引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第4章:偽りの祝福者たち

第9話『沈黙の祝福』

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日が落ち、町に夜が降りる。

その夜は、いつもとは違っていた。

広場の中央には、黒い幕が張られた特設台が設けられ、
その前には多くの人々が、吸い寄せられるように集まっていた。

物見高い者、不安を抱く者、心の奥に祈りを残している者、
そして、もう祈ることをやめた者たち――

空には雲が重くのしかかり、星の瞬きさえ覆い隠していた。

台の上に立つのは、ゼル=クレイン。

彼は何も言わず、ただ静かに視線を巡らせる。

そこには怒りも傲慢もない。
あるのは、凍りつくほどの“静謐”だった。

「今宵は、語られなかった祈りに、声を与える夜だ」

彼がそう言うと、人々はざわめいた。

「この町には、たくさんの“美しい祈り”がある。
だが、“語れなかった祈り”は、どこへ行った?」

「子を亡くした母が、言葉を失ったとき――
老いた父が、救いを願って倒れたとき――
彼らの“声”は、誰が聞いた?」

沈黙が広がる。

そして、ゼルが一人の男を台に上げた。

「語れ」

男は、工房の職人だった。
妻を亡くし、祈っても届かなかったと、数年前に教会を去った人物だ。

「……助けてくれって……言ったんだよ」
「妻の手を握って……ずっと、ずっと……」
「でも、神様は何も言ってくれなかった」
「それから俺は、“声”を無くした……祈る声を……!」

その言葉に、何人かが涙を流す。

ゼルは、静かに頷く。

「その声こそ、沈黙の中に閉じ込められてきた“本当の祈り”だ」

「“救われなかった声”にも、光は与えられるべきだ」

その言葉に、会場の空気が重く、熱を帯びていく。

“祈ったのに届かなかった”という悔しさ、
“信じたのに裏切られた”という痛み。

それらが、会場全体を包み込み、広場はまるで黒い祈りの海と化していった。



その場に、セシリアはいた。

教会の鐘の裏手、路地の影。
マーヴィンと共に、その様子をじっと見つめていた。

「……これが、ゼルのやり方……?」

セシリアは小さく震えていた。

「“沈黙の祝福”……だと奴は言った。
祈れなかった人の声を、いま言葉として昇華させている。
人々は共鳴する。彼の“舞台”に」

マーヴィンは腕を組み、低く呟く。

「だが、あれは“癒し”じゃない。
“共感による慰め”に見せかけた、心の揺さぶりだ」

セシリアは、拳を握った。

「でも……放っておけません。
だって、あの人たちの声は、“本物”です。
届かなかっただけで、嘘じゃない……」

マーヴィンは、彼女の肩をそっと押した。

「なら、行け。
“聖女として”じゃない。
“セシリア”として、あの場に立て」

セシリアは顔を上げた。

そして、一歩――もう一歩と、暗がりから出て、光のもとへと歩き出す。



広場のざわめきが変わった。

黒衣の教祖の隣に、白衣の聖女が現れたからだ。

セシリアは静かに、ゆっくりと歩を進め、ゼルの正面に立った。

「……お久しぶりです、ゼル=クレイン様」

「ようこそ、“聖女”セシリア。
今夜は、あなたの“神”には耳を貸さぬ者ばかりだが、
それでも、語るというのなら――止めはしません」

ゼルは一歩、後ろへ下がった。

セシリアは、深く息を吸い、そして言葉を紡いだ。

「……今日、この場所で語られた声は、
どれも、わたしが耳を塞いでいたものばかりです」

「“救えなかった声”に、
わたしは向き合うのが怖かった」

「届かなかった祈りに、“正しい言葉”があると思っていたからです」

彼女の声が、広場に染み込んでいく。

「でも、マーヴィン様が教えてくれました。
祈りは、“正しさ”ではなく、“想い”なんだと」

「だから、わたしも今日……“祈れなかった人のために祈ります”」

彼女は両手を胸に当てた。

「助けられなかったあなたへ――
言葉を失ったあなたへ――
それでも、誰かを愛していたあなたへ――」

「どうか、もう一度だけ――
“誰かに祈られていた自分”を、思い出してください」

言葉は光に変わり、空へと昇っていくようだった。

「それは“救い”じゃないかもしれません。
でも――共に生きているという証にはなれます」

「わたしは、祈り続けます。
救えなかったあなたと、今を生きているわたしのために」

静寂が落ちる。

長く、深く、確かな沈黙。

そして――どこからともなく、
誰かの嗚咽が漏れた。

それは、沈黙を破る“音”だった。

一人、また一人と、地面に膝をつき、
顔を覆い、泣いた。

ゼルは、それを黙って見つめていた。

その赤い瞳が、少しだけ細められる。

(……お前という女は……)

だが、口には出さない。

彼は幕を下ろすように、広場を去る。

その背に、セシリアは何も言わなかった。

ただ静かに、祈っていた。
“去る者の心”にも、またいつか光が差すことを。



その夜、教会に戻ったセシリアは、マーヴィンの前でそっと微笑んだ。

「わたし、少しだけ……“語れた”気がします」

「いや、“伝わった”よ。ちゃんと」

マーヴィンは言葉を飲み込もうとしたが――言いかけて、笑った。

「……まいったな。君がそこまで立派だと、
俺の出番が減るじゃないか」

セシリアは首を傾げる。

「でも……マーヴィン様がいなかったら、
わたし、言葉にできなかったと思います」

「君はもう、自分の言葉を持ってる。
あとは、どこに届けるか――それだけだ」

セシリアは頷いた。

そして、星の見えない夜空を見上げながら、こう願った。

(……祈れなかった人たちに、
今日のわたしの声が届いていますように)

(わたしはもう、沈黙しません)
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