には、手紙が一通だけ入っていた。

防水用のビニールに包まれていたその封筒には、こう書かれていた。

1984年6月28日
助けて。私たちはまだ、ここにいる。
高山ユイ(たかやま・ゆい)

「いたずらにしては、古すぎる…」と、知紘は思った。

奇妙だったのは――知紘の本名も「高山ユイ」だったことだ。

【2】
「……自分と同じ名前の手紙が40年前に?」

最初は偶然だと思った。よくある名字に、たまたま同じ名前の人がいたのだろう、と。

しかし、手紙の内容はそう簡単に済ませられるものではなかった。

封を開くと、中には日記のような文章が綴られていた。

今日は学校で「ダムに沈む」って先生が言った。
みんな笑ってたけど、私は怖い。
昨日の夜、夢を見た。水の底で、誰かが私を引っ張ってた。
お母さんの顔じゃなかった。目が黒くて、口が裂けて、ずっと「かわれ、かわれ」って言ってた。
私たち、ほんとは死んじゃいけなかったのかな。

最後に書かれていたのは、震えるような文字だった。

助けて。
この手紙が誰かに届いたら、必ず「祭壇の下」を掘ってください。
わたしたちは、まだここにいます。

「祭壇の下……?」

知紘はポストがあった場所の地形図を調べた。そこは旧・水無村の中心部、集会所兼“御霊堂”が建っていた場所だった。

その夜から、奇妙な夢を見るようになった。

夢の中で、水の中を歩いていた。重たい水圧が体を押し潰すようで、息ができず、苦しくて、でも歩き続けなければならなかった。

そして、水の中で手を伸ばすと、もう一つの自分がいた。

それは、知紘と全く同じ顔をしていた。
だが、目が真っ黒で、口元だけが笑っていた。

「かわって、かわって、ねえ、かわってよ」

その声で、目が覚める。

毎晩、同じ夢が続いた。

【3】
地元の古老に話を聞いたところ、こんな話が返ってきた。

「水無村は、ただ沈んだだけじゃねえよ。あそこは、“捧げられた村”なんだ」

「捧げられた?」

「あの年、水害が続いて、ダムを作る言い訳が欲しかったんだ。だからな、県も国もグルになって、村ごと“処理”した。正式には全員移住したことになっとるがな……」

「じゃあ、ほんとは――?」

「消されたんだよ。村人ごと」

その瞬間、知紘の背中に寒気が走った。

もしあのポストの手紙が本物なら――そこには、**殺された村人の“声”**が閉じ込められていたのではないか?

知紘は、御霊堂の跡地で“祭壇の下”を掘り返す決意をする。

夜、ひとりで、ライトとスコップを持って現場に向かった。

干上がった湖底は、泥に足を取られやすく、まともに歩ける場所ではなかった。だが、手紙に導かれるように、知紘は黙々と掘った。

やがて、金属音が鳴る。

何か、箱のようなものが埋まっていた。

泥をかき出し、引きずり出すと、それは鉄製の“奉納箱”だった。

蓋には錆びかけた文字が刻まれていた。

「封魂」

知紘は、箱を開けた。

その瞬間――中から水が吹き出した。

湖底のはずなのに、どこからともなく水が溢れ、あっという間に足元が水浸しになった。

中には何かがいた。

髪が伸びきり、全身泥に覆われた少女。目が真っ黒で、口元には微笑みを浮かべている。

そして、彼女が言った。

「あなたが来てくれて、よかった」

知紘の頭の中で、何かが“はじけた”。

それは、自分が知っているはずの“記憶”だったが、まるで別人のもののように、どんどん流れ込んでくる。

川のそばで遊んだ夏。祠の前で見た火。お母さんが泣きながら叫んだ「だめ!水神様は生きてる!」の声。

そうだ、私は――

「……ここで、死んだんだ」

高山ユイは、もともとここにいた。

そして知紘は、40年後に生まれ変わった、**“自分自身”の続きを見に来た存在だったのだ。

「これで、かわれる」

少女は、ゆっくりと、笑った。

そして――知紘の意識は、湖の底へ、底へ、底へと沈んでいった。

【4】
次の日、湖岸でひとつのポストが見つかった。再び水が戻りつつある湖底に、辛うじて顔を覗かせた赤い鉄のポスト。

中には、一通の手紙。

2024年8月2日
助けて。わたしはまだ、ここにいる。
高山ユイ

繰り返される記憶。終わらない“呼び声”。

そしてあなたがこの話をここまで読んでしまったということは――
その名前が、どこかで見覚えのあるものであったなら。

もしかすると、次にそのポストを見つけるのは、あなたかもしれない。

(完)

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