2 / 53
序章
第2話『地の底から空の果てへ』
しおりを挟む
闇の中で、マーヴィンは落ちていた。
落下の感覚ではなかった。
足場のない空間に、身体ごと溶けていくような感覚。
時間も、重力も、痛みも、温度さえも存在しない“虚無”。
(……死んだのか)
彼は穏やかに思った。
恐怖も未練もない。ただ、「ああ、終わったのだな」と。
なにしろ、すべてを見た男だった。
人の欲望、愛、信仰、嫉妬、権力、嘘、そして——真実。
世界はそれらが織りなす“劇場”でしかないと知っていた。
にもかかわらず。
「あなた、ずいぶんと美しい死に様だったわね」
女の声がした。
それは明確な音として耳に届いたのではない。
むしろ、意識の奥に直接、言葉が滑り込んできた。
甘く、冷たく、神のようでいて悪魔のようでもある。
母性と支配が混じった不思議な声だった。
(……誰だ?)
マーヴィンは尋ねない。ただ、思った。
それだけで相手は答える。
「私は“声”よ。あなたにとって、意味のあるもの。
それが神であれ、悪魔であれ、記憶であれ、欲望であれ——好きに定義してちょうだい」
(死後の世界か。あるいは脳が見せている最後の幻想……)
「違うわ、これは“契約”の場よ、マーヴィン・クロウフォード。
あなたはこれから、“異なる世界”に落とされるの」
(……落とされる?)
「あなたが地球で“集めてしまったもの”が、あまりにも多すぎたから。
現世ではもう、あなたの存在を許容できないの。だから——移すのよ、別の器に」
(なるほど、そういう筋書きか)
マーヴィンは微笑む。
こういう言葉の遊びは嫌いではなかった。
ただ、彼の中には妙な違和感があった。
(俺は……罰せられているのか?)
「罰? まさか。あなたは“奪った”わけではないわ。ただ、与えられすぎただけ。
だから今度は、“返す側”に回ってもらうの」
「あなたに与える新たな世界は、混沌としているわ。
嘘と真実が渦巻き、善意が利用され、希望が穢される世界。
そこに、一人の純粋な少女が存在するの。彼女を守りなさい。
そうすることで、あなた自身の“答え”を見つけなさい」
(答え……ね。哲学は苦手だよ)
「あなたには“罰”ではなく、“役割”を与える。
——騙してはいけない。だが、“信じさせる”のは自由よ」
マーヴィンの目が細くなる。
(ふん……“嘘”ではなく、“物語”を語れ、と)
「そういうこと。あなたにとって、それは“仕事”でもあり、“生き方”でもあるでしょう?」
「記憶は保持して構わない。外見は若返る。能力はそのまま。
ただし、死ねば今度こそ消滅。チートも魔法も与えない。いい?」
(上等だ)
彼は肩をすくめた。
(ところで、名前は?)
「“声”で十分よ。名乗った瞬間に、私の存在が嘘になるから」
(皮肉だな。俺の人生は“名前”で滅茶苦茶になったのに)
「ええ、だからこそ……今度は、嘘ではなく“真実で騙して”ごらんなさい。
世界はまだ、あなたの語りを必要としている」
光が差した。
眩しさはなく、ただ柔らかな乳白色のベールが広がっていく。
視界が開け、感覚が戻る。
指が、手が、胸が、心臓が——動いている。
血が流れている。息が吸える。目が……見える。
「…………」
誰かが、こちらを見下ろしている。
柔らかな髪。優しい微笑み。どこまでも無垢な瞳。
「よかった……生きてたんですね。神様……ありがとう……」
目の前の少女は、震える声でそう呟いた。
「え、っと……ご気分は? 何か、飲み物とか……あ、自己紹介がまだでしたね……!」
マーヴィンは、ぼんやりとした視界の中で、その少女の輪郭を捉える。
(…………これはまた)
空の果てに落ちたつもりが、天使に出迎えられたようだった。
「わたし、セシリアです。セシリア・ミルフィリア。……あなたのこと、夢で見たんです。
神様が、あなたを送ってくれるって。だから、ずっと待ってたんです」
マーヴィンはゆっくりと上体を起こし、セシリアの瞳を見た。
透き通るような瞳。そこには、疑いの欠片もなかった。
この少女は——心から信じている。
自分が、“神から遣わされた者”だと。
(さて……)
マーヴィンは、口の端をわずかに持ち上げる。
(“嘘”じゃない。だが、“本当”でもない。
ならば、この役を——演じてみせよう)
「私は……君の“相談役”だよ、セシリア」
最初の一言は、既に“語り”の始まりだった。
落下の感覚ではなかった。
足場のない空間に、身体ごと溶けていくような感覚。
時間も、重力も、痛みも、温度さえも存在しない“虚無”。
(……死んだのか)
彼は穏やかに思った。
恐怖も未練もない。ただ、「ああ、終わったのだな」と。
なにしろ、すべてを見た男だった。
人の欲望、愛、信仰、嫉妬、権力、嘘、そして——真実。
世界はそれらが織りなす“劇場”でしかないと知っていた。
にもかかわらず。
「あなた、ずいぶんと美しい死に様だったわね」
女の声がした。
それは明確な音として耳に届いたのではない。
むしろ、意識の奥に直接、言葉が滑り込んできた。
甘く、冷たく、神のようでいて悪魔のようでもある。
母性と支配が混じった不思議な声だった。
(……誰だ?)
マーヴィンは尋ねない。ただ、思った。
それだけで相手は答える。
「私は“声”よ。あなたにとって、意味のあるもの。
それが神であれ、悪魔であれ、記憶であれ、欲望であれ——好きに定義してちょうだい」
(死後の世界か。あるいは脳が見せている最後の幻想……)
「違うわ、これは“契約”の場よ、マーヴィン・クロウフォード。
あなたはこれから、“異なる世界”に落とされるの」
(……落とされる?)
「あなたが地球で“集めてしまったもの”が、あまりにも多すぎたから。
現世ではもう、あなたの存在を許容できないの。だから——移すのよ、別の器に」
(なるほど、そういう筋書きか)
マーヴィンは微笑む。
こういう言葉の遊びは嫌いではなかった。
ただ、彼の中には妙な違和感があった。
(俺は……罰せられているのか?)
「罰? まさか。あなたは“奪った”わけではないわ。ただ、与えられすぎただけ。
だから今度は、“返す側”に回ってもらうの」
「あなたに与える新たな世界は、混沌としているわ。
嘘と真実が渦巻き、善意が利用され、希望が穢される世界。
そこに、一人の純粋な少女が存在するの。彼女を守りなさい。
そうすることで、あなた自身の“答え”を見つけなさい」
(答え……ね。哲学は苦手だよ)
「あなたには“罰”ではなく、“役割”を与える。
——騙してはいけない。だが、“信じさせる”のは自由よ」
マーヴィンの目が細くなる。
(ふん……“嘘”ではなく、“物語”を語れ、と)
「そういうこと。あなたにとって、それは“仕事”でもあり、“生き方”でもあるでしょう?」
「記憶は保持して構わない。外見は若返る。能力はそのまま。
ただし、死ねば今度こそ消滅。チートも魔法も与えない。いい?」
(上等だ)
彼は肩をすくめた。
(ところで、名前は?)
「“声”で十分よ。名乗った瞬間に、私の存在が嘘になるから」
(皮肉だな。俺の人生は“名前”で滅茶苦茶になったのに)
「ええ、だからこそ……今度は、嘘ではなく“真実で騙して”ごらんなさい。
世界はまだ、あなたの語りを必要としている」
光が差した。
眩しさはなく、ただ柔らかな乳白色のベールが広がっていく。
視界が開け、感覚が戻る。
指が、手が、胸が、心臓が——動いている。
血が流れている。息が吸える。目が……見える。
「…………」
誰かが、こちらを見下ろしている。
柔らかな髪。優しい微笑み。どこまでも無垢な瞳。
「よかった……生きてたんですね。神様……ありがとう……」
目の前の少女は、震える声でそう呟いた。
「え、っと……ご気分は? 何か、飲み物とか……あ、自己紹介がまだでしたね……!」
マーヴィンは、ぼんやりとした視界の中で、その少女の輪郭を捉える。
(…………これはまた)
空の果てに落ちたつもりが、天使に出迎えられたようだった。
「わたし、セシリアです。セシリア・ミルフィリア。……あなたのこと、夢で見たんです。
神様が、あなたを送ってくれるって。だから、ずっと待ってたんです」
マーヴィンはゆっくりと上体を起こし、セシリアの瞳を見た。
透き通るような瞳。そこには、疑いの欠片もなかった。
この少女は——心から信じている。
自分が、“神から遣わされた者”だと。
(さて……)
マーヴィンは、口の端をわずかに持ち上げる。
(“嘘”じゃない。だが、“本当”でもない。
ならば、この役を——演じてみせよう)
「私は……君の“相談役”だよ、セシリア」
最初の一言は、既に“語り”の始まりだった。
0
あなたにおすすめの小説
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに
にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】
台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う!
この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。
空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。
台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、
誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。
ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、
先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。
ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、
ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……?
史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。
ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。
空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる