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第4章:偽りの祝福者たち
第7話『教祖ゼル=クレイン』
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――それは、ひどく静かな朝だった。
襲撃の余波が町を包み、
通りの片隅には焦げた壁と破れた祈祷布が残されていたが、
そのすべてを包むように、空は晴れていた。
けれど、誰もが**この静寂の“異常さ”**に気づいていた。
教会の鐘は鳴らなかった。
町の広場に人が集まっていた。
教会を囲むように。
しかし誰も声を発しない。
まるで、誰かの命令で集められたかのように。
「……来たな」
マーヴィンは教会の塔の上から、その光景を見下ろしていた。
視線の先。
人々の輪の中心に、一人の男が立っている。
黒衣。長身。白銀の髪に、血のように赤い瞳。
そして、手には祈祷書と見紛うような、黒い聖典。
ゼル=クレイン。
“祈りに見放された者の教祖”と噂される存在が、ついに姿を現した。
マーヴィンは外套を翻し、ゆっくりと階段を降りた。
「俺が出る。セシリアは、まだ動くな」
「でも――」
「今、君が出たら、町ごと“巻き込まれる”ぞ。
奴の狙いは“聖女の信仰を崩す”ことだ。
正面からぶつける前に――まず“対話”で潰す気だ」
セシリアは唇を噛み、静かに頷いた。
「……必ず、戻ってきてください」
マーヴィンは軽く笑って、ドアを開けた。
「心配するな。俺は言葉で生きてきた」
—
教会前、町の広場。
ゼルの前に立ったマーヴィンに、人々の視線が集中する。
「ようこそ、黒衣の説教師さん」
マーヴィンはあえて軽口を飛ばした。
「まさか自分から“表舞台”に顔を出すとは。
“影の教え”を広めるには、ずいぶんと開けた場所を選んだな」
ゼルは表情を崩さず、静かに口を開く。
「広場は、最も“声が届く”場所だ。
私の言葉も、君の言葉も――今この瞬間、町中に届いている」
「じゃあ、なおさら失敗はできんな」
マーヴィンは、あえてゼルの真正面に立った。
周囲の空気が、ゆっくりと緊張していく。
「君の言葉を聞こう。
君が“祈りを否定し、民を煽る理由”を、正々堂々と語ってみろ」
ゼルは一瞬だけ目を細め、やがて静かに語り始めた。
「祈りは、“一方通行”だ。
願い、救いを求める言葉は、
常に“応えられないリスク”を内包している。
それは、神と呼ばれる存在に“依存”する行為でもある」
「信仰とはそういうもんだろう。
それでも信じることに意味を見出すんじゃないのか?」
「そうだ。だからこそ、私はそれを“否定しない”。
……ただ、“壊れた祈り”を放置したままの構造が、許せないだけだ」
マーヴィンの目がわずかに鋭くなる。
「構造?」
「君も気づいているはずだ。
祈りとは、“救われた者”によって語られる。
だが、救われなかった者は語る場を与えられない。
だから私は、祈っても救われなかった人々に“もう一度語る場”を与える」
ゼルの声には一分の揺らぎもなかった。
「……それを、呪いという形で?」
「呪いではない。“祈りの対価”だ。
与えられなかった者が、自分の声で“返答”を得ようとするのは当然の権利だ」
「その“返答”が、他人を傷つけてもか?」
「傷つけたのは誰だ? 祈っても救わなかった側ではないか?」
沈黙が落ちる。
町の人々は、どちらの言葉にも反応を見せず、ただ耳を傾けていた。
マーヴィンは小さくため息をつく。
「……詭弁だ。
お前がしてるのは、祈りを“武器”にして、
信じた人間の心を逆撫でしているだけだ」
「武器とは“信じたのに裏切られた”心が作り出したものだ。
私はそれに“形”を与えているだけ。
……君たちは、“美しい祈り”ばかりを守ろうとする。
ならば、私は“醜い祈り”を救う側に立つ」
一瞬の静寂。
その後――
「いいだろう」
マーヴィンが口を開いた。
「なら、お前が救おうとしてる“醜い祈り”を、
俺が“言葉”で祈り直してやる」
ゼルが初めて、眉を動かした。
「……何?」
「救われなかった祈りがあるのなら、
その痛みを“語ってやる”。
お前がしてるのは、言葉を抜いた“叫び”だ。
だったら、俺が語ってやる。
この町の人間の声を、正しくな」
マーヴィンは振り返り、町の人々を見渡す。
「祈ったのに、届かなかった人。
救われなかった人。
それでも、誰かの声に“耳を傾けたい”と思ったことのある人――
お前たちの声は、“まだ終わってない”!」
町の空気が揺れた。
ゼルは目を細め、背を向ける。
「語り手か……面白い。
ならば、お前の“語り”がどれだけの心を救えるか――見せてもらおう」
彼はそのまま、静かに去っていく。
黒衣の従者たちも、何も言わずについていく。
最後に、ゼルの声が風に乗って届いた。
「次は、“聖女”本人に語ってもらうとしよう。
……“その声”がどこまで届くか、楽しみにしているよ」
—
ゼルが去ったあと、町の人々は沈黙したまま動かなかった。
だが、一人の老婆が口を開いた。
「……あの人の言ってることも、全部が間違ってるわけじゃない。
でも……マーヴィン様の言葉の方が、胸に“届いた”」
続いて、若い母親が呟いた。
「……誰かが、代わりに“語ってくれる”って……嬉しかったです」
人々が少しずつ、元の場所へと戻っていく。
マーヴィンは教会の中へ戻り、
祈祷室で待っていたセシリアの前に立った。
「帰ったぞ。思ったよりは、まともな“会話”だった」
セシリアは、安堵と感謝を込めて小さく微笑んだ。
「マーヴィン様、すごいです。
わたしだったら、きっと何も言えなかった……」
「君の出番は、これからだ。
次は“君の声”が、町を守る番になる」
マーヴィンは、そっと彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫。俺がそばにいる。
君の声が“届かない”なんてことは、もう二度と起きさせない」
襲撃の余波が町を包み、
通りの片隅には焦げた壁と破れた祈祷布が残されていたが、
そのすべてを包むように、空は晴れていた。
けれど、誰もが**この静寂の“異常さ”**に気づいていた。
教会の鐘は鳴らなかった。
町の広場に人が集まっていた。
教会を囲むように。
しかし誰も声を発しない。
まるで、誰かの命令で集められたかのように。
「……来たな」
マーヴィンは教会の塔の上から、その光景を見下ろしていた。
視線の先。
人々の輪の中心に、一人の男が立っている。
黒衣。長身。白銀の髪に、血のように赤い瞳。
そして、手には祈祷書と見紛うような、黒い聖典。
ゼル=クレイン。
“祈りに見放された者の教祖”と噂される存在が、ついに姿を現した。
マーヴィンは外套を翻し、ゆっくりと階段を降りた。
「俺が出る。セシリアは、まだ動くな」
「でも――」
「今、君が出たら、町ごと“巻き込まれる”ぞ。
奴の狙いは“聖女の信仰を崩す”ことだ。
正面からぶつける前に――まず“対話”で潰す気だ」
セシリアは唇を噛み、静かに頷いた。
「……必ず、戻ってきてください」
マーヴィンは軽く笑って、ドアを開けた。
「心配するな。俺は言葉で生きてきた」
—
教会前、町の広場。
ゼルの前に立ったマーヴィンに、人々の視線が集中する。
「ようこそ、黒衣の説教師さん」
マーヴィンはあえて軽口を飛ばした。
「まさか自分から“表舞台”に顔を出すとは。
“影の教え”を広めるには、ずいぶんと開けた場所を選んだな」
ゼルは表情を崩さず、静かに口を開く。
「広場は、最も“声が届く”場所だ。
私の言葉も、君の言葉も――今この瞬間、町中に届いている」
「じゃあ、なおさら失敗はできんな」
マーヴィンは、あえてゼルの真正面に立った。
周囲の空気が、ゆっくりと緊張していく。
「君の言葉を聞こう。
君が“祈りを否定し、民を煽る理由”を、正々堂々と語ってみろ」
ゼルは一瞬だけ目を細め、やがて静かに語り始めた。
「祈りは、“一方通行”だ。
願い、救いを求める言葉は、
常に“応えられないリスク”を内包している。
それは、神と呼ばれる存在に“依存”する行為でもある」
「信仰とはそういうもんだろう。
それでも信じることに意味を見出すんじゃないのか?」
「そうだ。だからこそ、私はそれを“否定しない”。
……ただ、“壊れた祈り”を放置したままの構造が、許せないだけだ」
マーヴィンの目がわずかに鋭くなる。
「構造?」
「君も気づいているはずだ。
祈りとは、“救われた者”によって語られる。
だが、救われなかった者は語る場を与えられない。
だから私は、祈っても救われなかった人々に“もう一度語る場”を与える」
ゼルの声には一分の揺らぎもなかった。
「……それを、呪いという形で?」
「呪いではない。“祈りの対価”だ。
与えられなかった者が、自分の声で“返答”を得ようとするのは当然の権利だ」
「その“返答”が、他人を傷つけてもか?」
「傷つけたのは誰だ? 祈っても救わなかった側ではないか?」
沈黙が落ちる。
町の人々は、どちらの言葉にも反応を見せず、ただ耳を傾けていた。
マーヴィンは小さくため息をつく。
「……詭弁だ。
お前がしてるのは、祈りを“武器”にして、
信じた人間の心を逆撫でしているだけだ」
「武器とは“信じたのに裏切られた”心が作り出したものだ。
私はそれに“形”を与えているだけ。
……君たちは、“美しい祈り”ばかりを守ろうとする。
ならば、私は“醜い祈り”を救う側に立つ」
一瞬の静寂。
その後――
「いいだろう」
マーヴィンが口を開いた。
「なら、お前が救おうとしてる“醜い祈り”を、
俺が“言葉”で祈り直してやる」
ゼルが初めて、眉を動かした。
「……何?」
「救われなかった祈りがあるのなら、
その痛みを“語ってやる”。
お前がしてるのは、言葉を抜いた“叫び”だ。
だったら、俺が語ってやる。
この町の人間の声を、正しくな」
マーヴィンは振り返り、町の人々を見渡す。
「祈ったのに、届かなかった人。
救われなかった人。
それでも、誰かの声に“耳を傾けたい”と思ったことのある人――
お前たちの声は、“まだ終わってない”!」
町の空気が揺れた。
ゼルは目を細め、背を向ける。
「語り手か……面白い。
ならば、お前の“語り”がどれだけの心を救えるか――見せてもらおう」
彼はそのまま、静かに去っていく。
黒衣の従者たちも、何も言わずについていく。
最後に、ゼルの声が風に乗って届いた。
「次は、“聖女”本人に語ってもらうとしよう。
……“その声”がどこまで届くか、楽しみにしているよ」
—
ゼルが去ったあと、町の人々は沈黙したまま動かなかった。
だが、一人の老婆が口を開いた。
「……あの人の言ってることも、全部が間違ってるわけじゃない。
でも……マーヴィン様の言葉の方が、胸に“届いた”」
続いて、若い母親が呟いた。
「……誰かが、代わりに“語ってくれる”って……嬉しかったです」
人々が少しずつ、元の場所へと戻っていく。
マーヴィンは教会の中へ戻り、
祈祷室で待っていたセシリアの前に立った。
「帰ったぞ。思ったよりは、まともな“会話”だった」
セシリアは、安堵と感謝を込めて小さく微笑んだ。
「マーヴィン様、すごいです。
わたしだったら、きっと何も言えなかった……」
「君の出番は、これからだ。
次は“君の声”が、町を守る番になる」
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