掃除屋アリサの清くない日々

naomikoryo

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第六話『ミニチュア地獄の王』

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「この空間には、一切手を加えないでください。ここは、“私の王国”なのですから」

依頼人・鹿島耀司(かしま ようじ)は、そう言って両手を広げた。
年齢は30代後半、やや猫背で、髪の毛はきれいに整えられている。口調は演劇の台詞のように妙に丁寧で芝居がかっていた。

そして、彼の“王国”とは――

6畳一間のワンルームを、ミニチュアグッズと食品容器とガラクタで埋め尽くした、いわゆる収集型汚部屋である。

床が見える範囲は1平方メートルあるかどうか。棚の上には、びっしりとコンビニの限定フィギュア。壁には点字ブロックが貼られ、トイレは通行不能。
部屋全体が、まるでカオスな“美術インスタレーション”のようだった。

「……ここを、どうしろと?」

森岡課長が早くもマスクを二重にして距離を取る。
アリサは、ただ無言で室内を見渡していた。確かに、見たことのない“種類”の汚れだ。

「ご依頼は“清掃”でしたよね?」

「そうです。ただし、片付けるのではなく、“整えて”ほしいのです。この美しき混沌を、より高次の秩序へと昇華させたい」

「それ、掃除って言わない」

ユイがズバッと口を挟む。今日の彼女はなぜかいつもよりテンションが高い。

「あなた、自分の“混沌”に酔ってるだけ。カオスごっこで自己肯定してるのは、ちょっとださい」

「っ……これは“芸術”ですよ!」

「じゃあ、なぜ私たちを呼んだの?」

ユイの問いに、鹿島はしばし沈黙した。

「……昨日、足を滑らせて、ガチャガチャのカプセルに手をついて骨折しかけたのです。つまり私は、“王国の管理人”としての責務を怠ったのです」

「それって……」

「要するに、自分で処理しきれなくなったってことですね」

アリサが冷静に補足する。

 

***

 

作業開始。森岡は即時リタイアを宣言し、屋外で待機。
アリサとユイが、現場に取り残された。

「フィギュア、まじで全部違う種類……こっちは2000年代の一番くじ……そっちは箱ティッシュの景品?」

「この人、“買ったもの”じゃなくて、“貰ったもの”が多いわ。つまり、“自分で選ばなかった何か”に固執してる」

「自己主張ができない人にありがちな心理ね。“与えられたもの”を並べて自分を主張する。いわば受け身の権威主義」

「また難しいことを」

「でも、アリサさんもわたしも、本質は似たようなもんでしょ。わたしは親に捨てられた“空白”を整理してるだけだし、あなたは“捨てられた痕跡”を好んで拾ってる」

アリサは手を止めた。ユイの目が、静かに揺れている。

「……彼、誰かに王国を見せたかったのよ」

「でもその王国、もう崩壊寸前。国民=フィギュアが圧死寸前」

「まず通路確保からね」

「了解、女王陛下」

ユイがふっと笑いながら、ゴミ袋を広げた。

 

***

 

3時間後。床面が見えるようになった。
室内の匂いも軽減され、“王国”は“居住空間”に再定義された。

「……こんなに、広かったんですね」

鹿島は目を見開いた。フィギュアたちは整然と並べられ、通路にはバリアフリーマット。
壁際には彼の描いたスケッチが額装されていた。

「この絵……」

「ええ、昔、美大に行っていたんです。けど、卒業制作で“本物の汚部屋”を展示して、教授に“精神科を紹介され”て以来、道を失いました」

「芸術の定義って、厳しいですね」

アリサは写真の額を見つめながら呟いた。

「“整然とした狂気”ほど、評価されにくいものはないからな」

「でも、掃除ってたぶん、“秩序に寄り添う技術”ですよ。世界をきれいにするためじゃなくて、世界を“まだ住める”って感じさせるための行為」

ユイがぽつりと言う。

「この部屋、まだ生きてるよ」

 

***

 

帰り道。

「わたしね、なんでこの仕事好きなのか、ちょっとだけわかったかも」

ユイが唐突に言った。

「自分の部屋って、作るの難しいじゃん。でも、他人の部屋を整理すると、“自分の在りか”が少しだけ見える気がする」

「それ、かなり本質ついてるわよ」

アリサが微笑する。

「人の“片付け”を通して、自分を探してるって、皮肉だけどありがち」

「でもさ、次は自分の部屋、どう整える?」

「少なくとも、“王国”にはしないわ」

「賛成。わたしは“独房”かな。最低限の機能美、ってやつ」

「それも十分カオスだけどね」

 

***

 

鹿島から後日、手紙が届いた。

中には自筆の絵と、手書きの一言。

「王国には、民がいなければ成り立ちません。あなた方は、その初代宰相でした」

“整理された混沌”は、誰かの心を救ったらしい。

アリサは静かにその封を閉じた。

「……まあ、宰相でもなんでもいいけど、手当増やしてほしいわね」

「それは課長に直訴して」

ユイの言葉に、アリサは肩をすくめて笑った。
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