引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

文字の大きさ
50 / 53
第5章:火の聖都と銀の処刑人

第9話『燃え上がる異端審問』

しおりを挟む
翌日。
神政庁の大広間には、異様な熱気が立ちこめていた。

円形の会議室の中心に、セシリアとマーヴィンが立ち、
周囲の高壇に白銀の装束をまとった“審問官”たちが陣取っている。

これは形式上、“聖女の教義解釈における精査”という名目だが、
実質は――異端の告発。

祈りによる奇跡。
それが“神の意志”を越えて広まることを恐れた神政の一部勢力が、
ついにセシリアを公に“問いただす”形に出たのだ。

審問官長が言葉を発する。

「セシリア・リュミエール。
汝が民衆に施したとされる祝福の数々。
その“形式”に神の認可は存在しない。
それを自らの意志で行ったとすれば、信仰の枠組みを破壊する行為に等しい」

セシリアは俯いていた。
声を失ったのではない。
その場に立つ意味を、彼女自身が――信仰の名のもとに人を傷つける者たちの前に立つことに、苦しんでいたのだ。

だが――

「その通りですね」

そう言ったのは、マーヴィンだった。

「確かに、彼女の祈りは“型に沿っていない”。
あなた方が定めた教典のどのページにも、書かれていない祈りを捧げた」

「だからこそ、心に届いたんですよ」

審問官たちがざわつく。

「神の名を騙る者が、自らの言葉を信仰と称するなど――」

「逆ですよ」

マーヴィンは冷たく笑った。

「神の名を使って人を縛る方が、“騙る”という言葉に相応しい」

「この街は、祈る自由を奪われてきた。
それが“神の意志”だと信じ込まされて、
誰も声を上げられなかった」

「セシリアは、ただそこに声を返しただけです。
“願ってもいいんだよ”って。
“言葉にしてもいいんだよ”って」

「それを“異端”と呼ぶなら、
神の名は、いったい誰のものなんです?」

言葉が――沈黙を破壊していく。

セシリアは、その横顔を見つめていた。

(マーヴィン様……)

言葉の剣を振るうその姿が、誰よりも“優しく”見えた。

しかし。

「静粛に!」

鋭い声が響く。
高壇の上段に座していた一人の男――
紅の儀礼帽を被った、保守派筆頭の大神官トレメインが立ち上がった。

「我々は“神を守るため”に秩序を保っている。
“人のため”に信仰があるのではない。
神の名を使い、民衆を煽るような言葉は断じて許されぬ!」

その叫びと同時に――

「では、“神を守る”とは、具体的にどういう意味でしょうか?」

低く、落ち着いた声が会場を満たした。

人々が振り返る。

会議室の扉が開かれ、ゆっくりと中に歩み入る黒衣の人影――

仮面の処刑人、カイ=ヴェロスだった。

「この場に……何の権限があって口を出す!」

「私は処刑人であると同時に、
“かつて祈った者”でもある」

「セシリア・リュミエールの祈りは、確かに“型に沿わない”
だが――それゆえに、私のような者にも“届く”」

「神を守る、という言葉に疑問がある。
神は、人間に守られねばならぬほど脆弱な存在なのか?」

重い沈黙が降りた。

カイはセシリアの方を見て、一歩、彼女の前に進んだ。

「この者の祈りは、誰かを傷つけるためのものではない。
かつて私が信じた祈りよりもずっと、静かで、あたたかく、優しい」

「神がいるとすれば――
この祈りを、きっと、拒まないはずだ」

審問官たちの視線が交錯する。
保守派は動揺を隠せず、一部の若い神官たちが、はっきりとセシリアの方を見つめ始めていた。

その時だった。

遠くから鐘の音が聞こえた。

異様に早い、緊急の鐘。

そして、その報せと同時に、使者が駆け込んでくる。

「報告! 街南部の市場にて――火災と暴動の発生!
民衆が“自分たちにも奇跡をよこせ”と叫び、一部が施設を襲撃しております!」

会場の空気が一変した。

「……やはり、彼女が“祈りを煽った”からではないのか!?」

大神官の叫びに、マーヴィンが応じる。

「違う。
それは、あなた方が祈りを“閉ざしてきた”結果です」

「今こそ必要なのは、“祈りを独占する”ことじゃない。
誰もが“祈っていい”と、そう伝えることだ」

セシリアは一歩、前に出た。

「……わたし、街へ行きます」

「この混乱を止めるために、
もう一度、ちゃんと“声にする”」

「祈ることを、恐れないために――」

誰かが口を開こうとしたが、止めた。

その姿は、もはや“異端の疑いをかけられた聖女”ではなく、
“祈る者たちの代表”に見えたからだった。

マーヴィンは、彼女の背を押す。

「行こう。
この街に、火を灯そう」

セシリアが頷く。

銀の仮面が、遠くからその背を見守っていた。

そして火の都は、
今まさに――祈りを取り戻すために燃え上がろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...