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32)閉店後の6階催事場
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――百貨店警備員の記録より
【1】“ラスト・フロア”
「──勤務記録、2023年12月22日。夜勤警備、篠田泰司(しのだ・たいじ)、午後10時より翌朝6時まで。異常なし、のはずだった」
記録音声を確認するように呟いた声が、暗い警備室に小さく響いた。
壁には白黒モニターが並び、百貨店内の売り場、通路、出入口、すべてが無音で映し出されている。
この百貨店《丸蓮(まるれん)百貨店》は、築50年以上の老舗だ。外観は石造り風の装飾、内装には昭和レトロが漂う。
売り場は地下1階から6階まで、最上階は催事場とイベントスペースになっており、現在は使用されていない。
そこに毎晩一人、警備員が詰めている。
この夜も、変わりない……はずだった。
だが、「6階」だけが違っていた。
「……誰だ、あれ?」
モニターに目を凝らした篠田は、画面の右端、ショーケースの並ぶ催事場の奥に、**“動く影”**を捉えた。
反射か? それとも、映像ノイズか?
篠田は立ち上がり、棚から懐中電灯を取り出した。
「確認に行ってくる」
老朽化したエレベーターはすでに停止時間。階段で上がるしかない。
靴音を抑えながら、重たい鉄の非常階段を5階、6階と登っていく。途中で窓はなく、天井の蛍光灯も1/3は点灯していない。
6階の鉄扉に手をかける。
重い音とともに開けた瞬間、ぬるりとした空気が顔を撫でた。
冷房も暖房も切れた空間。それでも「風のようなもの」が、どこかから吹き抜けていた。
【2】マネキンの島
6階催事場は、仮設ステージと仕切りで区切られた大広間だ。
床はじゅうたん、天井は低く、照明はところどころ蛍光灯が点滅している。常設されたガラスのショーケースや、セール用のワゴンが並び、その隙間に“展示用マネキン”たちが立っている。
女物のコートを着た白い顔のマネキン。目鼻はなく、口もない。
だが、**その“首の角度”**に、違和感があった。
「昨日まで、こっちを見てなかったよな……」
篠田は一歩踏み出す。
その瞬間、**カツッ……カツッ……**という、音が奥の方から聞こえた。
ヒールのような、しかし重たく濁った、人工的な足音。
手元の無線は沈黙している。店舗には他の警備員もいない。
篠田は咄嗟に、「催事場内、見回り中。6階にて音の確認、応答願う」とつぶやいたが、返事はなかった。
催事場の奥へ進む。
——そして、次の瞬間、展示マネキンの1体が、倒れていた。
首が90度近くねじれており、まるで「振り返ってこちらを見ようとしていた」ように。
そのとき、篠田は気づく。
マネキンの数が、1体増えている。
昨日の夜、彼は催事場に残っているマネキンを「5体」と記録していた。
だが今、倒れているものを含めて、6体いた。
おかしい。誰が持ち込んだ?
そして、その中の1体だけが、白衣のようなものを着ていた。
【3】エレベーターの“もう一つの階”
戻ろう。篠田はそう判断した。
一歩踏み出したそのとき——
「チーン……」
背後で、誰も使っていないはずのエレベーターの音が響いた。
6階に止まったはずのそれは、なぜか「階数表示」が点滅していた。
《7》
そんな階は、存在しない。
この百貨店に“7階”はない。屋上だ。アクセスすら遮断されている。
「エレベーターが……?」
篠田は、ゆっくりと催事場をあとにし、階段を下りた。警備室に戻ると、モニターの一つが、勝手に切り替わった。
6階の映像。
そこには、先ほどまで「いなかったはずの」女の姿が、マネキンたちの間に立っていた。
顔のないマネキンのような女。
白衣を着ていて、片手には何かを持っていた。……ハサミ?
そして、そのままモニターに向かって、一歩。
また一歩。
──近づいてきている。
そのとき、モニターがブラックアウトした。
【4】深夜2時、ナンバーが鳴る
午前2時。
警備室の端にある、インフォメーション用ナンバーコールシステムが作動した。
すでに廃止されているシステムのはず。
鳴るはずのない電子音が、沈黙を破った。
「ピンポーン。お客様、6階催事場までお越しください」
録音音声がそう告げる。女の声だ。
だが、その声は次第に変質し、ノイズ混じりにこう繰り返した。
「おかえりなさい……おかえりなさい……」
ぞっとした。
篠田は、全カメラを再確認した。
6階の催事場は、すべてのカメラが「無信号」で黒くなっている。
唯一、映っていたのは——エレベーター内部の映像。
そのカメラに、はっきりと、「後ろ向きで立つ女」が映っていた。
白衣、血まみれの脚、髪のない頭部。
その女が、ゆっくりと振り返りかけた瞬間——画面が真っ赤に染まり、音声が吹き飛んだ。
【5】そして、翌朝
朝6時。交代の警備員が来たとき、篠田は警備室で椅子に座ったまま動かなかった。
目を開いたまま、体は硬直し、心臓は止まっていた。
モニターはすべて正常だった。
ただ1点だけ、不可解なものがあった。
6階催事場の監視カメラの映像。
そこには、白いマネキンが1体、ポツンと立っていた。
その首には警備員用のネームプレートがかかっていた。
——篠田泰司、と書かれていた。
【1】“ラスト・フロア”
「──勤務記録、2023年12月22日。夜勤警備、篠田泰司(しのだ・たいじ)、午後10時より翌朝6時まで。異常なし、のはずだった」
記録音声を確認するように呟いた声が、暗い警備室に小さく響いた。
壁には白黒モニターが並び、百貨店内の売り場、通路、出入口、すべてが無音で映し出されている。
この百貨店《丸蓮(まるれん)百貨店》は、築50年以上の老舗だ。外観は石造り風の装飾、内装には昭和レトロが漂う。
売り場は地下1階から6階まで、最上階は催事場とイベントスペースになっており、現在は使用されていない。
そこに毎晩一人、警備員が詰めている。
この夜も、変わりない……はずだった。
だが、「6階」だけが違っていた。
「……誰だ、あれ?」
モニターに目を凝らした篠田は、画面の右端、ショーケースの並ぶ催事場の奥に、**“動く影”**を捉えた。
反射か? それとも、映像ノイズか?
篠田は立ち上がり、棚から懐中電灯を取り出した。
「確認に行ってくる」
老朽化したエレベーターはすでに停止時間。階段で上がるしかない。
靴音を抑えながら、重たい鉄の非常階段を5階、6階と登っていく。途中で窓はなく、天井の蛍光灯も1/3は点灯していない。
6階の鉄扉に手をかける。
重い音とともに開けた瞬間、ぬるりとした空気が顔を撫でた。
冷房も暖房も切れた空間。それでも「風のようなもの」が、どこかから吹き抜けていた。
【2】マネキンの島
6階催事場は、仮設ステージと仕切りで区切られた大広間だ。
床はじゅうたん、天井は低く、照明はところどころ蛍光灯が点滅している。常設されたガラスのショーケースや、セール用のワゴンが並び、その隙間に“展示用マネキン”たちが立っている。
女物のコートを着た白い顔のマネキン。目鼻はなく、口もない。
だが、**その“首の角度”**に、違和感があった。
「昨日まで、こっちを見てなかったよな……」
篠田は一歩踏み出す。
その瞬間、**カツッ……カツッ……**という、音が奥の方から聞こえた。
ヒールのような、しかし重たく濁った、人工的な足音。
手元の無線は沈黙している。店舗には他の警備員もいない。
篠田は咄嗟に、「催事場内、見回り中。6階にて音の確認、応答願う」とつぶやいたが、返事はなかった。
催事場の奥へ進む。
——そして、次の瞬間、展示マネキンの1体が、倒れていた。
首が90度近くねじれており、まるで「振り返ってこちらを見ようとしていた」ように。
そのとき、篠田は気づく。
マネキンの数が、1体増えている。
昨日の夜、彼は催事場に残っているマネキンを「5体」と記録していた。
だが今、倒れているものを含めて、6体いた。
おかしい。誰が持ち込んだ?
そして、その中の1体だけが、白衣のようなものを着ていた。
【3】エレベーターの“もう一つの階”
戻ろう。篠田はそう判断した。
一歩踏み出したそのとき——
「チーン……」
背後で、誰も使っていないはずのエレベーターの音が響いた。
6階に止まったはずのそれは、なぜか「階数表示」が点滅していた。
《7》
そんな階は、存在しない。
この百貨店に“7階”はない。屋上だ。アクセスすら遮断されている。
「エレベーターが……?」
篠田は、ゆっくりと催事場をあとにし、階段を下りた。警備室に戻ると、モニターの一つが、勝手に切り替わった。
6階の映像。
そこには、先ほどまで「いなかったはずの」女の姿が、マネキンたちの間に立っていた。
顔のないマネキンのような女。
白衣を着ていて、片手には何かを持っていた。……ハサミ?
そして、そのままモニターに向かって、一歩。
また一歩。
──近づいてきている。
そのとき、モニターがブラックアウトした。
【4】深夜2時、ナンバーが鳴る
午前2時。
警備室の端にある、インフォメーション用ナンバーコールシステムが作動した。
すでに廃止されているシステムのはず。
鳴るはずのない電子音が、沈黙を破った。
「ピンポーン。お客様、6階催事場までお越しください」
録音音声がそう告げる。女の声だ。
だが、その声は次第に変質し、ノイズ混じりにこう繰り返した。
「おかえりなさい……おかえりなさい……」
ぞっとした。
篠田は、全カメラを再確認した。
6階の催事場は、すべてのカメラが「無信号」で黒くなっている。
唯一、映っていたのは——エレベーター内部の映像。
そのカメラに、はっきりと、「後ろ向きで立つ女」が映っていた。
白衣、血まみれの脚、髪のない頭部。
その女が、ゆっくりと振り返りかけた瞬間——画面が真っ赤に染まり、音声が吹き飛んだ。
【5】そして、翌朝
朝6時。交代の警備員が来たとき、篠田は警備室で椅子に座ったまま動かなかった。
目を開いたまま、体は硬直し、心臓は止まっていた。
モニターはすべて正常だった。
ただ1点だけ、不可解なものがあった。
6階催事場の監視カメラの映像。
そこには、白いマネキンが1体、ポツンと立っていた。
その首には警備員用のネームプレートがかかっていた。
——篠田泰司、と書かれていた。
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