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第3章:灰と炎の預言
第5話『炎の中の女』
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午前、鐘が四度鳴ったとき。
教会の門前に、一台の黒い馬車が止まった。
その馬車は、王都から三日をかけて走ってきたものだった。
車体には一切の紋章も装飾もない。
ただ、扉の中心に刻まれた“灰色の輪”の意匠だけが、その正体を物語っていた。
神殿直属――審問局。
そして、その馬車から降り立ったのは、一人の女だった。
歳の頃は二十代後半。
白銀の髪をきつく後ろで束ね、黒と灰の刺繍の施された司祭服を纏っている。
肌は雪のように白く、顔の造形は美しく整っていたが、その目には一切の“温度”がなかった。
彼女の名は――フィーア・エルネスト。
神殿において「灰の巫女」と呼ばれる審問官。
その冷静さと徹底した法解釈のもと、何人もの“偽の祝福者”を“資格剥奪”に追い込んできた人物だった。
教会の門前に立った彼女は、告げる。
「聖女セシリア・ミリエルに対する、
信仰審問の予備調査を開始する。
協力を拒めば、教会の一時閉鎖も視野に入れる」
その声は澄んでいて、よく通る。
だが、それが“命令”として響いてくるのは、単に言葉遣いのせいではなかった。
彼女の持つ“在り方”そのものが、言葉に権威を纏わせていた。
—
「……なんて、言ったって?」
マーヴィンは応接室で、報告を聞いてそう呟いた。
神殿の人間が来る可能性は想定していた。
だが、“灰の巫女”の名を聞いた瞬間、彼の脳裏にうすら寒い過去の記憶が蘇っていた。
(確かにあの女は……“言葉の使い手”の天敵だ。
正しさの皮を被った刃。感情を持たず、共感を拒絶する存在)
「……悪いが、俺が出ていく」
「でも、マーヴィン様……」
セシリアの声は戸惑っていた。
「彼女は、わたしに会いに来たのでしょう?」
「だからこそ、まず“俺が”出る。
君の心が今まだ揺らいでいるなら、彼女の言葉は“毒”になる」
マーヴィンの目が、いつになく鋭かった。
—
灰の巫女、フィーアは礼拝堂の中に静かに座っていた。
まるで、彫像のように背筋を伸ばし、一切の無駄を感じさせない姿勢。
やがて、マーヴィンが姿を現すと、彼女は微かに眉を動かした。
「貴方が、教会の“相談役”マーヴィン・クロードですね」
「その通り。ようこそ、辺境の小さな教会へ。
紅茶でも――」
「不要です。私は“対話”ではなく、“記録”を取りに来ました。
すべては、“正当性の確認”のため」
マーヴィンは椅子に腰を下ろしながら、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「“聖女の正当性”、というわけですか」
「はい。神殿は、貴方たちの影響力の急激な拡大に対し、
公式な見解を必要としています。
特に、“町の混乱に対する責任の所在”と、
“聖女の祝福が本物であるか否か”」
「……ふむ、冷たいね」
「感情は不要です。“事実”のみが、信仰における根拠となります」
マーヴィンの笑みがわずかに深くなった。
(これは、“審問”ではなく、“告発”の準備だ)
フィーアは、彼の目をじっと見つめた。
「では、お尋ねします。
教会は現在、“聖女セシリア・ミリエル”の祈りによって、
どれほどの人間が“祝福を受けた”と記録していますか?」
「……数字はありません。なぜなら、
彼女の祝福は“計測”ではなく、“受容”だからです」
「記録がないというのは、証明ができないということです。
“証明できぬ奇跡”は、制度上、ただの“主観”です」
「奇跡を“証明”できた瞬間、それはもう奇跡ではない。
“測れる信仰”に意味があるなら、祈りなんて必要ないでしょう?」
「貴方の言葉には、一貫して“感情の同意”を誘う構造が見られます。
ですが、それは“真実”とは別です。
“信じたいもの”と“あるもの”の混同は、社会に危険を及ぼします」
そのとき。
「それでも、私は祈ります」
――その声に、二人は振り返った。
セシリアが、扉の向こうから姿を現していた。
神妙な表情で、けれど凛とした立ち居振る舞いで。
「祝福とは、目に見える“結果”ではありません。
人が、誰かを想って言葉を紡ぐこと。
“生きていてほしい”と、“笑っていてほしい”と、心から願うこと。
私は、それを信じたいんです」
フィーアは一瞬だけ、彼女を見つめた。
その目の奥に、微かに“迷い”のようなものが宿った。
だが、それはすぐに消えた。
「では、正式に“信仰審問”を申し入れます。
セシリア・ミリエル。貴女の祝福が“本物”であるか、
三日後、町の広場で儀式を行います」
「承知しました」
セシリアは小さく頷いた。
マーヴィンがわずかに目を見開いたが、止めなかった。
—
その夜、マーヴィンは記録帳に記した。
【記録63】
神殿、審問官派遣。対象:セシリア。
審問内容:祝福の正当性、影響力の調査。
審問官:灰の巫女フィーア・エルネスト。
状況:対話不能。論理偏重型。
セシリア:表面上冷静。内面、未知。
審問儀式予定:三日後、広場。
彼はゆっくりとペンを置き、ため息をひとつついた。
(“炎の中に立たせる”というなら、その前に、
俺がすべての“薪”を濡らしておくまでだ)
教会の門前に、一台の黒い馬車が止まった。
その馬車は、王都から三日をかけて走ってきたものだった。
車体には一切の紋章も装飾もない。
ただ、扉の中心に刻まれた“灰色の輪”の意匠だけが、その正体を物語っていた。
神殿直属――審問局。
そして、その馬車から降り立ったのは、一人の女だった。
歳の頃は二十代後半。
白銀の髪をきつく後ろで束ね、黒と灰の刺繍の施された司祭服を纏っている。
肌は雪のように白く、顔の造形は美しく整っていたが、その目には一切の“温度”がなかった。
彼女の名は――フィーア・エルネスト。
神殿において「灰の巫女」と呼ばれる審問官。
その冷静さと徹底した法解釈のもと、何人もの“偽の祝福者”を“資格剥奪”に追い込んできた人物だった。
教会の門前に立った彼女は、告げる。
「聖女セシリア・ミリエルに対する、
信仰審問の予備調査を開始する。
協力を拒めば、教会の一時閉鎖も視野に入れる」
その声は澄んでいて、よく通る。
だが、それが“命令”として響いてくるのは、単に言葉遣いのせいではなかった。
彼女の持つ“在り方”そのものが、言葉に権威を纏わせていた。
—
「……なんて、言ったって?」
マーヴィンは応接室で、報告を聞いてそう呟いた。
神殿の人間が来る可能性は想定していた。
だが、“灰の巫女”の名を聞いた瞬間、彼の脳裏にうすら寒い過去の記憶が蘇っていた。
(確かにあの女は……“言葉の使い手”の天敵だ。
正しさの皮を被った刃。感情を持たず、共感を拒絶する存在)
「……悪いが、俺が出ていく」
「でも、マーヴィン様……」
セシリアの声は戸惑っていた。
「彼女は、わたしに会いに来たのでしょう?」
「だからこそ、まず“俺が”出る。
君の心が今まだ揺らいでいるなら、彼女の言葉は“毒”になる」
マーヴィンの目が、いつになく鋭かった。
—
灰の巫女、フィーアは礼拝堂の中に静かに座っていた。
まるで、彫像のように背筋を伸ばし、一切の無駄を感じさせない姿勢。
やがて、マーヴィンが姿を現すと、彼女は微かに眉を動かした。
「貴方が、教会の“相談役”マーヴィン・クロードですね」
「その通り。ようこそ、辺境の小さな教会へ。
紅茶でも――」
「不要です。私は“対話”ではなく、“記録”を取りに来ました。
すべては、“正当性の確認”のため」
マーヴィンは椅子に腰を下ろしながら、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「“聖女の正当性”、というわけですか」
「はい。神殿は、貴方たちの影響力の急激な拡大に対し、
公式な見解を必要としています。
特に、“町の混乱に対する責任の所在”と、
“聖女の祝福が本物であるか否か”」
「……ふむ、冷たいね」
「感情は不要です。“事実”のみが、信仰における根拠となります」
マーヴィンの笑みがわずかに深くなった。
(これは、“審問”ではなく、“告発”の準備だ)
フィーアは、彼の目をじっと見つめた。
「では、お尋ねします。
教会は現在、“聖女セシリア・ミリエル”の祈りによって、
どれほどの人間が“祝福を受けた”と記録していますか?」
「……数字はありません。なぜなら、
彼女の祝福は“計測”ではなく、“受容”だからです」
「記録がないというのは、証明ができないということです。
“証明できぬ奇跡”は、制度上、ただの“主観”です」
「奇跡を“証明”できた瞬間、それはもう奇跡ではない。
“測れる信仰”に意味があるなら、祈りなんて必要ないでしょう?」
「貴方の言葉には、一貫して“感情の同意”を誘う構造が見られます。
ですが、それは“真実”とは別です。
“信じたいもの”と“あるもの”の混同は、社会に危険を及ぼします」
そのとき。
「それでも、私は祈ります」
――その声に、二人は振り返った。
セシリアが、扉の向こうから姿を現していた。
神妙な表情で、けれど凛とした立ち居振る舞いで。
「祝福とは、目に見える“結果”ではありません。
人が、誰かを想って言葉を紡ぐこと。
“生きていてほしい”と、“笑っていてほしい”と、心から願うこと。
私は、それを信じたいんです」
フィーアは一瞬だけ、彼女を見つめた。
その目の奥に、微かに“迷い”のようなものが宿った。
だが、それはすぐに消えた。
「では、正式に“信仰審問”を申し入れます。
セシリア・ミリエル。貴女の祝福が“本物”であるか、
三日後、町の広場で儀式を行います」
「承知しました」
セシリアは小さく頷いた。
マーヴィンがわずかに目を見開いたが、止めなかった。
—
その夜、マーヴィンは記録帳に記した。
【記録63】
神殿、審問官派遣。対象:セシリア。
審問内容:祝福の正当性、影響力の調査。
審問官:灰の巫女フィーア・エルネスト。
状況:対話不能。論理偏重型。
セシリア:表面上冷静。内面、未知。
審問儀式予定:三日後、広場。
彼はゆっくりとペンを置き、ため息をひとつついた。
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