怪奇蒐集帳 続ノ篇(短編集)

naomikoryo

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12)ノゾキ窓

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――その穴は、もともと“外から”のぞくためにあった。

【1】文化住宅の空室
不動産屋で働く**滝川知弥(たきがわ・ともや)**は、老朽化した物件の管理に悩まされていた。

その日案内されたのは、築65年になる木造二階建ての文化住宅。
都内の外れ、駅から徒歩12分。六世帯中、現在の入居者は一世帯のみ。

問題の部屋は201号室。
昭和の間取りそのままの和室に、小さな流し台と浴室。天井も低く、日当たりも悪い。

「まあ……住もうと思えば住めるか」

ひとりごちた瞬間、知弥はふと違和感を覚えた。

押し入れの襖に、**丸い“穴”**が空いていた。

直径は2センチほど。
のぞき穴のように見えるが、何かで削られたような不自然な形。

ふと目を近づけた瞬間――
向こうから、**“息を吹きかけられた”**ような温もりが、知弥の頬を撫でた。

【2】夜にだけ見えるもの
その夜、部屋を下見に来た客がいた。

学生風の女性。やや暗い雰囲気だったが、礼儀正しく、すぐに「ここに住みたい」と申し出た。

だが、翌朝。

不動産屋に彼女から連絡が入る。

「すみません……あの部屋、キャンセルします」

理由を聞くと、彼女はこう答えた。

「夜中に誰かが、**“押し入れの中からのぞいてた”**んです」

【3】知弥の夜
気になった知弥は、再び部屋を訪れた。

夜10時、懐中電灯片手に、201号室へ。

部屋は静まり返っていた。
だが、押し入れの穴の奥には、確かに**“光”がある。**

まるで、向こう側に部屋があり、誰かがライトでこちらを照らしているかのようだった。

「誰かいるのか……?」

穴に顔を近づけたとき、声がした。

「……そっちからも、見えてるの?」

知弥は飛び退いた。

もう一度覗くと、今度は穴の奥に**黒目がちな“人の目”**がこちらを見ていた。

しかもそれは、上下が逆だった。

【4】かつての住人
翌日、知弥は建物の元管理人から話を聞いた。

「ああ、201? あそこ、20年ぐらい誰も住んでなかったんだけどね……」
「最後に住んでたのは、30代の男。工場勤務だったけど、突然失踪してね」
「おかしなことがあったんだよ。あの部屋、なぜか押し入れの奥に“壁がもう一枚”あるって話でさ」
「中を壊そうとしたんだけど、**どうしても崩れなかったんだって。コンクリじゃなくて、何か……柔らかいっていうか……」
「それで穴を空けて覗いたって噂があってさ……そしたら、“自分が覗かれてた”って叫びながら、男は消えたの」

「それからあの部屋、誰も長く住まないんだよな」

【5】開けてはいけない奥
数日後、知弥は意を決して、押し入れの穴の奥を壊す決心をする。

壁を叩くと、確かに木材ではない“何か”が詰まっている感触。
乾いた布のような、いや、肌のような……?

ノコギリを入れると、中から柔らかい抵抗感が伝わってくる。

そして、一枚の板を外したとき。
そこには――人間の“背中”のようなものが丸まっていた。

壁ではない。
中には、誰かが、背中を向けて“中に詰まっていた”。

知弥が絶叫して後ずさると、それはぐにゃりとこちらを振り返った。

人間ではない。
目だけが異様に大きく、口元だけが笑っている。

そして、穴をのぞいたときと同じ目が、そこにあった。

【6】ノゾキ窓の仕組み
それは“中に住んでいる”のではなかった。
**「向こうの部屋にいる者が、“外をのぞいている”」**だけだった。

この文化住宅の押し入れの穴は、壁ではなく、**“結界”**のようなもの。

内と外を隔てていたものは、ただの視線だった。

知弥は逃げようとしたが、身体が動かない。
背中がしびれるように熱くなり、気づけば、穴の内側に引きずられていく。

「そっち、あったかいなあ……」

その声と共に、知弥の視界が反転した。

今、彼がいるのは**“中”**だ。
穴の外側から、“誰かが入ってこようとしている”。

彼は笑った。

「やっと、代わってくれるんだな」

【7】現在
現在、この物件の201号室は空室となっている。

だが、夜になると、隣室から押し入れの中をのぞく音が聞こえるという。

また、何人もの内見者がこう証言している。

「穴の奥に、誰かが“こっちを待ってる”ように見えました」

いったい、誰が、どちらをのぞいているのか。

いずれにせよ――一度“見たら”最後だ。

あなたの家の壁にも、小さな“穴”はありませんか?

その穴は、本当にあなたがのぞくためのものですか?
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