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第2章:街の片隅で、奇跡と嘘を語る
第7話『祝福と演説の二人三脚』
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それは、いつの間にか“日課”になっていた。
朝、セシリアが花壇に水をやる。
マーヴィンは焙煎した豆の香りに目を細めながら、その傍らに立つ。
そして、二人は街へと歩き出す。
目的地は決まっていない。
だが、どこに行こうとも、誰かが声をかけてくる。
「聖女さま、ちょっとお時間を……!」
「マーヴィン様、相談を……」
「わたしの夫が……」
「娘のことで……」
祝福を求める者。
言葉を欲する者。
奇跡と導きを、等しく信じる者。
二人の存在は、町の“灯り”になりつつあった。
その日、訪ねてきたのは一人の若い母親だった。
「息子が、もうすぐ働きに出たいと言いまして……。でも、心が不安定で。
どんなふうに背中を押してあげたらいいか、分からなくて……」
セシリアは穏やかに手を添えた。
「お母様のお言葉で、十分に力になります。
でも、それでも不安でしたら、祝福を差し上げますね」
彼女が目を閉じて祈ると、優しい光が母親の胸元に灯った。
何かが解けるように、母親の肩がすうっと軽くなる。
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
セシリアの声には、飾り気がない。
だがその飾り気のなさが、何よりも“奇跡”だった。
—
その後ろで、マーヴィンは母親の語った言葉を精緻に記憶していた。
口調の端々、言葉の選び方、服の質、目の動き。
それらすべてが、その人の“背景”を語っていた。
(……父親の影は薄い。多分、家にはもういない。
彼女は“言葉”で自分を支えようとしていた。
だから、セシリアの光が“存在の許可”として響いたんだ)
それを口に出すことはない。
ただ静かに、見守る。
彼の仕事は、語るだけでなく、沈黙を選ぶことでもある。
—
別の街角では、小さな集団が口論していた。
原因は、細かな土地の境界線をめぐる農民たちの衝突。
マーヴィンは軽く手を挙げて、そこに割って入った。
「おや、皆さん随分と元気だ。
土地の線をめぐって戦っても、収穫の時期がずれるわけじゃないですよ」
「だがよ、あいつが塀を——」
「“あいつ”じゃなく、“名前”で呼びましょう。人を怒鳴る時ほど、礼儀が必要です」
男たちは言葉に詰まる。
「あなたたちの争いは、どちらかが悪いのではなく、
“言葉を使う前に怒った”ことが原因です。
先に怒れば、どんな言葉も後付けになりますからね」
それだけ言って、マーヴィンはその場を離れた。
数分後、男たちは小さな声で互いの名を呼び合いながら、歩み寄っていた。
—
セシリアが、その光景をこっそり見ていた。
「……やっぱり、すごいです。マーヴィン様の“話し方”」
「“話し方”に見えるなら、君はまだ騙されてるな」
「えっ?」
「大事なのは“話す内容”じゃない。“なぜ話すか”だ。
それが伝わらなければ、言葉はただの音にすぎない」
「……“なぜ”……か」
セシリアは自分の祝福も、ただ“癒す”のではなく、
“癒したい”という気持ちが伴ってこそ意味があるのだと、改めて思った。
—
数日が過ぎ、教会にはさらに人が訪れるようになった。
腰の悪い老人、娘を嫁がせる日を控えた父親、読み書きができない少年。
それぞれに違う問題を抱えながら、誰もが“誰かに話を聞いてほしい”という共通点を持っていた。
セシリアの祝福と、マーヴィンの言葉。
それらは、まるで二つの翼のように、人々の心を持ち上げていく。
—
だが、全てが光のままというわけではなかった。
その日の午後。
教会の近くに、妙な気配があった。
マーヴィンがそっと視線を向けると、街路の角に一人の男が立っていた。
灰色の法衣。顔の大半をフードで隠しているが、ただ者ではない雰囲気を纏っている。
(……“聖堂派”の者か)
聖女セシリアの存在は、教会本部にとっても重大な関心事だった。
だが、今のセシリアは城の聖女ではなく、“街の聖女”として動いている。
(彼らは、見に来た。“逸脱”があるかどうか、“導きが必要か”を判断しに)
マーヴィンは、その視線に微かに笑みを返す。
まるで挑発のように。
(ようこそ。物語は今、ちょうど佳境に入ったところだ)
—
その夜。
セシリアはマーヴィンに尋ねた。
「……マーヴィン様。わたしたちのしてることって、間違ってませんか?」
「“間違いかどうか”は、人が決めるものさ。
私たちは、“そうであってほしいこと”をしてる。それで十分だよ」
セシリアは、少し考えてから頷いた。
「……それでも、“本当のこと”が知りたくなる時って、ありますよね?」
マーヴィンの目が、一瞬だけ陰った。
だが、すぐに微笑に戻る。
「知っても意味がないこともあるよ。
たとえば、私の過去なんて、知っても得るものは何もない。
……それより、君は明日も、あの笑顔で人を救えるかどうかだけ考えればいい」
「……はい。救いたいです。だから、笑えます」
夜の風が、二人の言葉をさらっていった。
そのどこかに、確かに“真実”と“虚構”の境界があった。
だが、誰も気づくことはない。
気づいていいのは、読者だけだ。
朝、セシリアが花壇に水をやる。
マーヴィンは焙煎した豆の香りに目を細めながら、その傍らに立つ。
そして、二人は街へと歩き出す。
目的地は決まっていない。
だが、どこに行こうとも、誰かが声をかけてくる。
「聖女さま、ちょっとお時間を……!」
「マーヴィン様、相談を……」
「わたしの夫が……」
「娘のことで……」
祝福を求める者。
言葉を欲する者。
奇跡と導きを、等しく信じる者。
二人の存在は、町の“灯り”になりつつあった。
その日、訪ねてきたのは一人の若い母親だった。
「息子が、もうすぐ働きに出たいと言いまして……。でも、心が不安定で。
どんなふうに背中を押してあげたらいいか、分からなくて……」
セシリアは穏やかに手を添えた。
「お母様のお言葉で、十分に力になります。
でも、それでも不安でしたら、祝福を差し上げますね」
彼女が目を閉じて祈ると、優しい光が母親の胸元に灯った。
何かが解けるように、母親の肩がすうっと軽くなる。
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
セシリアの声には、飾り気がない。
だがその飾り気のなさが、何よりも“奇跡”だった。
—
その後ろで、マーヴィンは母親の語った言葉を精緻に記憶していた。
口調の端々、言葉の選び方、服の質、目の動き。
それらすべてが、その人の“背景”を語っていた。
(……父親の影は薄い。多分、家にはもういない。
彼女は“言葉”で自分を支えようとしていた。
だから、セシリアの光が“存在の許可”として響いたんだ)
それを口に出すことはない。
ただ静かに、見守る。
彼の仕事は、語るだけでなく、沈黙を選ぶことでもある。
—
別の街角では、小さな集団が口論していた。
原因は、細かな土地の境界線をめぐる農民たちの衝突。
マーヴィンは軽く手を挙げて、そこに割って入った。
「おや、皆さん随分と元気だ。
土地の線をめぐって戦っても、収穫の時期がずれるわけじゃないですよ」
「だがよ、あいつが塀を——」
「“あいつ”じゃなく、“名前”で呼びましょう。人を怒鳴る時ほど、礼儀が必要です」
男たちは言葉に詰まる。
「あなたたちの争いは、どちらかが悪いのではなく、
“言葉を使う前に怒った”ことが原因です。
先に怒れば、どんな言葉も後付けになりますからね」
それだけ言って、マーヴィンはその場を離れた。
数分後、男たちは小さな声で互いの名を呼び合いながら、歩み寄っていた。
—
セシリアが、その光景をこっそり見ていた。
「……やっぱり、すごいです。マーヴィン様の“話し方”」
「“話し方”に見えるなら、君はまだ騙されてるな」
「えっ?」
「大事なのは“話す内容”じゃない。“なぜ話すか”だ。
それが伝わらなければ、言葉はただの音にすぎない」
「……“なぜ”……か」
セシリアは自分の祝福も、ただ“癒す”のではなく、
“癒したい”という気持ちが伴ってこそ意味があるのだと、改めて思った。
—
数日が過ぎ、教会にはさらに人が訪れるようになった。
腰の悪い老人、娘を嫁がせる日を控えた父親、読み書きができない少年。
それぞれに違う問題を抱えながら、誰もが“誰かに話を聞いてほしい”という共通点を持っていた。
セシリアの祝福と、マーヴィンの言葉。
それらは、まるで二つの翼のように、人々の心を持ち上げていく。
—
だが、全てが光のままというわけではなかった。
その日の午後。
教会の近くに、妙な気配があった。
マーヴィンがそっと視線を向けると、街路の角に一人の男が立っていた。
灰色の法衣。顔の大半をフードで隠しているが、ただ者ではない雰囲気を纏っている。
(……“聖堂派”の者か)
聖女セシリアの存在は、教会本部にとっても重大な関心事だった。
だが、今のセシリアは城の聖女ではなく、“街の聖女”として動いている。
(彼らは、見に来た。“逸脱”があるかどうか、“導きが必要か”を判断しに)
マーヴィンは、その視線に微かに笑みを返す。
まるで挑発のように。
(ようこそ。物語は今、ちょうど佳境に入ったところだ)
—
その夜。
セシリアはマーヴィンに尋ねた。
「……マーヴィン様。わたしたちのしてることって、間違ってませんか?」
「“間違いかどうか”は、人が決めるものさ。
私たちは、“そうであってほしいこと”をしてる。それで十分だよ」
セシリアは、少し考えてから頷いた。
「……それでも、“本当のこと”が知りたくなる時って、ありますよね?」
マーヴィンの目が、一瞬だけ陰った。
だが、すぐに微笑に戻る。
「知っても意味がないこともあるよ。
たとえば、私の過去なんて、知っても得るものは何もない。
……それより、君は明日も、あの笑顔で人を救えるかどうかだけ考えればいい」
「……はい。救いたいです。だから、笑えます」
夜の風が、二人の言葉をさらっていった。
そのどこかに、確かに“真実”と“虚構”の境界があった。
だが、誰も気づくことはない。
気づいていいのは、読者だけだ。
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