自称25歳の女子高生

naomikoryo

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第二十六話「オーディションという戦場」

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秋の空はどこまでも高く、乾いた風が心地よかった。
けれど、紬の手のひらにはじんわりと汗が滲んでいた。

「……深呼吸、三回までならタダだからな?」

隣で歩いていた加納が、軽く笑いながらそう言う。

「それ、四回目から課金されるんですか?」

「うん、心拍数で徴収する」

「高すぎる……」

冗談を言い合いながらも、足取りは確かに重くなる。
着いたのは、渋谷にある小さなスタジオビル。
その一室に、今回のショートドラマのオーディション会場があった。

(ここが……“本物の戦場”)

これまでに立ったステージ――スポンサー企業の会議室、学校の体育館、文化祭、練習用のレッスンルーム。
どこも“誰かに見られる場所”だったけど、
役者として「選ばれるか、落ちるか」という場所は、これが初めてだ。

◆◇◆

中に入ると、すでに何人かの候補者が集まっていた。
その中には、SNSで見かけたことのある子もいたし、
雑誌で見たモデルもいた。

みんな、当たり前のように、
“そこにいる”ことに慣れている顔をしていた。

(……あの中に、混ざるの? 私が?)

視線が痛い。

自分が「場違い」なんじゃないかという思いが、じわじわと膝を重くする。

「――小森紬さんですね?」

呼びかけられたのは、受付にいた制作スタッフの女性だった。

「はい……」

「プロフィール、確認させていただきますね」

差し出された紙を見て、女性がふっと目を上げた。

「……自称、25歳?」

「はい。17歳ですけど、設定上は25歳です」

「……設定?」

「前世が25歳の女優だったので……」

「…………なるほど。わかりました。面白いですね」

にこっと笑ってはくれたけど、明らかに「変な子だな」という空気が流れる。

(やばい。滑った)

紬は自分の脳内で、(ツルッ……)という音まで再生していた。

控え室の椅子に座っていると、
目の前に座っていた女の子が話しかけてきた。

「あの、演劇、やってた人ですよね?」

「え?」

「文化祭の動画、見ました。
“自称25歳”の、あれ。あれ、好きです」

「あ……ありがとう」

その子は小さな声で付け加えた。

「わたしは、今15歳だけど……自称20歳なので。
 そういうの、ちょっと勇気出ます」

「……うん。仲間だね」

「はい」

たったそれだけの会話なのに、少しだけ呼吸がしやすくなった。

(……怖がってるの、私だけじゃないんだ)

◆◇◆

オーディションは、一人ずつ順番に呼ばれて進んでいく。
課題は、簡単なセリフを使った短い芝居と、自己紹介。

自分の前に呼ばれていく人たちの演技が、
壁一枚越しに、かすかに聞こえてくる。

怒鳴る声。泣き叫ぶ声。笑う声。

(みんな、上手い……)

どこか、演技が“訓練されたもの”だとわかる。
それが逆に、自分との差を意識させた。

(私の芝居って、“型”がない)

(言葉の“芯”だけで押してる)

(それが良いって言ってくれた人もいるけど――)

(この場では、逆に不利なのかもしれない)

名前を呼ばれたとき、足がほんの少しだけ震えた。

スタジオの中は、驚くほど静かだった。

テーブルの向こうに座っているのは、
制作会社のプロデューサーと演出家、そして脚本家。

カメラが一台。レンズが、じっと紬を見ていた。

「それでは、まず自己紹介をお願いします」

「……小森紬です。“自称25歳”の高校二年生です。
 演技をすることで、“今ここにいる”ということを誰かに伝えられたらと思っています」

演出家が小さく笑った。

「なるほど、やっぱり変わった子だ。いいね。
 じゃあ、用意していただいた台本で、お願いできますか」

課題のシーンは、「家族に本音をぶつける」場面だった。

家族に夢を反対されている高校生が、
それでも自分の気持ちを押し出してぶつかる。

(……これは、演じるんじゃない。思い出せばいい)

台詞を読む。

だけど、途中から言葉が止まらなくなる。

「……“夢なんかやめて、現実を見ろ”って言うけど――
 わたしは、その“夢”があったから、毎日を生きてこられたんです。
 明日も頑張ろうって思えるのは、夢があるからです。
 もしそれが“子どもの幻想”だって言うなら――
 わたしは、“幻想”の中でも本気で生きてみせます」

一瞬、空気が凍ったように静まり返る。

数秒の沈黙のあと、演出家が静かに頷いた。

「……ありがとう。
 “演技”というより、“言葉”でぶつかってくる芝居だったね」

「はい。演技は、まだ“学んでる途中”です。
 でも、自分の言葉として届けることは、今の私にもできると思ってます」

プロデューサーが、興味深そうにメモを取っていた。

「“育てたくなる子”だね」

「うん、“見たくなる子”だ」

カメラが止まり、オーディションは終了した。

けれど、紬の胸の中には、
これまでにない“生きた感覚”があった。

(……これが、“選ばれるかもしれない”っていう場所)

(この場に、私はちゃんと立ててた)

◆◇◆

帰り道、加納が隣でぽつりとつぶやいた。

「……まあ、ありゃ“型破り”って言うしかないな」

「え、ダメでした?」

「逆。演出家、かなり目が変わってた。
 “役を演じる”っていうより、“そのままで存在してる”ように見えたって。
 それって、なかなか出来ることじゃないんだよ」

紬は、はにかみながら言った。

「“自称25歳のくせに初オーディションで受かる”とか、さすがにおこがましいですからね」

「いやいや、今のは普通にプロの現場でも通用する出来だったと思うぞ。
 っていうか、もう“自称”いらなくない?」

「いえ。そこは絶対譲れません」

「頑固すぎだろ」

◆◇◆

その夜、紬は久しぶりにページをまたいでノートを書いた。

「今日は、“選ばれるかもしれない場所”に立った。
誰かと比べたくなる気持ちは消えないけど、
それよりも、“今の自分を全部出した”ことが、誇らしかった。

前世の結が見てた景色に、ようやく一歩、近づけた気がする。

でも私は、“小森紬”として、その道を歩いていく。
自称25歳として、今を生きるために。」
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