唐紅の風 ~平安の女流歌人の一生

naomikoryo

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第二十四話「言の葉の結び」

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冬が深まった。
朝の空気は白く、庭の石も葉も霜に包まれ、風の音が紙のように乾いていた。

その日、高子は白河院の使者から、密かに呼び出しを受けた。
「今宵、院より“詞を越える結び”について、話がある」と。

――詞を越える結び。

それが何を意味するか、言葉にされずともわかっていた。

いとは何も言わなかった。
ただ、装束の色を選ぶとき、紅の中でもとくに深紅を差し出してきた。

「この色は、退けがたい意志を表します」

とだけ告げて。

 

夜。
白河院の私室に通された高子は、庭先に張られた氷灯籠の光に照らされていた。

灯に溶けるような香のなか、白河院は硯に筆を浸しながら、口を開いた。

「……お前の詞は、もはや“都の色”になった。
誰が詠むより、誰が引くより――
お前の詞が置かれるだけで、人は意味を読む」

高子は黙って聞いていた。
院の声には、感情よりも「判断」が混ざっていた。

「ゆえに、ここで“結び”を与える」

「……結び?」

「我が“女”として、名を与え、地位を与えよう。
詞を生かし、守るためには、それが最もよい形だ」

高子は、膝を折ったまま顔を伏せた。

静かな帳の内側で、血のような沈黙が広がった。

「……わたしの詞を、生かすために、女になる。
その代わりに、“わたしの詞が、わたしだけのものではなくなる”可能性は?」

「無論、あろう。
だが、“結び”というのはそういうものだ。
己を分け与えること。
“高子”は、これから都にとっての女になる」

“わたしが、都の女になる”。

それは、己の詞が、常に「誰かのために使われる」という定めを引き受けるということ。

だが。

高子は、ゆっくりと口を開いた。

 

「――詞を詠むことと、身体を渡すことは、似ているようで違います。
詞は、心の奥を渡す。けれど、それは望んで渡すものです。
わたしは、まだその覚悟ができておりません」

 

院は黙した。
その沈黙は、拒絶ではない。
ただ、高子のことばを受け止める時間だった。

「……ならば、どうする」

「このまま、“詞の女”として、御所に残らせていただきたい。
女としてではなく、“ことばの結び”として」

「……答えは、変わらぬな」

「はい」

「ならば、そのことばで、わしを納得させてみよ」

高子は、用意してきたように、一首を詠んだ。

 

わが詞 むすぶとすれば いのちなり
よのつながりに くさびはおかず

 

――わたしの詞を、むすぶのは“命”であって、
“世の結び”ではありません。

院はしばらく黙していた。
やがて、小さく笑った。

「……ならば、“ことばの結び”をわしも受け入れよう。
それが、お前という女の生き方か」

「はい」

「だが、その生き方には、“守り”が必要だ。
お前は、すでに多くの者の目にさらされている。
その目から、お前の詞を守る“結界”が要る。
……それが、“わしの傍にいる”ということだ」

高子は、頭を下げた。

「詞を守っていただけるのなら――
それは、わたしにとって、最もありがたい“庇護”です」

 

その夜、高子は部屋に戻ると、いとの前で、静かに座り込んだ。

いとは茶を淹れながら、ぽつりと言った。

「姫様。……ご自分のまま、残りましたね」

「ええ。でも、残るために、“差し出さなかった”ものがある」

「それは、罪でしょうか」

「……いいえ。
それは、これから“詞として結ぶ”ものです」

 

その夜、高子は、ただひとりの自分に向けて、一首を記した。

 

ことの葉を むすぶつばさの あかきいろ
そらにたちても かげはまもらむ

 

詞は、結びであり、翼であり。
空を飛ぶ者が、影を残すように、
高子は今、己の詞で、己を守る決意をした。

それが、誰にも背かぬ結び。
どこにも媚びぬ結び。

――言の葉の結び。

 

(続く)
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