怪奇蒐集帳 続ノ篇(短編集)

naomikoryo

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10)さかさ地蔵

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――上を見上げた者は、順番に“下”へ向かう。

【1】里のはずれ
新潟県の山奥、かつて「逆谷(さかさだに)」と呼ばれていた地区がある。
今ではもう地図にも載らないが、戦後の高度成長期まで、20戸ほどの農家が暮らしていたという。

その集落のはずれに、小さな祠が建っていた。
祠の中には、赤い前掛けをつけた地蔵がひとつ、ひっそりと座していた。

ただし、その地蔵は――逆さまに立っていた。

頭が下、足が上。地蔵が“逆立ち”しているような奇妙な姿だった。

「なんでこんなふうに……?」

昭和40年代にこの集落を取材した民俗学者・**久納泰三(くのう・たいぞう)**は、当時の古老に聞き取りを行っている。

「こりゃ、災いを“下に流す”地蔵様でな……上を向いたら、災いがついてきてまう」
「だから夜には絶対見るなって、昔から言われとった」

「毎年、一人ずつ“引かれる”んさ……下さまの方へな……」

この話を録音していたテープは、会話の途中から雑音にまみれ、最後には「ずっと見てたらなァ、ずっと、向こうが見てくるんさ」と不明瞭な呟きが入って終わる。

これが“さかさ地蔵”の最初の記録だった。

【2】都市開発と祠の移設
時は流れて現代。

東京の大学に勤める民俗学研究者・**久納遥(くのう・はるか)**は、亡き祖父・泰三の資料を整理していた。

段ボールの中から出てきた一冊のノート。

表紙にはこう書かれていた。

「逆谷調査記録/要封印」

興味本位で読み進めた遥は、祖父が調査の途中で異常な幻視や耳鳴りに悩まされ、ついには**「地蔵が立ち上がった」**とまで書き残していたことに驚いた。

「なんだこれ、まるで呪いの記録じゃない……」

ちょうどその頃、都市開発によって逆谷地区の跡地がショッピングモールに変わるというニュースが報じられた。

遥はふと気になって調べた。

“地蔵の祠、モール敷地内の「慰霊広場」に移設される予定”

──あの“さかさ地蔵”が、都会のど真ん中に?

それは、災いの“封印”が解かれるという意味ではないのか。

遥はその“移設式”を取材するため、現地へ足を運んだ。

【3】見上げた女の子
移設式には、ほとんど人が集まっていなかった。
あくまで「文化財としての保存」という扱いであり、自治体も大々的に発表していない。

白いテントの下、雑に縄で括られた小さな祠。
その中に、あの逆立ちした地蔵が鎮座していた。

だが、遥はすぐに異変に気づく。

前掛けが上下逆ではない。

つまり、誰かが地蔵の向きを**“正しく戻してしまっている”**。

「あれ……さかさじゃ……ない……?」

そのとき、祠の前にいた小さな女の子が、じっと地蔵を見上げていた。

「だめっ!」

思わず遥が叫んだその瞬間、風が強く吹いた。

女の子の帽子が空へ舞い上がり、青空の向こうへと消えていく。

少女は、何かに引き込まれるようにしてその場に倒れた。

【4】下に行く者たち
その日を境に、妙な事故が相次いだ。

・ショッピングモールのエレベーターが突然、地下2階まで暴走する
・地下駐車場の天井から“足のようなもの”がぶら下がっていたという目撃証言
・店舗従業員の中から、「下へ行け」「地の方へ戻れ」と独り言を繰り返す者が出る

そしてついには、“祠を正位置に戻した作業員”が、地下3階の非常階段から落下死する事故が起きた。

監視カメラの映像には、階段の奥に向かって這っていく男の姿が残されていた。
両手両足を地につけた、“逆さ歩き”のような異様な動きだった。

【5】逆さ地蔵、立ち上がる
遥は再び祠を訪れた。

祠は慰霊広場の片隅に置かれ、訪れる人もほとんどいない。

だが、その中の地蔵が――逆立ちに戻っていた。

しかも、手の位置がわずかに変わっている。

以前は胸の前で合掌していたはずの手が、今は地面を押すようにしている。

「……立ち上がってる……?」

その瞬間、遥の足元が崩れた。

視界が天地逆転し、地面に吸い込まれるような感覚。

気づけば、地蔵と“同じ高さ”で向かい合っていた。

祠の中に、自分がいた。

そして、上を見上げると――地蔵の顔が、自分の顔になっていた。

【6】その後
久納遥はその日を最後に失踪した。

関係者は皆、彼女が事故に巻き込まれたと話しているが、遺体も足取りも見つかっていない。

ただ、彼女が最後に訪れた祠の前にだけ、不自然なものがあるという。

それは、小さな“足跡”だ。

逆さまの――頭から始まるような足跡が、地面に向かって続いている。

まるで誰かが、“下に向かって歩いていった”かのように。

祠の地蔵は、今も逆立ちしている。

**だが、日に日に少しずつ“立ち上がってきている”**という噂もある。

あなたがその地蔵を見上げたとき、ふと頭の中で声がしたなら。

「次は、あなたの番です」

上を見上げる者は、順番に“下”へ向かう。
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