怪奇蒐集帳 続ノ篇(短編集)

naomikoryo

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31)廃病院のラストナンバー

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あの夜、俺たちは、“音”に触れてしまったんだ。

 高校の卒業を間近に控えた三月。受験も終わり、卒業式も済んだ春先のある夜、俺たち五人は、最後の「思い出作り」としてある場所に向かった。

 「旧・青谷総合病院跡地」——地元ではそこそこ有名な心霊スポットだ。

 廃墟好きのユウタが持ってきた話で、「夜になるとナースステーションのボタンが勝手に鳴る」とか、「エレベーターが動く」とか、そんなありふれた噂がSNSで流れていた。

 「ラストナンバーを押すと、呼んでないのに誰かが来るらしいぞ」

 その言葉が引き金になった。

 「怖いの無理」と言っていたカオリも、内心ノリ気のアキも、結局は来ていた。運転はケイスケ。俺は助手席でナビ役をしていた。

 廃病院は、街外れの山の中腹にあった。舗装されていない林道を登り切った先、木々の合間から、ひっそりと姿を現す。三階建ての白いコンクリートの建物。窓は割れ、外壁には苔が這い、看板は風で外れかけていた。

 「マジで雰囲気あるな……」と、誰かがぼそりと呟いた。

 懐中電灯の光だけを頼りに、俺たちは建物へと足を踏み入れた。


 中は、思っていた以上に静かだった。

 ペンキの剥げた壁、放置された車椅子、壊れた天井から吊り下がる配線。踏みしめる床板がミシミシと鳴るたび、誰かが小さく息を呑む。

 入口のすぐ近くに、受付とナースステーションがあった。

 そこには、壁に設置されたナースコールボタンの番号パネルが残っていた。

 病室の部屋番号に対応する番号が並んでいる。ボタンの隣には、薄く擦れたシールが貼ってあり、「303」「307」「311」などの番号がかすかに読み取れた。

 そして、一番下にだけ、手書きでこう書かれていた。

 「LAST」

 そのボタンだけ、赤黒い指紋が無数についていて、なぜか他よりも新しいように見えた。

 「これ……押すか?」と、ユウタが囁いた。

 「やめとこうよ……」とカオリが怯えた声を出すが、誰もそれを真剣に聞かなかった。

 「オレ、押すわ」

 そう言って、ケイスケが右手を伸ばす。

 ——カチ。

 “ラスト”のボタンを押した瞬間、**「……ピンポーン」**という、あまりにも生々しい電子音が、スピーカーから鳴り響いた。

 俺たちは一斉に硬直した。

 音は、ナースステーションの中から鳴った。スピーカーは動作しておらず、鳴っているのはその裏の、病院の奥だ。

 まるで、呼び出された者が、今こちらに向かっているかのように——。


 「……聞いたか、今の」

 「音したよな、奥から……!」

 アキが顔を引きつらせながらも興奮していた。

 「行ってみようぜ。せっかくだし」とユウタが言う。止める理由はなかった。怖さはある。でも、それ以上に“何かが起きる”期待の方が勝っていた。

 俺たちは2階、3階へと移動した。

 階段には埃が溜まり、窓から入る月明かりが、灰色のカーテンに似た影を作っていた。病室はどれも荒れていて、ベッドの上には落書きがあり、カルテの残骸が床に散らばっている。

 そして——

 「カツ、カツ……」

 誰かの、ナースシューズのような足音が、廊下の奥から近づいてきた。

 みんな、息をのんだ。

 足音はゆっくりと、だが確実にこちらに向かってくる。リズムは狂わず、廊下に響く。

 「やばいって、マジで……! 戻ろう!」とカオリが泣きそうな声で言った。

 「ちょ、待て……確認してから……」ユウタがそう言った瞬間、廊下の照明が、一瞬だけ、点いた。

 そして、次の瞬間には消えた。

 その“点いた一瞬”の中で、俺たちは**“人影”**を見た。白い服を着た女、長い髪、顔は見えなかった。

 それは——ナースの格好だった。


 そこからの記憶は曖昧だ。

 とにかく、全員が叫びながら逃げた。息が切れるほど階段を駆け下り、出口に殺到した。ケイスケの車に飛び乗り、山道を猛スピードで駆け下りる。

 途中、バックミラーに何か映ったような気がした。

 白い服、無表情の女。
 だが、気のせいだ。そうに違いない。

 家に帰ったのは深夜1時を過ぎていた。


 翌日、ユウタから連絡が来た。

 「ちょっと、見てほしいもんがある」

 LINEに送られてきたのは、あの夜の廊下の写真。ユウタが足音を聞いた直後、何気なく撮っていたらしい。

 それを見た瞬間、背筋が凍った。

 廊下の端に、点々と“赤い足跡”が続いていた。

 そしてその先、光の反射の中に、はっきりと“顔”があった。窓のガラスに映っていた。白い顔、黒い瞳、そして……口だけが、異様に裂けていた。

 俺は即、画像を削除した。


 その後、ケイスケが事故を起こした。

 車のブレーキが効かなくなり、電柱に激突した。奇跡的に命に別状はなかったが、本人はこう言っていた。

 「助手席に、誰か乗ってた。白い服着た……女」

 アキは突然引っ越し、連絡が取れなくなった。

 カオリは精神的に不安定になり、病院に通いはじめた。

 ユウタは、ある日突然、自分の部屋で首を吊っていた。


 今、俺の部屋にも、あのナースコールのボタンの音が鳴るようになった。

 「……ピンポーン……」

 深夜、決まって2時。音は部屋の奥、押し入れの中から聞こえる。

 あれから、病院には誰も近づかなくなった。

 でも、俺はわかっている。

 あの“LAST”のボタンは、単なるナースコールじゃなかった。

 呼び出したんじゃない。
 呼ばれたんだ。俺たちが——向こう側に。

 そしてその“順番”は、今も進行している。

 あと、残っているのは——

 俺だけだ。
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