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第3章:灰と炎の預言
第2話『語られた預言』
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翌朝、町はひどく静かだった。
昨日の火災の余燼が、まだどこか空気の中に残っていた。
焦げた木のにおい、煙の名残、焼け落ちた倉庫の黒い骨組み。
何も知らない子供たちの笑い声さえも、その静けさに吸い込まれていくようだった。
セシリアはその朝、礼拝堂でひときわ長い祈りを捧げていた。
(……どうか、町の人々が安心して過ごせますように。
わたしの祈りが届くなら、誰かの心の霧を晴らす光になれますように)
その祈りは純粋だった。
だが、同時にどこか“焦り”も混じっていた。
自分に何ができるのか、それが揺らぎかけているのを彼女自身、うすうす感じていた。
教会の裏庭では、マーヴィンが木椅子に腰をかけ、麦茶をすすっていた。
瞼を閉じ、朝の風に耳を澄ませている。
だがその意識は、既にこの町の“空気”の変化に集中していた。
「妙だな……」
彼はぽつりと呟いた。
(火事の噂は昨日の段階で広がっている。だがそれにしては、“反応”が静かすぎる)
人々は黙っているときこそ、感情を溜めている。
その沈黙は、まるで“次の材料”を待っているかのようだった。
と、その時。
「“預言者”が来たらしいよ」
水汲み場でしゃがみこんでいた少女が、何気なく口にした。
マーヴィンの耳が、その一言をはっきりと拾う。
「預言者……?」
—
町の中央広場には、人だかりができていた。
その中心にいたのは、ひとりの女。
黒衣のローブに身を包み、顔の半分を薄い面布で覆っている。
その名は、“黒の預言者”。
「この町に住む皆よ……聞くがよい……
天は一つの声を与え、祝福をもたらした。
だが、それを手にした“偽りの聖女”が、街に災いをもたらすであろう……」
その声は低く、だが不思議と耳に残る響きだった。
「彼女が“祈りを口にするたび”、人々の運は削がれ、
“光が射すたび”、町は陰を落とす……
──“滅びの証”は、火と影となって現れる」
静かに、しかし確かに広場がざわめき始めた。
「昨日の火事……」
「タイミングが……」
「そういえば……あの教会、急に人が集まるようになってから変わった気が……」
「名前は言わぬが……その者の隣には、
真実を語らぬ“言葉の男”が付き従う」
「言葉の男……?」
「“美しい顔に隠れた毒”を持つ彼は、
人々の心に気づかぬうちに“別の物語”を植えつける……」
マーヴィンは、木陰に立って群衆を観察していた。
黒衣の女は彼に気づいた素振りはない。
だが、その言葉の“構成”が、彼の脳に妙に刺さった。
(……プロだな)
彼女の言葉は、直接的ではない。
だが、聞く者の“記憶”と“噂”を利用して、ある人物像を浮かび上がらせる。
まるでマーヴィンとセシリアを連想せずにはいられないように。
(これは、“印象による告発”だ)
正面から非難はしない。
だが、群衆の中で“ああ、そうかもしれない”という共感を生む。
それは一番厄介な火種だった。
—
その日の夕刻。
セシリアは、教会の裏庭で花壇に水をやっていた。
その手は微かに震えていた。
「……預言、というのは……本当に、神様の言葉なのですか?」
背後から近づくマーヴィンの気配にも、彼女は振り返らなかった。
「私……怖いです。
もし、神様がわたしを“偽り”だと見ておられるなら……
わたしの祈りが、本当は何の意味もなかったら……
ただ、皆さんの想いに乗せられて、“聖女ごっこ”をしていただけだったら……」
マーヴィンは黙って彼女の隣に座った。
「“もし”に飲まれると、人は何も信じられなくなる。
君の祈りが意味を持っていたかどうか……それを決めるのは、神じゃない。
祈りを“受け取った人たち”さ」
「でも……」
「いいかい、セシリア。
預言っていうのは、未来の話だ。
だが本当に恐ろしいのは、“預言が語られたときに、人の心が変わる”ことなんだよ」
セシリアはようやく顔を上げた。
「つまり……」
「君は、今ここに立っている。
祝福を信じ、祈りを捧げ、笑って、泣いて……
その全部を見てきた人たちがいる。
それを、誰かの言葉一つで“疑う”っていうなら、
そんな心にこそ“疑う資格”がないのさ」
セシリアの目に、かすかな涙が浮かんだ。
それでも、微かに笑った。
「マーヴィン様……」
「俺は預言者じゃない。
未来なんて、知ったこっちゃない。
でも、君の“今”は見える。
それを信じてるよ」
—
その夜。
教会の礼拝堂では、かつてないほど多くの蝋燭が灯された。
町の人々の多くが来なかった代わりに、
セシリアとマーヴィンの言葉に救われた者たちが静かに集まり、
祈りとともに手を取り合った。
「……どうか、“本当の光”が、町に届きますように」
セシリアの祈りは震えていたが、確かに響いた。
—
その外。
“黒の預言者”は路地に立ち、誰かと話していた。
「……失敗でしたね。まだ町は“揺れただけ”に過ぎません」
「いいのさ。
次は、“言葉”じゃなく“証拠”を与えよう。
聖女が“祈っても助けられなかった命”があれば、それでいい」
「まさか……」
「さあ、次の火をくべよう。今度は、“生きた火”を使って」
昨日の火災の余燼が、まだどこか空気の中に残っていた。
焦げた木のにおい、煙の名残、焼け落ちた倉庫の黒い骨組み。
何も知らない子供たちの笑い声さえも、その静けさに吸い込まれていくようだった。
セシリアはその朝、礼拝堂でひときわ長い祈りを捧げていた。
(……どうか、町の人々が安心して過ごせますように。
わたしの祈りが届くなら、誰かの心の霧を晴らす光になれますように)
その祈りは純粋だった。
だが、同時にどこか“焦り”も混じっていた。
自分に何ができるのか、それが揺らぎかけているのを彼女自身、うすうす感じていた。
教会の裏庭では、マーヴィンが木椅子に腰をかけ、麦茶をすすっていた。
瞼を閉じ、朝の風に耳を澄ませている。
だがその意識は、既にこの町の“空気”の変化に集中していた。
「妙だな……」
彼はぽつりと呟いた。
(火事の噂は昨日の段階で広がっている。だがそれにしては、“反応”が静かすぎる)
人々は黙っているときこそ、感情を溜めている。
その沈黙は、まるで“次の材料”を待っているかのようだった。
と、その時。
「“預言者”が来たらしいよ」
水汲み場でしゃがみこんでいた少女が、何気なく口にした。
マーヴィンの耳が、その一言をはっきりと拾う。
「預言者……?」
—
町の中央広場には、人だかりができていた。
その中心にいたのは、ひとりの女。
黒衣のローブに身を包み、顔の半分を薄い面布で覆っている。
その名は、“黒の預言者”。
「この町に住む皆よ……聞くがよい……
天は一つの声を与え、祝福をもたらした。
だが、それを手にした“偽りの聖女”が、街に災いをもたらすであろう……」
その声は低く、だが不思議と耳に残る響きだった。
「彼女が“祈りを口にするたび”、人々の運は削がれ、
“光が射すたび”、町は陰を落とす……
──“滅びの証”は、火と影となって現れる」
静かに、しかし確かに広場がざわめき始めた。
「昨日の火事……」
「タイミングが……」
「そういえば……あの教会、急に人が集まるようになってから変わった気が……」
「名前は言わぬが……その者の隣には、
真実を語らぬ“言葉の男”が付き従う」
「言葉の男……?」
「“美しい顔に隠れた毒”を持つ彼は、
人々の心に気づかぬうちに“別の物語”を植えつける……」
マーヴィンは、木陰に立って群衆を観察していた。
黒衣の女は彼に気づいた素振りはない。
だが、その言葉の“構成”が、彼の脳に妙に刺さった。
(……プロだな)
彼女の言葉は、直接的ではない。
だが、聞く者の“記憶”と“噂”を利用して、ある人物像を浮かび上がらせる。
まるでマーヴィンとセシリアを連想せずにはいられないように。
(これは、“印象による告発”だ)
正面から非難はしない。
だが、群衆の中で“ああ、そうかもしれない”という共感を生む。
それは一番厄介な火種だった。
—
その日の夕刻。
セシリアは、教会の裏庭で花壇に水をやっていた。
その手は微かに震えていた。
「……預言、というのは……本当に、神様の言葉なのですか?」
背後から近づくマーヴィンの気配にも、彼女は振り返らなかった。
「私……怖いです。
もし、神様がわたしを“偽り”だと見ておられるなら……
わたしの祈りが、本当は何の意味もなかったら……
ただ、皆さんの想いに乗せられて、“聖女ごっこ”をしていただけだったら……」
マーヴィンは黙って彼女の隣に座った。
「“もし”に飲まれると、人は何も信じられなくなる。
君の祈りが意味を持っていたかどうか……それを決めるのは、神じゃない。
祈りを“受け取った人たち”さ」
「でも……」
「いいかい、セシリア。
預言っていうのは、未来の話だ。
だが本当に恐ろしいのは、“預言が語られたときに、人の心が変わる”ことなんだよ」
セシリアはようやく顔を上げた。
「つまり……」
「君は、今ここに立っている。
祝福を信じ、祈りを捧げ、笑って、泣いて……
その全部を見てきた人たちがいる。
それを、誰かの言葉一つで“疑う”っていうなら、
そんな心にこそ“疑う資格”がないのさ」
セシリアの目に、かすかな涙が浮かんだ。
それでも、微かに笑った。
「マーヴィン様……」
「俺は預言者じゃない。
未来なんて、知ったこっちゃない。
でも、君の“今”は見える。
それを信じてるよ」
—
その夜。
教会の礼拝堂では、かつてないほど多くの蝋燭が灯された。
町の人々の多くが来なかった代わりに、
セシリアとマーヴィンの言葉に救われた者たちが静かに集まり、
祈りとともに手を取り合った。
「……どうか、“本当の光”が、町に届きますように」
セシリアの祈りは震えていたが、確かに響いた。
—
その外。
“黒の預言者”は路地に立ち、誰かと話していた。
「……失敗でしたね。まだ町は“揺れただけ”に過ぎません」
「いいのさ。
次は、“言葉”じゃなく“証拠”を与えよう。
聖女が“祈っても助けられなかった命”があれば、それでいい」
「まさか……」
「さあ、次の火をくべよう。今度は、“生きた火”を使って」
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