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第23話『ポストに届いた猫缶と、ことりの夜』
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その夜、ことりは自分の部屋で、いつものように机に向かっていた。
部屋の明かりはやや暗め。
手元に置かれた文庫本――ページをめくっては止まり、
また、めくっては止まる。
気づけば、まったく内容が頭に入ってこない。
「……チャトラ、どこに行ったんだろう」
呟いて、自分でも驚いた。
声が少しだけ、震えていたから。
チャトラは、ことりにとって**“町の猫”**である以上に、
“ひとりじゃない”ことの象徴だった。
誰かと喋るのが苦手なことりが、最初に心を許した相手。
毎日、学校の帰り道に見かけて、ちょっとだけ微笑む。
そんな、ことりだけの“ひそかな日課”。
そのチャトラが――いない。
思い出すのは、今日のこと。
「名探偵マコトが解決してみせる!!」
あの声。あの目。あの意味わからないテンション。
バカみたいにまっすぐで、
どこか恥ずかしくて、
だけど――すごく、あたたかかった。
(……やっぱり、すごいな)
ことりは机の上に広げた、小さなノートに目をやる。
それは、「怪盗L」の事件以降、こっそり使い始めた“記録帳”。
マコトの推理、動き、セリフ、行動。
見てて面白かったものだけ、こっそり書き留めている。
表紙には小さく書いてある。
《名探偵観察日誌》
(……うわ、やっぱ変なやつだな私)
自分で書いておいて、ちょっと頬を赤くする。
ふと、母の声が玄関のほうから聞こえた。
「ことりー、ポストに何か入ってたわよー!」
「えっ……?」
ことりは立ち上がり、玄関に向かう。
そこには――
一通の封筒と、猫缶。
缶のラベルには、チャトラがよく食べていたメーカーのロゴ。
震える手で、ことりは手紙を開いた。
『チャトラは無事です。少しの間だけ預からせてください。』
「……!」
たったそれだけ。
送り主の名前も、差出人も、何も書かれていない。
でも、字はていねいで、どこかやさしさがにじんでいた。
ことりの胸に、ちくりと痛みが走った。
(無事……よかった……でも……)
(誰が? どうして? 私には、教えてくれないの?)
ベッドの端に腰を下ろし、ことりは両膝を抱えた。
目を閉じると、頭の中に浮かんでくる。
――あの大声で「事件だぁー!!」と叫んでいた真人。
――虫眼鏡を逆に使って「でっけぇ!!」と叫んでた真人。
――そして、今日、自分に「安心しろ」と言ってくれた真人。
(……いいな)
(私も、ああやって……まっすぐに、動けたらいいのに)
静かな部屋。
ことりは、そっと自分の机に戻った。
引き出しを開けると、中には手作りのメモ用紙と、可愛いシール。
そして、小さな紙に、さらさらと文字を書き始める。
『名探偵くんへ。
チャトラは、どこかにいます。
でも、君ならきっと見つけてくれると、信じています。
追伸:今回だけは“怪盗ルパンの末裔ことり”ではありません。
けれど――また、事件を仕掛けたくなったら、よろしくね。』
書き終えた紙を小さく折りたたみ、缶詰のラベルにそっと挟む。
明日、マコトに会ったとき、こっそり渡せたらいいな――
(……やっぱり、渡せるかな)
そう思いながら、ことりは静かにベッドに潜り込んだ。
その夜、夢の中。
チャトラが、にゃーんと鳴いて、ことりの膝の上に座っていた。
その隣には、なぜかマコトがいて、
「ちょ、重っ! 腰抜けるって!」とか言いながら笑っていた。
ことりは、それを見て――
ちょっとだけ、笑った。
(つづく)
部屋の明かりはやや暗め。
手元に置かれた文庫本――ページをめくっては止まり、
また、めくっては止まる。
気づけば、まったく内容が頭に入ってこない。
「……チャトラ、どこに行ったんだろう」
呟いて、自分でも驚いた。
声が少しだけ、震えていたから。
チャトラは、ことりにとって**“町の猫”**である以上に、
“ひとりじゃない”ことの象徴だった。
誰かと喋るのが苦手なことりが、最初に心を許した相手。
毎日、学校の帰り道に見かけて、ちょっとだけ微笑む。
そんな、ことりだけの“ひそかな日課”。
そのチャトラが――いない。
思い出すのは、今日のこと。
「名探偵マコトが解決してみせる!!」
あの声。あの目。あの意味わからないテンション。
バカみたいにまっすぐで、
どこか恥ずかしくて、
だけど――すごく、あたたかかった。
(……やっぱり、すごいな)
ことりは机の上に広げた、小さなノートに目をやる。
それは、「怪盗L」の事件以降、こっそり使い始めた“記録帳”。
マコトの推理、動き、セリフ、行動。
見てて面白かったものだけ、こっそり書き留めている。
表紙には小さく書いてある。
《名探偵観察日誌》
(……うわ、やっぱ変なやつだな私)
自分で書いておいて、ちょっと頬を赤くする。
ふと、母の声が玄関のほうから聞こえた。
「ことりー、ポストに何か入ってたわよー!」
「えっ……?」
ことりは立ち上がり、玄関に向かう。
そこには――
一通の封筒と、猫缶。
缶のラベルには、チャトラがよく食べていたメーカーのロゴ。
震える手で、ことりは手紙を開いた。
『チャトラは無事です。少しの間だけ預からせてください。』
「……!」
たったそれだけ。
送り主の名前も、差出人も、何も書かれていない。
でも、字はていねいで、どこかやさしさがにじんでいた。
ことりの胸に、ちくりと痛みが走った。
(無事……よかった……でも……)
(誰が? どうして? 私には、教えてくれないの?)
ベッドの端に腰を下ろし、ことりは両膝を抱えた。
目を閉じると、頭の中に浮かんでくる。
――あの大声で「事件だぁー!!」と叫んでいた真人。
――虫眼鏡を逆に使って「でっけぇ!!」と叫んでた真人。
――そして、今日、自分に「安心しろ」と言ってくれた真人。
(……いいな)
(私も、ああやって……まっすぐに、動けたらいいのに)
静かな部屋。
ことりは、そっと自分の机に戻った。
引き出しを開けると、中には手作りのメモ用紙と、可愛いシール。
そして、小さな紙に、さらさらと文字を書き始める。
『名探偵くんへ。
チャトラは、どこかにいます。
でも、君ならきっと見つけてくれると、信じています。
追伸:今回だけは“怪盗ルパンの末裔ことり”ではありません。
けれど――また、事件を仕掛けたくなったら、よろしくね。』
書き終えた紙を小さく折りたたみ、缶詰のラベルにそっと挟む。
明日、マコトに会ったとき、こっそり渡せたらいいな――
(……やっぱり、渡せるかな)
そう思いながら、ことりは静かにベッドに潜り込んだ。
その夜、夢の中。
チャトラが、にゃーんと鳴いて、ことりの膝の上に座っていた。
その隣には、なぜかマコトがいて、
「ちょ、重っ! 腰抜けるって!」とか言いながら笑っていた。
ことりは、それを見て――
ちょっとだけ、笑った。
(つづく)
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