怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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19)消えた海岸の足跡(鹿児島県)

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鹿児島県の海沿いには、決して一人で歩いてはいけない海岸があるという。
 その場所は観光地にもなっておらず、地元の人々すら近づかない。

 なぜなら、そこでは**「歩いたはずの足跡が、次の瞬間消える」**という怪奇現象が起こるからだ。

 私は、全国の都市伝説を取材するライターをしている。
 ある日、鹿児島県の離島で奇妙な噂を聞いた。

 「お前、**“カタルシの浜”**って知ってるか?」

 島の居酒屋で、一人の老人が私に話しかけてきた。

 「カタルシの浜?」

 「ここから船で30分ほど行ったところにある無人島の浜辺のことだよ。
 あそこでは、絶対に一人で歩いちゃならん」

 「どうしてです?」

 「……足跡が消えるんだ」

 私は耳を疑った。

 「波が消すんじゃなく?」

 「違う。砂に刻まれた足跡が、次の瞬間、何の痕跡もなく消えてしまうんだ」

 老人は、酒をすすりながら続けた。

 「昔な、あの浜である一家が消えたんだよ。それ以来、誰も近づかなくなった」

 私は、この話に興味を抱いた。

 消える足跡、一家の失踪……何かの怪奇現象なのか?

 私は、翌日、その浜へ行くことを決めた。

***********************************

 私は、地元の漁師に頼んで、無人島へ渡った。

 浜辺は、見たところ何の変哲もない静かな海岸だった。

 白い砂浜が広がり、遠くには青い海が広がっている。

 「本当に何かがあるのか……?」

 私は、試しに砂の上を歩いてみた。

 そして、数メートル進んだところで振り返った。

 その瞬間、私は息を呑んだ。

 私の足跡が、一つも残っていなかったのだ。

 確かに私は、ここを歩いた。

 しかし、砂には何の跡も残っていない。

 私は、少し冷静になり、もう一度足を踏みしめた。

 深く、しっかりと跡が残るように。

 そして、目を離さずにじっと見つめた。

 すると——

 足跡が、砂の中にゆっくりと沈んでいくのが見えた。

 「……なんだ、これ……?」

 まるで、何かが下から足跡を押し潰すように、消えていく。

 それは波のせいではない。

 この砂自体が、人を飲み込んでいる。

 私は恐怖を覚えた。

 しかし、好奇心に負け、浜の奥へと進んでしまった。

 浜辺の奥には、古びた祠があった。

 石で作られた小さな祠は、潮風にさらされ、苔むしていた。

 私は、恐る恐る近づいた。

 そして、その扉をそっと開けた。

 その中には——

 無数の手形があった。

 真っ黒な手形が、祠の内部にびっしりと刻まれている。

 「……何だ、これは……?」

 その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜けた。

 そして——

 耳元で、かすかな囁きが聞こえた。

 「……ここから、出られないよ」

 私は、全力で浜辺を駆け戻った。

 だが、足が重い。

 砂が、私の足を掴んでいるのだ。

 「やばい……!」

 私は、なんとか足を引き抜き、転びながらも浜を走った。

 そして、やっとの思いで波打ち際までたどり着いた。

 私は、振り返った。

 すると——

 自分の足跡だけが、砂の中へ沈んでいくのが見えた。

 そして、それはまるで“人の形”になっていった。

 砂の中から、無数の手が伸びている——

 まるで、誰かが私を引きずり込もうとしているかのように。

 私は、震える手でスマホを取り出し、急いで漁師に連絡した。

 「……すぐに迎えに来てください!!」

 しばらくして、小さな船が浜へ戻ってきた。

 漁師は私の顔を見て、険しい顔をした。

 「……お前、何か見たな?」

 私は頷いた。

 そして、足跡が消える瞬間を見たことを話すと、漁師は静かにこう言った。

 「やっぱりな。あの浜の砂はな、昔、消えた一家を飲み込んだ砂なんだよ」

***********************************

 村の記録によると、昔、この島にはある一家が住んでいたらしい。

 ある夜、家族全員が忽然と姿を消した。

 翌朝、村人たちは浜を探したが、何の痕跡もなかった。

 ただ、浜の砂の中に無数の足跡だけが、沈んでいくのを見たという。

 それ以来、この浜は**「カタルシの浜」**と呼ばれ、誰も近づかなくなった。

 私は、すぐに鹿児島を離れた。

 だが、それで終わりではなかった。

 数日後、私はふと玄関の砂に気がついた。

 なぜか、私の部屋の中に、あの浜の砂が入り込んでいたのだ。

 私は、足元を見た。

 そこには、自分の足跡があった。

 そして、それは——

 ゆっくりと、消えていった。

 「カタルシ」とは、一説には古い方言で「清める」「浄化する」という意味を持つと言われている。
 しかし、別の説では、それは“存在を消し去る”ことを意味するとも言われている。

 実際、この浜にまつわる伝承には、次のような恐ろしい話が残されている。

 「ある者がこの浜を歩くと、足跡が残らない」
 「過去にこの浜を訪れた者の記録が、なぜか誰の記憶にも残っていない」
 「消えた者の名前を呼ぶと、次はお前が引きずり込まれる」

 まるで、この浜が「何かを呑み込み、消し去るための場所」であるかのように——。

 もし、鹿児島の海岸で**「カタルシの浜」**という名を聞いたら——

 決して、近づいてはいけない。

 なぜなら、あの浜の砂は今も誰かを待っている。

 あなたの足跡を——

 消すために。
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