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第3章:灰と炎の預言
第4話『真実の演説』
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風が冷たくなってきたのは、秋の兆しか、それとも心の寒さのせいか。
教会の空気は重かった。
祈りは続けられていたが、その響きには迷いが滲み始めていた。
セシリアは以前のように微笑めなくなっていた。
子どもたちに語りかける声もどこか遠く、祝福の手を差し伸べても、以前のような“あたたかさ”が感じられない。
それでも彼女は毎朝、祈りの時を欠かさなかった。
崩れかけた内側を支えるために、自分自身に言い聞かせるように。
「私は……聖女だから」
「私は、人のために祈る者だから」
だがその言葉は、自分自身を縛る鎖にもなりつつあった。
その姿を、マーヴィンは静かに見守っていた。
彼がこの教会で“守る”と決めたのは、彼女の力ではない。
祈りが奇跡を起こすかどうかでもない。
ただ、彼女が“そうありたい”と願っている、その心を守りたかった。
(それなら、今必要なのは――彼女の代わりに“語る者”だ)
マーヴィンは立ち上がった。
そして、街の広場に“火を灯す”決意をした。
その日の午後、町の中心、三叉の広場に人が集まり始めた。
「教会の相談役が、話をするそうだ」
「あの男だろ? 綺麗な顔してるくせに、何言ってるかよくわからない奴」
「でも……火事の件、やっぱりあの教会が関係してるんじゃ……」
民衆の中には、疑念と興味がない交ぜになった視線が混ざっていた。
マーヴィンは、広場中央に置かれた低い台の上に立った。
風に揺れる外套。
その顔は相変わらず柔らかいが、どこか“決意”が滲んでいた。
「……皆さん、こんにちは。
少しだけ、時間をください。
わたしは、“教会の相談役”マーヴィンです」
ざわり、と空気が動いた。
「わたしは、今日ここで、“証明”をしようとは思っていません。
この数日、町では火災が相次ぎ、ひとりの命が失われました。
そして、それを“聖女の祈りのせい”だとする声もある。
“祝福の力が衰えた”と噂する者もいる。
……でも、皆さんに考えてほしいのです」
彼は一呼吸置いた。
「そもそも、“祝福”とはなんでしょうか?
奇跡のように何かを治す力?
不思議な言葉で天から何かをもらう力?
違います。
祝福とは、“人の心が信じることで起きる変化”です」
ざわざわと声が走る。
「昔、ある女の子がいました。
彼女は誰かの痛みを見ると、自分の胸が苦しくなりました。
誰かが泣いていると、自分も泣きそうになった。
でも、何もできない。小さな手で、何も救えない。
だから、彼女は祈りました。心の底から、祈りました」
「“どうか、その人が少しでも楽になりますように”
“どうか、苦しみが軽くなりますように”」
「その祈りを聞いた人は、奇跡のように笑顔になったのです。
病が癒えたわけではない。貧しさが消えたわけでもない。
けれど、“心が軽くなった”。
それが、祝福の始まりだった」
マーヴィンは、少しだけ目を細める。
「その少女は、今この町で“聖女”と呼ばれています。
ですが、彼女が何か“超常の力”を持っているわけではない。
持っているのは、ただ、あなたたち一人ひとりを想う“まっすぐな心”だけです」
「……祈りが力を持つのは、“信じる人がいるから”です。
信じるというのは、何かを確かめることではない。
“疑わない”という、強い選択です」
広場の空気が、静まり返った。
マーヴィンはゆっくりと手を広げた。
「だから、今、選んでほしい。
火災が起きた。命が失われた。
その事実の先に、君たちは何を信じるのか」
「“奇跡を失った聖女”を見るのか、
“今も人を想い、祈り続けている彼女”を信じるのか」
「わたしは、“祈ることを諦めなかった人間”の方を、信じたい」
最後の言葉が落ちたとき、広場は静かだった。
やがて、ひとりの子供が手を叩いた。
それに続いて、ぽつりぽつりと拍手が起き、やがて人の波となって広がっていった。
—
「……すごかったよ、マーヴィン様」
教会の裏庭で、セシリアが言った。
その顔には、久しぶりに“光”が戻っていた。
「わたし……ほんの少しだけ、思い出せました。
エナ様がわたしにくれた言葉を。
“あなたの声には、明るい風がある”って……
あの言葉を信じて、わたしは祈ってたんですよね」
マーヴィンは優しく微笑んだ。
「君の風は、まだ吹いているよ。
少し迷っていただけさ。風が止んだわけじゃない」
「……ありがとうございます、マーヴィン様。
でも、あなたの方こそ……すごいですよ。
あの広場の人たちの心が、言葉で動いていくのを、私、感じました」
マーヴィンは肩をすくめた。
「おだてても、祝福は出ないよ?」
セシリアは微笑んで、首を振る。
「でも、“祝福された気持ち”にはなれます」
—
その夜。
王都・宰相府。
一人の役人が、木箱を開けた。
中には、“録音玉”が入っていた。
町の広場での、マーヴィンの演説の一部を記録したものだ。
「……これは……」
「切り取りました。“祈りが力を持つのは信じる人がいるから”。
“祝福は超常の力ではない”。」
「つまり、“信仰を否定した”と取れる、と?」
「ええ。これで、神殿側に揺さぶりをかけられます。
聖女の正統性を疑わせるには、十分です」
グラディスは、静かに指を組んだ。
「いいだろう。これを神殿に送れ。
“この町に、新たな聖女を送り込む理由”が、必要だったところだ」
教会の空気は重かった。
祈りは続けられていたが、その響きには迷いが滲み始めていた。
セシリアは以前のように微笑めなくなっていた。
子どもたちに語りかける声もどこか遠く、祝福の手を差し伸べても、以前のような“あたたかさ”が感じられない。
それでも彼女は毎朝、祈りの時を欠かさなかった。
崩れかけた内側を支えるために、自分自身に言い聞かせるように。
「私は……聖女だから」
「私は、人のために祈る者だから」
だがその言葉は、自分自身を縛る鎖にもなりつつあった。
その姿を、マーヴィンは静かに見守っていた。
彼がこの教会で“守る”と決めたのは、彼女の力ではない。
祈りが奇跡を起こすかどうかでもない。
ただ、彼女が“そうありたい”と願っている、その心を守りたかった。
(それなら、今必要なのは――彼女の代わりに“語る者”だ)
マーヴィンは立ち上がった。
そして、街の広場に“火を灯す”決意をした。
その日の午後、町の中心、三叉の広場に人が集まり始めた。
「教会の相談役が、話をするそうだ」
「あの男だろ? 綺麗な顔してるくせに、何言ってるかよくわからない奴」
「でも……火事の件、やっぱりあの教会が関係してるんじゃ……」
民衆の中には、疑念と興味がない交ぜになった視線が混ざっていた。
マーヴィンは、広場中央に置かれた低い台の上に立った。
風に揺れる外套。
その顔は相変わらず柔らかいが、どこか“決意”が滲んでいた。
「……皆さん、こんにちは。
少しだけ、時間をください。
わたしは、“教会の相談役”マーヴィンです」
ざわり、と空気が動いた。
「わたしは、今日ここで、“証明”をしようとは思っていません。
この数日、町では火災が相次ぎ、ひとりの命が失われました。
そして、それを“聖女の祈りのせい”だとする声もある。
“祝福の力が衰えた”と噂する者もいる。
……でも、皆さんに考えてほしいのです」
彼は一呼吸置いた。
「そもそも、“祝福”とはなんでしょうか?
奇跡のように何かを治す力?
不思議な言葉で天から何かをもらう力?
違います。
祝福とは、“人の心が信じることで起きる変化”です」
ざわざわと声が走る。
「昔、ある女の子がいました。
彼女は誰かの痛みを見ると、自分の胸が苦しくなりました。
誰かが泣いていると、自分も泣きそうになった。
でも、何もできない。小さな手で、何も救えない。
だから、彼女は祈りました。心の底から、祈りました」
「“どうか、その人が少しでも楽になりますように”
“どうか、苦しみが軽くなりますように”」
「その祈りを聞いた人は、奇跡のように笑顔になったのです。
病が癒えたわけではない。貧しさが消えたわけでもない。
けれど、“心が軽くなった”。
それが、祝福の始まりだった」
マーヴィンは、少しだけ目を細める。
「その少女は、今この町で“聖女”と呼ばれています。
ですが、彼女が何か“超常の力”を持っているわけではない。
持っているのは、ただ、あなたたち一人ひとりを想う“まっすぐな心”だけです」
「……祈りが力を持つのは、“信じる人がいるから”です。
信じるというのは、何かを確かめることではない。
“疑わない”という、強い選択です」
広場の空気が、静まり返った。
マーヴィンはゆっくりと手を広げた。
「だから、今、選んでほしい。
火災が起きた。命が失われた。
その事実の先に、君たちは何を信じるのか」
「“奇跡を失った聖女”を見るのか、
“今も人を想い、祈り続けている彼女”を信じるのか」
「わたしは、“祈ることを諦めなかった人間”の方を、信じたい」
最後の言葉が落ちたとき、広場は静かだった。
やがて、ひとりの子供が手を叩いた。
それに続いて、ぽつりぽつりと拍手が起き、やがて人の波となって広がっていった。
—
「……すごかったよ、マーヴィン様」
教会の裏庭で、セシリアが言った。
その顔には、久しぶりに“光”が戻っていた。
「わたし……ほんの少しだけ、思い出せました。
エナ様がわたしにくれた言葉を。
“あなたの声には、明るい風がある”って……
あの言葉を信じて、わたしは祈ってたんですよね」
マーヴィンは優しく微笑んだ。
「君の風は、まだ吹いているよ。
少し迷っていただけさ。風が止んだわけじゃない」
「……ありがとうございます、マーヴィン様。
でも、あなたの方こそ……すごいですよ。
あの広場の人たちの心が、言葉で動いていくのを、私、感じました」
マーヴィンは肩をすくめた。
「おだてても、祝福は出ないよ?」
セシリアは微笑んで、首を振る。
「でも、“祝福された気持ち”にはなれます」
—
その夜。
王都・宰相府。
一人の役人が、木箱を開けた。
中には、“録音玉”が入っていた。
町の広場での、マーヴィンの演説の一部を記録したものだ。
「……これは……」
「切り取りました。“祈りが力を持つのは信じる人がいるから”。
“祝福は超常の力ではない”。」
「つまり、“信仰を否定した”と取れる、と?」
「ええ。これで、神殿側に揺さぶりをかけられます。
聖女の正統性を疑わせるには、十分です」
グラディスは、静かに指を組んだ。
「いいだろう。これを神殿に送れ。
“この町に、新たな聖女を送り込む理由”が、必要だったところだ」
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