引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

文字の大きさ
21 / 53
第3章:灰と炎の預言

第4話『真実の演説』

しおりを挟む
風が冷たくなってきたのは、秋の兆しか、それとも心の寒さのせいか。

教会の空気は重かった。
祈りは続けられていたが、その響きには迷いが滲み始めていた。

セシリアは以前のように微笑めなくなっていた。
子どもたちに語りかける声もどこか遠く、祝福の手を差し伸べても、以前のような“あたたかさ”が感じられない。

それでも彼女は毎朝、祈りの時を欠かさなかった。
崩れかけた内側を支えるために、自分自身に言い聞かせるように。

「私は……聖女だから」
「私は、人のために祈る者だから」

だがその言葉は、自分自身を縛る鎖にもなりつつあった。

その姿を、マーヴィンは静かに見守っていた。
彼がこの教会で“守る”と決めたのは、彼女の力ではない。
祈りが奇跡を起こすかどうかでもない。
ただ、彼女が“そうありたい”と願っている、その心を守りたかった。

(それなら、今必要なのは――彼女の代わりに“語る者”だ)

マーヴィンは立ち上がった。
そして、街の広場に“火を灯す”決意をした。

その日の午後、町の中心、三叉の広場に人が集まり始めた。

「教会の相談役が、話をするそうだ」
「あの男だろ? 綺麗な顔してるくせに、何言ってるかよくわからない奴」
「でも……火事の件、やっぱりあの教会が関係してるんじゃ……」

民衆の中には、疑念と興味がない交ぜになった視線が混ざっていた。

マーヴィンは、広場中央に置かれた低い台の上に立った。
風に揺れる外套。
その顔は相変わらず柔らかいが、どこか“決意”が滲んでいた。

「……皆さん、こんにちは。
少しだけ、時間をください。
わたしは、“教会の相談役”マーヴィンです」

ざわり、と空気が動いた。

「わたしは、今日ここで、“証明”をしようとは思っていません。
この数日、町では火災が相次ぎ、ひとりの命が失われました。
そして、それを“聖女の祈りのせい”だとする声もある。
“祝福の力が衰えた”と噂する者もいる。
……でも、皆さんに考えてほしいのです」

彼は一呼吸置いた。

「そもそも、“祝福”とはなんでしょうか?
奇跡のように何かを治す力?
不思議な言葉で天から何かをもらう力?
違います。
祝福とは、“人の心が信じることで起きる変化”です」

ざわざわと声が走る。

「昔、ある女の子がいました。
彼女は誰かの痛みを見ると、自分の胸が苦しくなりました。
誰かが泣いていると、自分も泣きそうになった。
でも、何もできない。小さな手で、何も救えない。
だから、彼女は祈りました。心の底から、祈りました」

「“どうか、その人が少しでも楽になりますように”
“どうか、苦しみが軽くなりますように”」

「その祈りを聞いた人は、奇跡のように笑顔になったのです。
病が癒えたわけではない。貧しさが消えたわけでもない。
けれど、“心が軽くなった”。
それが、祝福の始まりだった」

マーヴィンは、少しだけ目を細める。

「その少女は、今この町で“聖女”と呼ばれています。
ですが、彼女が何か“超常の力”を持っているわけではない。
持っているのは、ただ、あなたたち一人ひとりを想う“まっすぐな心”だけです」

「……祈りが力を持つのは、“信じる人がいるから”です。
信じるというのは、何かを確かめることではない。
“疑わない”という、強い選択です」

広場の空気が、静まり返った。

マーヴィンはゆっくりと手を広げた。

「だから、今、選んでほしい。
火災が起きた。命が失われた。
その事実の先に、君たちは何を信じるのか」

「“奇跡を失った聖女”を見るのか、
“今も人を想い、祈り続けている彼女”を信じるのか」

「わたしは、“祈ることを諦めなかった人間”の方を、信じたい」

最後の言葉が落ちたとき、広場は静かだった。

やがて、ひとりの子供が手を叩いた。
それに続いて、ぽつりぽつりと拍手が起き、やがて人の波となって広がっていった。



「……すごかったよ、マーヴィン様」

教会の裏庭で、セシリアが言った。

その顔には、久しぶりに“光”が戻っていた。

「わたし……ほんの少しだけ、思い出せました。
エナ様がわたしにくれた言葉を。
“あなたの声には、明るい風がある”って……
あの言葉を信じて、わたしは祈ってたんですよね」

マーヴィンは優しく微笑んだ。

「君の風は、まだ吹いているよ。
少し迷っていただけさ。風が止んだわけじゃない」

「……ありがとうございます、マーヴィン様。
でも、あなたの方こそ……すごいですよ。
あの広場の人たちの心が、言葉で動いていくのを、私、感じました」

マーヴィンは肩をすくめた。

「おだてても、祝福は出ないよ?」

セシリアは微笑んで、首を振る。

「でも、“祝福された気持ち”にはなれます」



その夜。
王都・宰相府。
一人の役人が、木箱を開けた。

中には、“録音玉”が入っていた。
町の広場での、マーヴィンの演説の一部を記録したものだ。

「……これは……」

「切り取りました。“祈りが力を持つのは信じる人がいるから”。
“祝福は超常の力ではない”。」

「つまり、“信仰を否定した”と取れる、と?」

「ええ。これで、神殿側に揺さぶりをかけられます。
聖女の正統性を疑わせるには、十分です」

グラディスは、静かに指を組んだ。

「いいだろう。これを神殿に送れ。
“この町に、新たな聖女を送り込む理由”が、必要だったところだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】 台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う! この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。 空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。 台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、 誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。 ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、 先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。 ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、 ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……? 史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。 ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。 空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

処理中です...