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第二十一話「赤と白の宴」
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秋の半ば、白河院の御所にて、特別な詠歌会が催された。
題は「紅と白」。
表向きは、季節の移ろいにちなみ「赤と白の花」「夕紅葉と初霜」を歌う趣向ということになっていたが、
御所の者なら誰もが知っていた。
――これは、紅の衣をまとう高子に対して、院が「白」という対を宛てがった詩的な儀式であると。
「姫様、“紅の象徴”として、皆様の目が集まります」
と、いとはいつも以上に慎重な声音で言った。
「でもそれは、褒めるためではなく、“重ねて見比べるため”ですね」
「はい。……姫様を“色”として固定し、
その“対の色”を立たせようとする思惑がございます」
「わたしを“紅”に閉じ込めて、“白”に映えさせる。――見え透いているわ」
高子は微かに笑った。
「でも、それならそれで、“紅”がどう咲くかを見せて差し上げましょう」
その宴に招かれた「白」は――**藤原清子(きよこ)**という若い女房だった。
まだ十八ほど。
白を基調とした装束に、香も色を抑えた淡い菊花の香。
涼やかな顔立ち、けれど瞳には芯の強さがあった。
清子は、白河院の遠縁にあたる家筋の娘であり、和歌の才を認められて最近御所に上がったばかり。
「藤原高子様の歌を日頃より学ばせていただいております」
そう挨拶した声は、よく通るが、どこか冷たさを帯びていた。
まるで、「憧れ」ではなく、「分析対象」を前にしているような目だった。
詠歌会が始まった。
題一:「紅の花に寄せて」
清子の一首:
ひとしれず さきてはうつる 花の紅
わが衣には しるしも残らず
清らかでありながら、どこか“紅”を儚く、伝わらぬものとして詠んでいた。
そしてそれが、自身の“白”を保つ形で提示されている。
(――意図がはっきりしている)
高子は内心で思った。
自らは紅に染まらず、ただその美しさを“通り過ぎた風”のように表現する。
まるで、高子のように「紅を身にまとった者」の“熱”や“濃さ”を遠ざけているような歌。
それに対し、高子はすっと立ち上がると、ためらいなく詠んだ。
うつろへば ことばのいろも 紅にそむ
咲きし記憶を きざむは誰か
これは、自らの紅が「染まったもの」であることを認めたうえで、
その記憶こそが**“ことば”として残るのだ**という、自信と覚悟をこめた一首。
会の空気がわずかに震えた。
白河院がうなずく。
「……記憶にきざまれた紅。よいな。
風に散っても、そのいろが消えぬというのは、強き詞ぞ」
清子は、わずかに視線を伏せた。
その表情は読みづらかったが、確かに、何かを感じ取っていた。
題二:「白露の夜に寄せて」
清子の一首:
こほりたる ことばはわれに しみもせず
ただ白露に うつる月影
(“凍った言葉”……)
これは明らかに、「熱を帯びた言葉」への反論だった。
言葉は冷たく、距離を持っていればこそ美しい――そんな価値観。
だが高子は、それに抗うことなく、やはり正面から詠んだ。
ぬばたまの 夜をぬらして 露となり
こゝろのうちに 月をたぐふも
「露に映る月」と対を成す形で、**“心の内に宿す月”**を詠む。
外から見える清さではなく、内から灯す静けさ。
“白”とは対照的な“内なる光”で応えたその一首は、
むしろ白の清さを抱きしめたうえで、それを包むようにして詠まれていた。
宴の場に、微かな沈黙が落ちた。
それは言葉を探す静けさ。
そして――敗北を自覚する者の、誠実な沈黙。
清子は、膝を折り、言った。
「わたくしにはまだ、“白”しか知りません。
けれど、“紅を抱く白”を、初めて美しいと感じました」
高子は、優しく微笑んで言った。
「白は、光を返す色。
ならば、どんな色を受けるかを選べるのは……あなたの強さです」
その夜、宴が終わったあと。
白河院は控えの間で高子にだけ声をかけた。
「紅と白、互いに照らし合って、美しかった」
「ありがとうございます」
「……お前は、誰が相手でも、正面から詠むな」
「それしか、できませんので」
「それが“詠う者の誇り”ということか」
「はい」
院は小さく笑い、部屋を下がった。
夜更け、いとがそっと言った。
「清子様は、今日の歌で“敵”ではなくなった気がしますね」
「ええ。
詠むことで理解しあえるなら、どんな違いも“詞のかたち”になるのね」
高子は、最後に一首、静かに書き記した。
いろといろ まじはるときの ひとしずく
ことばのなかに ふかきやさしさ
赤と白は対立ではなく、交わることで、より豊かな色を生む。
そしてその交わりを見せるのが、詠う者の役目。
それが、この宴の本当の意味だったのかもしれない。
(続く)
題は「紅と白」。
表向きは、季節の移ろいにちなみ「赤と白の花」「夕紅葉と初霜」を歌う趣向ということになっていたが、
御所の者なら誰もが知っていた。
――これは、紅の衣をまとう高子に対して、院が「白」という対を宛てがった詩的な儀式であると。
「姫様、“紅の象徴”として、皆様の目が集まります」
と、いとはいつも以上に慎重な声音で言った。
「でもそれは、褒めるためではなく、“重ねて見比べるため”ですね」
「はい。……姫様を“色”として固定し、
その“対の色”を立たせようとする思惑がございます」
「わたしを“紅”に閉じ込めて、“白”に映えさせる。――見え透いているわ」
高子は微かに笑った。
「でも、それならそれで、“紅”がどう咲くかを見せて差し上げましょう」
その宴に招かれた「白」は――**藤原清子(きよこ)**という若い女房だった。
まだ十八ほど。
白を基調とした装束に、香も色を抑えた淡い菊花の香。
涼やかな顔立ち、けれど瞳には芯の強さがあった。
清子は、白河院の遠縁にあたる家筋の娘であり、和歌の才を認められて最近御所に上がったばかり。
「藤原高子様の歌を日頃より学ばせていただいております」
そう挨拶した声は、よく通るが、どこか冷たさを帯びていた。
まるで、「憧れ」ではなく、「分析対象」を前にしているような目だった。
詠歌会が始まった。
題一:「紅の花に寄せて」
清子の一首:
ひとしれず さきてはうつる 花の紅
わが衣には しるしも残らず
清らかでありながら、どこか“紅”を儚く、伝わらぬものとして詠んでいた。
そしてそれが、自身の“白”を保つ形で提示されている。
(――意図がはっきりしている)
高子は内心で思った。
自らは紅に染まらず、ただその美しさを“通り過ぎた風”のように表現する。
まるで、高子のように「紅を身にまとった者」の“熱”や“濃さ”を遠ざけているような歌。
それに対し、高子はすっと立ち上がると、ためらいなく詠んだ。
うつろへば ことばのいろも 紅にそむ
咲きし記憶を きざむは誰か
これは、自らの紅が「染まったもの」であることを認めたうえで、
その記憶こそが**“ことば”として残るのだ**という、自信と覚悟をこめた一首。
会の空気がわずかに震えた。
白河院がうなずく。
「……記憶にきざまれた紅。よいな。
風に散っても、そのいろが消えぬというのは、強き詞ぞ」
清子は、わずかに視線を伏せた。
その表情は読みづらかったが、確かに、何かを感じ取っていた。
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こほりたる ことばはわれに しみもせず
ただ白露に うつる月影
(“凍った言葉”……)
これは明らかに、「熱を帯びた言葉」への反論だった。
言葉は冷たく、距離を持っていればこそ美しい――そんな価値観。
だが高子は、それに抗うことなく、やはり正面から詠んだ。
ぬばたまの 夜をぬらして 露となり
こゝろのうちに 月をたぐふも
「露に映る月」と対を成す形で、**“心の内に宿す月”**を詠む。
外から見える清さではなく、内から灯す静けさ。
“白”とは対照的な“内なる光”で応えたその一首は、
むしろ白の清さを抱きしめたうえで、それを包むようにして詠まれていた。
宴の場に、微かな沈黙が落ちた。
それは言葉を探す静けさ。
そして――敗北を自覚する者の、誠実な沈黙。
清子は、膝を折り、言った。
「わたくしにはまだ、“白”しか知りません。
けれど、“紅を抱く白”を、初めて美しいと感じました」
高子は、優しく微笑んで言った。
「白は、光を返す色。
ならば、どんな色を受けるかを選べるのは……あなたの強さです」
その夜、宴が終わったあと。
白河院は控えの間で高子にだけ声をかけた。
「紅と白、互いに照らし合って、美しかった」
「ありがとうございます」
「……お前は、誰が相手でも、正面から詠むな」
「それしか、できませんので」
「それが“詠う者の誇り”ということか」
「はい」
院は小さく笑い、部屋を下がった。
夜更け、いとがそっと言った。
「清子様は、今日の歌で“敵”ではなくなった気がしますね」
「ええ。
詠むことで理解しあえるなら、どんな違いも“詞のかたち”になるのね」
高子は、最後に一首、静かに書き記した。
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それが、この宴の本当の意味だったのかもしれない。
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