引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

文字の大きさ
39 / 53
第4章:偽りの祝福者たち

第10話『裏切り者の祈り』

しおりを挟む
夜明け前、教会の回廊はまだ静まり返っていた。

外では小鳥がさえずり始め、東の空がわずかに朱を帯びていたが、
教会内部には、わずかな気配と、重たい空気が立ち込めていた。

マーヴィンはその中で、一枚の手紙を手にしていた。

それは、匿名で差し出された告発文だった。

「教会内に、ゼルの思想に共鳴した者がいる」
「逆祝福を媒介するための“祈祷具”が、一部持ち込まれた」

文面は簡潔で無駄がなかった。
そして何より、**“内部からでなければ知り得ない情報”**が書かれていた。

(……内部の者が、自分を裏切る形で“告白”してきた)

(まだ迷っている。完全にゼルに心を売ったわけじゃない……)

マーヴィンは、わずかに目を閉じた。

(今なら……間に合う)



同刻、教会の裏庭。

一本の大樹の陰に、一人の男が立っていた。

彼の名は――エディス。
元は盗賊団の一員だったが、自警団として教会を支え、
孤児の面倒まで見ていた、誰からも信頼されていた男だった。

だが彼は今、その手に黒い祈祷具を持っていた。

「……結局、俺は“救われてなんかいなかった”」

静かに漏れる声。

彼がこの教会に来たのは、もう三年前になる。
裏切りと暴力に満ちた盗賊団から逃げ出した彼を、
教会は受け入れ、セシリアは祈りと優しさを惜しみなく注いでくれた。

彼はその温かさに何度も涙した。
だが、心の奥に一つだけ、**“許せなかった感情”**があった。

――なぜ、自分の家族は祈っても救われなかったのか。

妻と幼い息子。
彼らは病に倒れ、彼が祈りの旅から戻る前に、静かにこの世を去っていた。

彼が必死に祈り、奔走していたあの時――
神は、何もしなかった。

ゼルの言葉は、彼のその傷口に、静かに染み込んできた。

「祈りは、届かなければ意味がない」
「救われなかった祈りを、語る者がいなければならない」

その言葉に、彼は心を引き寄せられた。

(でも……俺は、“あの子”を裏切れない……)

(セシリア様の笑顔は……偽物じゃなかった)

黒い祈祷具が、手の中で小さく揺れた。

そのとき、背後から声がした。

「朝に黒い道具を眺めてるようじゃ、
“迷ってる”って顔に書いてあるようなもんだな」

マーヴィンだった。

彼は一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄りながら言葉を続ける。

「エディス。俺は、お前がどんな過去を抱えてるか、知ってるわけじゃない」

「だが一つだけ確かなのは――
お前が“救われなかった”と思ってるその気持ちは、本物だってことだ」

エディスは目を見開いた。
マーヴィンは、その視線を真っ直ぐに受け止めた。

「信仰ってのはな、結果を得るためのもんじゃない。
でも、そう思いたくなる時がある。
“救われた側”の連中が、まるで勝ち組みたいに見えるからな」

「……俺の妻と子は、誰にも看取られずに死んだ。
俺は、祈った。走った。戻ったら……もう、手遅れだった」

エディスの声は震えていた。

「……その時、“何を祈ってたか”覚えてるか?」

マーヴィンの問いに、彼はうなずいた。

「生きてくれって……そばにいてくれって……
もう一度だけ、“笑ってくれ”って」

マーヴィンはそっと息を吐き、近づいてきた風に髪を揺らせながら言った。

「……その祈りは、届かなかったかもしれない。
だが、その祈りは今ここで、確かに語られてる」

「つまり、“その祈りは残ってる”んだよ」

エディスの目から、静かに涙が流れた。

マーヴィンはそっと彼の手に触れた。

「もし、その祈りが、誰かの心を救うとしたら――
お前の妻と子は、祈りを通して誰かを守ることになるんだ」

「……そんなことが、あるのか……?」

「“語る”ってのは、そういうことだ。
自分の中で終わった祈りを、誰かに手渡すこと。
それが、代弁者の役目なんだよ」

エディスは震えながら、黒い祈祷具を手放した。

それは地面に落ち、砕けるようにして黒い粒子と化し、風に消えた。

彼はその場に膝をつき、しばらく、何も言えなかった。

マーヴィンはその背に、静かに語りかけた。

「お前が今日、俺を選んだこと。
それがもう、“救い”なんだ」



夜、教会では何事もなかったかのように、子どもたちの寝息が響いていた。

セシリアは小さな明かりの下で、日記帳に何かを記していた。

「救われなかった声を、
少しでも受け止められるように、
わたしは、今日も祈りを捧げます」

「それが“代弁者”としての、
わたしの小さな務めです」

そしてその夜、マーヴィンは一人、塔の上で風を感じていた。

その背後には、もう何も語らない“声”が微かに囁いていた。

「悪くないな、“言葉の救済者”」

マーヴィンはそれを聞いて、あえて何も言わなかった。

ただ、風と共に、深く――静かに、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】 台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う! この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。 空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。 台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、 誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。 ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、 先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。 ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、 ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……? 史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。 ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。 空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

処理中です...