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第2章:街の片隅で、奇跡と嘘を語る
第5話『始まる、街での暮らし』
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教会の敷地内、かつては資材置き場だった小さな石造りの倉庫が、今では立派な家になっていた。
白く塗られた壁。
すこし歪んだ木枠の窓。
新しい屋根には、かつて野営していた元盗賊たち――いや、自警団たちの手仕事が光る。
建物の前には、花の咲いた鉢が一つ。
それを嬉しそうに水やりしているのはセシリアだった。
「マーヴィン様、ここの花、昨日よりも元気になってる気がしませんか?」
「君の笑顔に応えてるんだろう。植物も選り好みはするさ」
マーヴィンは、家の玄関の扉を開けた。
中は質素だが清潔。
シスター・マリアや孤児たち、自警団の協力のもと、最低限の家具と生活道具が揃えられていた。
「この家って、二部屋しかないですよね?」
セシリアが急に不安そうな顔で振り返る。
「わたし、一緒の部屋でも……大丈夫、ですけど……」
「別に一緒の部屋じゃないといけないわけじゃない」
マーヴィンはすぐに否定したが、セシリアは「えっ」と声を上げて困ったように笑った。
「冗談だよ。私の部屋はあの裏の物置き。君はこの部屋を使っていい」
「えっ、でもそれって……」
「君が“聖女”であることを忘れないためさ。
教会に“相談役”が住み着いたなんて噂が広まっても、言い訳ができるようにしておかないとね」
(それに、あの物置きの方が静かで落ち着く。狭い空間の方が、頭がよく働く)
—
数日が過ぎ、街の中ではちょっとした変化が起きていた。
「おい、聞いたか? 町外れの教会に、奇跡を起こす聖女が住んでるって」
「“教会の盾”とかいう、元盗賊の連中が住んでるらしいぞ。危なくないか?」
「でも、あそこの子供たち……ちゃんと飯食って笑ってるんだよな」
噂は徐々に広がり始めていた。
だが、それは爆発的な注目ではなく、“静かな信頼”の芽生えだった。
—
ある日、一人の中年の男性が教会を訪れた。
「……すみません、聖女様はいらっしゃいますか?」
「はい! あっ、でも“様”はつけなくても大丈夫です!」
「あ、は、はい……あの、ちょっと聞いてもらっても……?」
彼は、遠くの街道沿いで小さな豆屋を営んでいるという。
しかし最近、収穫期前に病気が流行し、畑が荒れてしまった。
家族も病気がちで、仕事ができない。
「別に、祝福を求めに来たわけじゃないんです。ただ、誰かに話を聞いてほしくて……」
「うれしいです。わたしでよければ、たくさん聞かせてください」
セシリアは、男性の手をそっと握った。
光は灯らなかった。
けれど、男性は何かが“軽く”なったような顔をしていた。
「……あんたは、神様みたいな人だな」
「そんなことないです。よく転びますし……」
男性は、ふっと笑って頭を下げた。
マーヴィンは、そのやりとりを少し離れた場所から見ていた。
(“祝福”の光がなくても、君は人を癒せるんだな、セシリア)
—
また別の日。
老婆が、「孫が帰ってこない」と涙ながらに訴えた。
マーヴィンは話を聞きながら、家族構成や職場、生活動線を洗い出し、さりげなく人脈に聞き込みを指示。
三日後、孫は無事に保護され、家族は再会を果たした。
「すごい……どうして、あんなにすぐ分かったんですか?」
「人は大抵、習慣に縛られて生きてるんだ。どんな嘘を吐いていても、“無意識の動き”は隠せない。
そこから逆算すれば、大抵のことは見えてくる」
「それって、すごく……探偵さんみたいですね!」
「……そうだね。昔、ちょっと似たようなことをしていたから」
(“騙すため”ではなく、“導くため”に使うのは、今が初めてかもしれない)
—
夕暮れ時。
マーヴィンとセシリアは、教会の周囲を歩いていた。
「今日もいろんな人が来ましたね」
「これから、もっと増えるよ。君の笑顔と祝福が、ここに“価値”を生むから」
「……価値、ですか?」
「そう。人は、価値があると感じたものに集まる。
でも……本当に価値があるかどうかは、誰も分からない。
だからこそ、私たちは“語る”必要がある。
この教会が、君が、“信じるに値する”と」
「マーヴィン様は……すごいです。何を言ってるのか、半分くらい分からないけど、心が温かくなるんです」
「それは詐欺師の才能かもしれないよ」
「ふふっ。でも、信じちゃいます」
マーヴィンは少しだけ空を見上げた。
星が、また一つ、教会の上に灯った。
—
その夜、王城。
グラディスは報告書を無言で読みながら、ろうそくを一本、吹き消した。
「……民が、聖女を見上げ始めたか。ならば、見上げさせぬようにすればいい」
彼の手元に並ぶのは、複数の依頼状。
彼の“次の一手”が、静かに動き始めていた。
白く塗られた壁。
すこし歪んだ木枠の窓。
新しい屋根には、かつて野営していた元盗賊たち――いや、自警団たちの手仕事が光る。
建物の前には、花の咲いた鉢が一つ。
それを嬉しそうに水やりしているのはセシリアだった。
「マーヴィン様、ここの花、昨日よりも元気になってる気がしませんか?」
「君の笑顔に応えてるんだろう。植物も選り好みはするさ」
マーヴィンは、家の玄関の扉を開けた。
中は質素だが清潔。
シスター・マリアや孤児たち、自警団の協力のもと、最低限の家具と生活道具が揃えられていた。
「この家って、二部屋しかないですよね?」
セシリアが急に不安そうな顔で振り返る。
「わたし、一緒の部屋でも……大丈夫、ですけど……」
「別に一緒の部屋じゃないといけないわけじゃない」
マーヴィンはすぐに否定したが、セシリアは「えっ」と声を上げて困ったように笑った。
「冗談だよ。私の部屋はあの裏の物置き。君はこの部屋を使っていい」
「えっ、でもそれって……」
「君が“聖女”であることを忘れないためさ。
教会に“相談役”が住み着いたなんて噂が広まっても、言い訳ができるようにしておかないとね」
(それに、あの物置きの方が静かで落ち着く。狭い空間の方が、頭がよく働く)
—
数日が過ぎ、街の中ではちょっとした変化が起きていた。
「おい、聞いたか? 町外れの教会に、奇跡を起こす聖女が住んでるって」
「“教会の盾”とかいう、元盗賊の連中が住んでるらしいぞ。危なくないか?」
「でも、あそこの子供たち……ちゃんと飯食って笑ってるんだよな」
噂は徐々に広がり始めていた。
だが、それは爆発的な注目ではなく、“静かな信頼”の芽生えだった。
—
ある日、一人の中年の男性が教会を訪れた。
「……すみません、聖女様はいらっしゃいますか?」
「はい! あっ、でも“様”はつけなくても大丈夫です!」
「あ、は、はい……あの、ちょっと聞いてもらっても……?」
彼は、遠くの街道沿いで小さな豆屋を営んでいるという。
しかし最近、収穫期前に病気が流行し、畑が荒れてしまった。
家族も病気がちで、仕事ができない。
「別に、祝福を求めに来たわけじゃないんです。ただ、誰かに話を聞いてほしくて……」
「うれしいです。わたしでよければ、たくさん聞かせてください」
セシリアは、男性の手をそっと握った。
光は灯らなかった。
けれど、男性は何かが“軽く”なったような顔をしていた。
「……あんたは、神様みたいな人だな」
「そんなことないです。よく転びますし……」
男性は、ふっと笑って頭を下げた。
マーヴィンは、そのやりとりを少し離れた場所から見ていた。
(“祝福”の光がなくても、君は人を癒せるんだな、セシリア)
—
また別の日。
老婆が、「孫が帰ってこない」と涙ながらに訴えた。
マーヴィンは話を聞きながら、家族構成や職場、生活動線を洗い出し、さりげなく人脈に聞き込みを指示。
三日後、孫は無事に保護され、家族は再会を果たした。
「すごい……どうして、あんなにすぐ分かったんですか?」
「人は大抵、習慣に縛られて生きてるんだ。どんな嘘を吐いていても、“無意識の動き”は隠せない。
そこから逆算すれば、大抵のことは見えてくる」
「それって、すごく……探偵さんみたいですね!」
「……そうだね。昔、ちょっと似たようなことをしていたから」
(“騙すため”ではなく、“導くため”に使うのは、今が初めてかもしれない)
—
夕暮れ時。
マーヴィンとセシリアは、教会の周囲を歩いていた。
「今日もいろんな人が来ましたね」
「これから、もっと増えるよ。君の笑顔と祝福が、ここに“価値”を生むから」
「……価値、ですか?」
「そう。人は、価値があると感じたものに集まる。
でも……本当に価値があるかどうかは、誰も分からない。
だからこそ、私たちは“語る”必要がある。
この教会が、君が、“信じるに値する”と」
「マーヴィン様は……すごいです。何を言ってるのか、半分くらい分からないけど、心が温かくなるんです」
「それは詐欺師の才能かもしれないよ」
「ふふっ。でも、信じちゃいます」
マーヴィンは少しだけ空を見上げた。
星が、また一つ、教会の上に灯った。
—
その夜、王城。
グラディスは報告書を無言で読みながら、ろうそくを一本、吹き消した。
「……民が、聖女を見上げ始めたか。ならば、見上げさせぬようにすればいい」
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