引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第5章:火の聖都と銀の処刑人

第10話『燃え上がる街で』

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――ドォン。

重たい轟音が、火の都の空を震わせた。

市場の南区。
かつて祭具や布、香油を扱う店が並んでいた静かな通りは、今や煙と怒号に包まれていた。

火の手が上がり、石畳に水が撒かれ、神政軍の盾がバリバリと火花を上げる。

「聖女を出せッ!」
「神の祝福は、奴らだけのものか!?」
「祈りを返せ!!」

民衆の叫びは、怒りというより飢えに近かった。
それは“奇跡”を欲する叫びではなく、長年奪われ続けてきた信仰の居場所を求める、渇きの声だった。

「……行くよ」
セシリアが、祈り手の装束に身を包み、通りへと歩み出す。

その肩を、マーヴィンが支える。
彼は、深くフードをかぶり、言葉を探していた。

(これは、誤解でも暴走でもない。
長年抑えられていた“問いかけ”が、一気に噴き出してるだけ)

(神を求めた結果、誰にも届かなかった。
なら、人々は――もう“神ではなく、人の声”を信じようとする)

二人が通りへと姿を現すと、群衆のざわめきが変わった。

「――聖女だ!」
「本物か!?」
「跪け! 神の奇跡を!」

だが次の瞬間、誰かが石を投げた。

石はセシリアの足元で砕けた。

「……違う」
彼女は小さく首を振った。

「わたしは、神じゃない。
祈りを“与える者”じゃない。
ただ、祈ることを“してもいい”って伝えたい人間です」

だが、群衆は止まらない。
「なら祈ってみせろ!」「あんたは祝福を持ってるんだろう!?」

それは懇願であり、怒りでもあった。

神政軍がじりじりと前へ出る。

鎧のきしむ音。
火を持った者たちの叫び。

そして――その中心に、セシリアが膝をついた。

「わたしは……」
「あなたたちが、神に祈ることを“諦めた”ことなんて、一度もないって思ってる」

「声にしなくても、誰かの無事を祈ったこと。
夜、眠る前に“今日が無事でよかった”って思ったこと。
それ全部、祈りなんです……!」

風が吹いた。

マーヴィンが前へ出る。

「皆さん、聞いてください。
あなた方が求めてるのは“奇跡”じゃない」

「誰かに、“信じていい”って言ってほしいんでしょう?」

「神を。自分を。
誰かの無事を祈った気持ちを――」

「奪われたものを、もう一度“声”にしたくてここにいるんじゃないんですか?」

その瞬間。

「――下がれ!!」
神政軍の盾が一斉に上がる。

そして、剣が抜かれる音が響く。

「――その剣、抜く気なら私が相手になります」
通りの一角から、冷ややかな声が届いた。

銀の髪、鋭い目。
女剣士・イレーヌ・ヴァレンティナだった。

「この混乱の責任を、彼女たちに押し付けようというなら――
まずはその責任、私が受けましょう」

「副団長! これは鎮圧命令です!」

「いいえ、“護衛命令”です」
イレーヌは剣を振り上げ、構える。

「私の任務は、“聖女とその同行者を守る”こと。
それは、あらゆる手段を持って遂行される」

「それでも進むなら、斬る」

睨み合いの中、群衆が息を飲んだ。

だが、その時――

セシリアが、そっと立ち上がった。

「やめてください、イレーヌ様」

「……でも!」

「もう、大丈夫です」
セシリアは歩き出す。

人々のただ中へ。
彼らの怒号の真ん中へ。

マーヴィンも一歩、彼女の横に並ぶ。

「……やめて。あなたの声が痛いの。
あなたの涙が、わたしの中で燃えるの」

そう呟いた彼女の掌が、再び光る。

金色の光。
その光は、怒りの中心にいた老婆の身体を優しく包み――
咳とともに苦しんでいた呼吸が、穏やかに整った。

群衆が静かになる。

老婆が、涙を流しながらセシリアにすがりつく。

「ありがとう……ありがとう、神様……」

「違います。神様に、言ってください。
あなたの声が届いたって、そう伝えてください」

そして。

その光が消えたあと、
人々の中に、ひとり、またひとりと跪く者が現れた。

剣を抜いたままの兵士のひとりが、そっと剣を下ろす。

その目に、涙が浮かんでいた。

イレーヌが静かに剣を納める。

「……本当に、祈りで、街を止めた……」

マーヴィンは、その隣で言った。

「違うさ。
祈ったのは、あの子だけじゃない。
この街に生きる者すべてが、“ようやく祈ることを許された”んだ」

火の都アグニス。
この日、その名にふさわしく、
静かであたたかな炎が灯った。

それはもう、誰にも消せない“祈り”だった。
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