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第2章:街の片隅で、奇跡と嘘を語る
第6話『はじめての相談』
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朝、教会の扉が叩かれた。
それは“誰かを訪ねてきた”というよりも、**“縋るような音”**だった。
「……はい、今開けますね!」
セシリアが慌てて扉を開けると、そこには痩せた老婆が立っていた。
年季の入った上衣。泥のついた裾。
けれど、目だけは強かった。
諦めの色を何度も浮かべ、それでも捨てきれなかった人の目だった。
「……聖女、さま……?」
「はい、わたしが……えっと、その、セシリアです。どうぞ、こちらに」
老婆は最初、言葉を飲み込むようにして躊躇ったが、やがてぽつぽつと語り始めた。
「うちの、息子がね……もう、三日も帰ってこないんです」
話を聞くと、息子は建築現場で日雇いの仕事をしていたという。
ここ数ヶ月、仕事が減り、家にはろくに金も入らない。
言い合いも増え、息子は「一人になりたい」とだけ言って出て行ったままだと。
「誰に頼ればいいのか、分からなくて……。
町役人に言ったら“男の勝手な家出”って……。でも、わたし、嫌な予感がするんです。
あの子、心が弱いから……」
セシリアはその手をぎゅっと握った。
「分かりました。わたしと、マーヴィン様で探してみます。
きっと、大丈夫です。必ず見つけますから」
マーヴィンは、すでにその場にはいた。
部屋の隅で黙って話を聞き、老婆の話す一言一句を記憶していた。
「……“心が弱い”というのは、気になるね。
それに、“一人になりたい”と言って家を出るのは、“誰かに気づいてほしい”という裏返しでもある」
マーヴィンは静かに立ち上がり、老婆に頭を下げた。
「お話、しかと伺いました。いくつかお聞きしても?」
「は、はい……!」
—
数十分後、マーヴィンは街へ出た。
セシリアも同行するつもりだったが、今日は教会に別の訪問者もあると聞き、マリアに残るよう説得された。
代わりに、元盗賊のリーダー格・エダンが付き添いとして後を追った。
「で、どうやって探すんだ?」
「話を聞くだけさ。まずは彼の足取りを追ってみよう」
マーヴィンは、働いていたという建築現場へ向かった。
現場の監督は「ああ、あいつか」と、すぐに思い出した。
「よく働いてたけど、最近ちょっと様子がおかしくてな。
声をかけたら、“夢の中の方が幸せだ”なんてこと言いやがった」
(夢の中……現実逃避。あとは“金”だ)
マーヴィンは町の食堂を数軒まわり、金銭の貸し借りをしている人物をリストアップする。
その中に、「一文無しでも飯を食わせるが、寝床まで貸すな」という男がいた。
「俺のとこに来たよ。あの子。いつも、飯だけ食って、眠そうな目で帰ってった。
ある夜、“明日で全部終わるんだ”なんて言っててな……」
それを聞いた瞬間、マーヴィンは歩き出した。
「エダン、地下水路を知らないか?」
「知ってる。街の北に廃棄路があったはずだが……まさか」
「誰にも見つからず、冷たく、静かで、そして“終わりにふさわしい場所”。
そう考える人間がよく選ぶ場所だ。急ごう」
—
廃棄された水路の奥。
そこには、膝を抱えて座る若者がいた。
顔色は悪いが、まだ意識はあった。
「……もう、誰にも会いたくない。もう、終わりでいいんだ。
家族にも、親にも……自分にも、価値がないから」
マーヴィンは彼に近づき、静かに腰を下ろす。
「君の“価値”は、誰が決めた?」
「……自分だよ。誰も、俺なんか……」
「じゃあ、その“誰も”に、今日から私を加えてくれ」
「……は?」
「私は、君に価値があると思っている。
家族はきっと、“君の帰りを待つ”という時間に、命を使っている。
なら、その“時間”を無駄にしないために、立ち上がってほしい」
「……そんな言葉で、人の心は変わらない」
「変わらない。でも、“揺らぐ”ことはある。
そして、人は“揺れたままでも”歩けるんだよ」
若者は、ぼろぼろと涙を流した。
—
教会に戻ったその日。
老婆は、息子の姿を見るなり、泣き崩れた。
セシリアは、少し離れた場所で、その光景を見守っていた。
マーヴィンの背に近づき、そっとつぶやく。
「……すごいですね。マーヴィン様の言葉は、時々……人を動かします」
「“人を動かす言葉”というのはね、
“言いたくて言う言葉”じゃなくて、“言わなければならない言葉”なんだよ」
「言わなければ……ならない、ですか?」
「そう。自分の中にある“何か”が、それを口にさせる。
それが嘘か真実かなんて、あまり関係ない。
でも、聞いた人は確かに変わる。……不思議なもんだね」
セシリアはその言葉を、ゆっくりとかみしめるように頷いた。
—
夜、マーヴィンは一人、外の空気を吸っていた。
空は、あの頃と違う。
けれど、言葉の届き方は、案外同じなのかもしれないと、ふと思う。
この世界には銃もビルもないが、
人の心の“孤独”や“望み”は、どの世界でも変わらない。
(……だとしたら、“話す価値”はまだある)
風が吹く。
その音にかき消されるように、小さくマーヴィンはつぶやいた。
「俺は……“誰か”じゃない。
もう、誰でもないんだ」
それは“誰かを訪ねてきた”というよりも、**“縋るような音”**だった。
「……はい、今開けますね!」
セシリアが慌てて扉を開けると、そこには痩せた老婆が立っていた。
年季の入った上衣。泥のついた裾。
けれど、目だけは強かった。
諦めの色を何度も浮かべ、それでも捨てきれなかった人の目だった。
「……聖女、さま……?」
「はい、わたしが……えっと、その、セシリアです。どうぞ、こちらに」
老婆は最初、言葉を飲み込むようにして躊躇ったが、やがてぽつぽつと語り始めた。
「うちの、息子がね……もう、三日も帰ってこないんです」
話を聞くと、息子は建築現場で日雇いの仕事をしていたという。
ここ数ヶ月、仕事が減り、家にはろくに金も入らない。
言い合いも増え、息子は「一人になりたい」とだけ言って出て行ったままだと。
「誰に頼ればいいのか、分からなくて……。
町役人に言ったら“男の勝手な家出”って……。でも、わたし、嫌な予感がするんです。
あの子、心が弱いから……」
セシリアはその手をぎゅっと握った。
「分かりました。わたしと、マーヴィン様で探してみます。
きっと、大丈夫です。必ず見つけますから」
マーヴィンは、すでにその場にはいた。
部屋の隅で黙って話を聞き、老婆の話す一言一句を記憶していた。
「……“心が弱い”というのは、気になるね。
それに、“一人になりたい”と言って家を出るのは、“誰かに気づいてほしい”という裏返しでもある」
マーヴィンは静かに立ち上がり、老婆に頭を下げた。
「お話、しかと伺いました。いくつかお聞きしても?」
「は、はい……!」
—
数十分後、マーヴィンは街へ出た。
セシリアも同行するつもりだったが、今日は教会に別の訪問者もあると聞き、マリアに残るよう説得された。
代わりに、元盗賊のリーダー格・エダンが付き添いとして後を追った。
「で、どうやって探すんだ?」
「話を聞くだけさ。まずは彼の足取りを追ってみよう」
マーヴィンは、働いていたという建築現場へ向かった。
現場の監督は「ああ、あいつか」と、すぐに思い出した。
「よく働いてたけど、最近ちょっと様子がおかしくてな。
声をかけたら、“夢の中の方が幸せだ”なんてこと言いやがった」
(夢の中……現実逃避。あとは“金”だ)
マーヴィンは町の食堂を数軒まわり、金銭の貸し借りをしている人物をリストアップする。
その中に、「一文無しでも飯を食わせるが、寝床まで貸すな」という男がいた。
「俺のとこに来たよ。あの子。いつも、飯だけ食って、眠そうな目で帰ってった。
ある夜、“明日で全部終わるんだ”なんて言っててな……」
それを聞いた瞬間、マーヴィンは歩き出した。
「エダン、地下水路を知らないか?」
「知ってる。街の北に廃棄路があったはずだが……まさか」
「誰にも見つからず、冷たく、静かで、そして“終わりにふさわしい場所”。
そう考える人間がよく選ぶ場所だ。急ごう」
—
廃棄された水路の奥。
そこには、膝を抱えて座る若者がいた。
顔色は悪いが、まだ意識はあった。
「……もう、誰にも会いたくない。もう、終わりでいいんだ。
家族にも、親にも……自分にも、価値がないから」
マーヴィンは彼に近づき、静かに腰を下ろす。
「君の“価値”は、誰が決めた?」
「……自分だよ。誰も、俺なんか……」
「じゃあ、その“誰も”に、今日から私を加えてくれ」
「……は?」
「私は、君に価値があると思っている。
家族はきっと、“君の帰りを待つ”という時間に、命を使っている。
なら、その“時間”を無駄にしないために、立ち上がってほしい」
「……そんな言葉で、人の心は変わらない」
「変わらない。でも、“揺らぐ”ことはある。
そして、人は“揺れたままでも”歩けるんだよ」
若者は、ぼろぼろと涙を流した。
—
教会に戻ったその日。
老婆は、息子の姿を見るなり、泣き崩れた。
セシリアは、少し離れた場所で、その光景を見守っていた。
マーヴィンの背に近づき、そっとつぶやく。
「……すごいですね。マーヴィン様の言葉は、時々……人を動かします」
「“人を動かす言葉”というのはね、
“言いたくて言う言葉”じゃなくて、“言わなければならない言葉”なんだよ」
「言わなければ……ならない、ですか?」
「そう。自分の中にある“何か”が、それを口にさせる。
それが嘘か真実かなんて、あまり関係ない。
でも、聞いた人は確かに変わる。……不思議なもんだね」
セシリアはその言葉を、ゆっくりとかみしめるように頷いた。
—
夜、マーヴィンは一人、外の空気を吸っていた。
空は、あの頃と違う。
けれど、言葉の届き方は、案外同じなのかもしれないと、ふと思う。
この世界には銃もビルもないが、
人の心の“孤独”や“望み”は、どの世界でも変わらない。
(……だとしたら、“話す価値”はまだある)
風が吹く。
その音にかき消されるように、小さくマーヴィンはつぶやいた。
「俺は……“誰か”じゃない。
もう、誰でもないんだ」
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