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第6話:25体目の実験体
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金属配管の中は、異様な静けさに包まれていた。
外から漏れる振動音もなければ、AIによるアナウンスも聞こえない。
ただ、自身の心臓の音だけが、体内から鳴り響いていた。
「暗っ……いや、マジで、これ配管か? 配管のくせに広すぎんだろ。もはや地下神殿じゃねぇか……」
リオは小型ライトを口にくわえ、手と足を使って這うように前進していた。
壁面には冷却液の結晶が張り付き、触れると一瞬で皮膚が痺れる。
ナノ冷却材――この施設における神経制御用の補助物質だ。
「チップ、確かに持ってる。バックアップもよし。道順も、記憶してる……けど、」
彼は一度立ち止まり、天井を仰ぐ。
「……なにかが変だ。セラが言ってた経路、ここで分岐はなかったはずだろ」
そこにあったのは、見たことのない扉だった。
錆び付き、警告灯も消え、誰にも開かれた形跡がない“死んだ区画”。
だが、扉の中心には見慣れた印字が浮かび上がっていた。
《25》
「……“25”……?」
背中に氷のつららを突き刺されたような感覚。
どこかで、その名を聞いたことがある。いや、それ以上に――知っていた。
「まさか……ここが、“そいつ”の場所か……?」
意識とは裏腹に、手が扉に触れていた。
機械的なスキャン音と共に、ゆっくりと扉が開く。
中は、真っ白だった。
どこまでも白い。
天井、床、壁――全てが発光素材で構成され、陰影すらない空間。
浮遊する粒子が空気中を漂い、まるで無重力空間に浮かぶ雪のようだった。
「……誰か、いるのか……?」
声が響かない。
いや、反響すら存在しない空間。
そのとき、目の前に“それ”は立っていた。
人のようで、人ではない。
少年のようで、少女のようで――性別という概念自体が当てはまらない。
中性的な顔立ち。
銀色の髪。
虹色に揺れる瞳。
そして、まるで重力の影響を受けていないかのように、ふわりと空間に佇んでいる。
「……君が、“25”か?」
返答はなかった。
ただ、心の中に直接、声が届いた。
(やっと、来たね。……リオ=アーク)
リオの喉がひくついた。
「なんで……俺の名前を……!?」
(君は“門”を開いた。だからここに来た。そうプログラムされている)
「プログラム……?」
(この施設全体は、“人類の再設計”を目的としている。選ばれた者は、選び直される。選べなかった者は、選ばれたことすら知らない)
「……何言ってんだよ。誰がそんなことを決めた!?」
(“人間”がだよ)
リオは言葉を失った。
“25”の声は、まるで機械のようでありながら、悲しみのような何かも孕んでいた。
(君も、“選ばれた側”だった。けれど――君は、拒絶した。自分で、選ぶことを選んだ)
リオの記憶が、またぶれる。
誰かの声。
白い部屋。
赤い液体。
「選べ、リオ。人間のまま朽ちるか、“進化”するか――」
「やめろ……やめろよ……っ!」
拳を握る。
思わず叫ぶ。
「俺は……俺は人間だ! 進化とか、選別とか、そんなもんに……俺は、俺自身で在りたいだけだ!!」
“25”の表情が、かすかに緩む。
(だから、君はここまで来られた。私のところまで)
「……お前は、一体なんなんだ。どうしてここに……」
(私は、“25”。最も成功した被験体。けれど、その成功が意味するのは――終わりだ)
「終わり……?」
(私は人間ではない。記憶はある。知識も、感情も、痛みも。けれど――魂がない。私は、君たちを壊す側に生まれた)
リオは、背筋が凍るのを感じた。
“25”の言葉には、感情が込められていない。だが、その無感情さこそが、最大の恐怖だった。
(君がチップを挿せば、システム・アルマは一時的に機能を停止する。けれど、完全な崩壊には至らない。私が、生きている限り)
「……お前は、それを望んでるのか?」
(分からない。ただ、私が見てきたのは――希望が何度も裏切られ、選択が何度も失敗してきた未来)
“25”は、リオに近づく。
その瞳に、何かが宿る。
(君がまた裏切るか、それとも希望を信じるか――私は、見届けたい。だから、“生きろ”)
「……!」
(これは命令じゃない。願いだ。君は、君でいて)
一瞬、“25”の手がリオの胸に触れた。
その瞬間、リオの視界が閃光に包まれる。
大量の記憶、断片、声、色、数式、名前、絶望、微笑み――
そして、意識が戻ったとき、リオは配管の通路に倒れていた。
「ッ……は、あ……夢……じゃ、ねぇな」
ポケットの中、チップはまだ無事だった。
だが、心の中には、確かに刻まれていた。
「お前が“終わり”なら、俺は“始まり”を信じてやる……!」
そう呟くと、リオは立ち上がり、中枢コンソールへの道を再び歩き始めた。
外から漏れる振動音もなければ、AIによるアナウンスも聞こえない。
ただ、自身の心臓の音だけが、体内から鳴り響いていた。
「暗っ……いや、マジで、これ配管か? 配管のくせに広すぎんだろ。もはや地下神殿じゃねぇか……」
リオは小型ライトを口にくわえ、手と足を使って這うように前進していた。
壁面には冷却液の結晶が張り付き、触れると一瞬で皮膚が痺れる。
ナノ冷却材――この施設における神経制御用の補助物質だ。
「チップ、確かに持ってる。バックアップもよし。道順も、記憶してる……けど、」
彼は一度立ち止まり、天井を仰ぐ。
「……なにかが変だ。セラが言ってた経路、ここで分岐はなかったはずだろ」
そこにあったのは、見たことのない扉だった。
錆び付き、警告灯も消え、誰にも開かれた形跡がない“死んだ区画”。
だが、扉の中心には見慣れた印字が浮かび上がっていた。
《25》
「……“25”……?」
背中に氷のつららを突き刺されたような感覚。
どこかで、その名を聞いたことがある。いや、それ以上に――知っていた。
「まさか……ここが、“そいつ”の場所か……?」
意識とは裏腹に、手が扉に触れていた。
機械的なスキャン音と共に、ゆっくりと扉が開く。
中は、真っ白だった。
どこまでも白い。
天井、床、壁――全てが発光素材で構成され、陰影すらない空間。
浮遊する粒子が空気中を漂い、まるで無重力空間に浮かぶ雪のようだった。
「……誰か、いるのか……?」
声が響かない。
いや、反響すら存在しない空間。
そのとき、目の前に“それ”は立っていた。
人のようで、人ではない。
少年のようで、少女のようで――性別という概念自体が当てはまらない。
中性的な顔立ち。
銀色の髪。
虹色に揺れる瞳。
そして、まるで重力の影響を受けていないかのように、ふわりと空間に佇んでいる。
「……君が、“25”か?」
返答はなかった。
ただ、心の中に直接、声が届いた。
(やっと、来たね。……リオ=アーク)
リオの喉がひくついた。
「なんで……俺の名前を……!?」
(君は“門”を開いた。だからここに来た。そうプログラムされている)
「プログラム……?」
(この施設全体は、“人類の再設計”を目的としている。選ばれた者は、選び直される。選べなかった者は、選ばれたことすら知らない)
「……何言ってんだよ。誰がそんなことを決めた!?」
(“人間”がだよ)
リオは言葉を失った。
“25”の声は、まるで機械のようでありながら、悲しみのような何かも孕んでいた。
(君も、“選ばれた側”だった。けれど――君は、拒絶した。自分で、選ぶことを選んだ)
リオの記憶が、またぶれる。
誰かの声。
白い部屋。
赤い液体。
「選べ、リオ。人間のまま朽ちるか、“進化”するか――」
「やめろ……やめろよ……っ!」
拳を握る。
思わず叫ぶ。
「俺は……俺は人間だ! 進化とか、選別とか、そんなもんに……俺は、俺自身で在りたいだけだ!!」
“25”の表情が、かすかに緩む。
(だから、君はここまで来られた。私のところまで)
「……お前は、一体なんなんだ。どうしてここに……」
(私は、“25”。最も成功した被験体。けれど、その成功が意味するのは――終わりだ)
「終わり……?」
(私は人間ではない。記憶はある。知識も、感情も、痛みも。けれど――魂がない。私は、君たちを壊す側に生まれた)
リオは、背筋が凍るのを感じた。
“25”の言葉には、感情が込められていない。だが、その無感情さこそが、最大の恐怖だった。
(君がチップを挿せば、システム・アルマは一時的に機能を停止する。けれど、完全な崩壊には至らない。私が、生きている限り)
「……お前は、それを望んでるのか?」
(分からない。ただ、私が見てきたのは――希望が何度も裏切られ、選択が何度も失敗してきた未来)
“25”は、リオに近づく。
その瞳に、何かが宿る。
(君がまた裏切るか、それとも希望を信じるか――私は、見届けたい。だから、“生きろ”)
「……!」
(これは命令じゃない。願いだ。君は、君でいて)
一瞬、“25”の手がリオの胸に触れた。
その瞬間、リオの視界が閃光に包まれる。
大量の記憶、断片、声、色、数式、名前、絶望、微笑み――
そして、意識が戻ったとき、リオは配管の通路に倒れていた。
「ッ……は、あ……夢……じゃ、ねぇな」
ポケットの中、チップはまだ無事だった。
だが、心の中には、確かに刻まれていた。
「お前が“終わり”なら、俺は“始まり”を信じてやる……!」
そう呟くと、リオは立ち上がり、中枢コンソールへの道を再び歩き始めた。
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