引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第5章:火の聖都と銀の処刑人

第5話『火の孤児院と祈りのない祭壇』

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「ここが……?」

セシリアが声を漏らしたのは、聖都の南地区。
供火祭壇からそう遠くない場所にある、廃屋のような建物だった。

「“第二福音院”……形式上は、神政の庇護下にある孤児院です」

案内してくれたのは、イレーヌだった。

「だが、実際は放置されて久しい。支給物資も不定期で、奇跡の施しも止まったまま。
信仰すら、奪われた場所です」

鉄製の門を押し開けると、きしむ音とともに中から子供たちの視線が一斉に向けられた。

ぼろ布のような衣服。
割れかけた床。
水気の少ないパンの切れ端をかじる子、土間に丸まって眠る子。

しかし、何よりも異様だったのは――子供たちの全員が沈黙していたことだった。

「……こんにちは。私たちは、教会から来た者です」

セシリアがやさしく声をかけるが、反応はない。
一人の少女がマーヴィンの後ろに身を隠すように動いた程度で、
他は微動だにせず、ただ黙って見つめている。

「この子たち……言葉が話せないの?」

「いいえ、話せます」
イレーヌが言った。

「だが、“話すこと”が禁じられているのです。
声を上げて祈った者、教義以外の言葉を語った者は“異端の疑い”で連行される」

「……そんな……」

セシリアは唇を噛んだ。

(祈りが、こんな風に……)

マーヴィンはその中のひとり、
目の鋭い少年と目が合った。

「坊主。名前は?」

少年は何も言わず、ただ睨みつけてくる。

「……なるほど。名前を呼ばれることすら、奪われてるってわけか」

「じゃあ、今は仮に“風の少年”と呼ぼう。
……風ってのは、誰かが止めようとしても、止まらないからな」

少年の目が、少しだけ揺れた。

マーヴィンは、しゃがんで目線を合わせた。

「お前たちは、火の神を信じてるか?」

少年は動かない。

「信じてるなら、手を上げろ」

……誰も動かない。

「信じてないなら、目を閉じろ」

……それでも、誰も動かない。

「……なるほど。信じるも信じないも、選ぶことができないってわけか」

マーヴィンはゆっくり立ち上がり、セシリアに視線を送った。

「……この子たちには、“問いかけ”すら与えられていない。
信仰も奇跡も、すべて“一方通行”のまま」

セシリアは、深く胸に手を当て、子供たちをゆっくりと見渡した。

「ねえ、もし誰かのことを思ったら――
その“思った気持ち”は、ちゃんとあるんだよ」

「言えなくてもいい。名前がなくてもいい。
だって、思ってるってことは、それは“あなたの祈り”だから」

その声に、一人の小さな少女が、ぴくりと反応した。

彼女は手に握りしめていた小さな布人形を、そっとセシリアに差し出した。

「……それ、大事なもの?」

少女は、小さく頷く。

「ありがとう。
その気持ち、ちゃんと届いたよ」

セシリアが笑いかけると、少女の瞳に、涙が浮かんだ。

一滴、ぽとりと落ちる。

その涙は、声にならない祈りだった。

マーヴィンは天井を仰いだ。

(神様よ。
祈りとは、“声”だけじゃないだろう?
だったら、この沈黙も、きっと――“届いている”はずだ)

*

そのとき、入り口で咳払いが聞こえた。

現れたのは、神政直属の調査官たちだった。

「この施設に、外部からの影響が及んだという通報があった。
不正な布教行為の確認に来た」

イレーヌが一歩前に出る。

「待て。同行許可は出ている。これは、私の監督下にある来訪だ」

「それは承知している。だが、現場での“言語による影響”は即時審査の対象になる。
祈りを促した事実があれば、行政指導に基づき……」

マーヴィンが一歩、前に出た。

「ふむ、“行政指導”とは随分と便利な言葉ですね。
それで、何をもって“祈りを促した”とするんです?」

「聖句の引用や、宗教的概念の布教行為。
あるいは、子供の心を“信仰に傾かせるような言葉”」

「では、“大切にしてる気持ちを大事にしていいよ”――
これも、信仰の布教になりますか?」

「場合による。文脈によっては“信仰の正当性”に結びつけられる可能性もある」

「なら、たとえば“水は喉の渇きを癒す”という言葉も?
状況によっては神の恵みの象徴ですよ?」

「……論点を逸らすな」

マーヴィンはにっこりと笑った。

「いやいや、これは重要な議論です。
“感情を表す言葉すべて”が、信仰に繋がりうるなら、
この国は子供たちに“心を持つこと”すら許していないことになる」

「それが火の神の望む姿だというなら――
私はむしろ、火が消えた理由に心当たりが出てきましたよ」

調査官は言葉に詰まり、やがて沈黙のまま退出していった。

*

広場には、再び静寂が戻った。

だが今の静寂は、“強制された沈黙”ではなく、“守られた沈黙”だった。

セシリアは、小さな手を取って微笑んだ。

「あなたの祈り、わたしのところに来たから――
今度は、わたしの祈りを、あなたに返すね」

声がなくても、言葉にできなくても。
それでも“祈りは、巡る”。

マーヴィンは空を見上げた。

どこかで、風の音が“火打ち石”を擦る音に似ていた。
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